氷に隠れた怪物

読了目安時間:5分

エピソード:5 / 8

対面

 数日後いよいよ、三人は安藤の車で例のホッキョクグマが保護されている施設へと向かった。 「すみません、私のせいで。こんな長引いてしまって。」 「いやいや、そんなことないですよ。想定しきれなかった僕に責任がありますから。」  白鳥は申し訳なさそうに小林に軽くお辞儀をする。 「ほんと気にしないでください。白鳥さんの体調が戻って何よりです。」  運転している安藤が二人の様子をバックミラー越しに眺め、声を掛ける。 「おーし、そろそろ着くぞ。」  三人が乗った車は目的地へと着いた。三人はホッキョクグマが居る檻の前へ案内された。白鳥はクマとの面会が近づくにつれて、自分が緊張しているのを感じた。他の二人もそれは同様だった。人を喰い殺したホッキョクグマが今何を思うのか、それを今から明らかにするのだ。  ホッキョクグマは檻の奥で座り壁の方を見つめていた。ちょうど三人に背を向けた形になっている。責任者に聞くと、この施設に来てからずっとその方向を向いていると言う。それは、あの村がある方向だった。  白鳥が檻に近づき、床を二回ノックした。ホッキョクグマは白鳥の方を一度振りむいて、また壁の方を向いてしまった。小林は撮影しながらも、不思議に思った。これまでの取材では動物たちは白鳥に気づくと、じっと白鳥の方を見つめるのだ。まるで、自分の気持ちを理解してくれるのが嬉しいかのように。しかし、このホッキョクグマはまるで違った。一度白鳥を見た後は一切、見向きもしなかった。  一方、白鳥も小林と同じように普段との違いを感じたが、それほど驚いてはいなかった。なんとなくそうなる気がしていたのだ。 「このまま、このホッキョクグマの心を読み取りたいと思います。」  白鳥はそう言うと、神経を集中しだした。間もなくホッキョクグマの感情が流れ込んできた。白鳥がまず感じたのは、深い悲しみだった。いや、正確に言えば深い悲しみしか感じ取れなかったのだ。白鳥はまるで暗闇に落ちていくかのような感覚になった。そして、白鳥は涙を流していた。  なぜ泣いているのか。何が悲しいのか。まだ何も分かっていなかったが、ただただ白鳥の心には悲しみの感情が流れ込んできて、白鳥には受け切れきれない感情が涙となってあふれ出したのだ。 「この…ホッキョクグマは、とても……とても悲しい気持ちを抱いています。まだ何が悲しいのか、具体的なイメージは読み取れませんが、これまで見てきた動物たちのどの子よりも悲しみの底にいます。」  白鳥は、流れる涙を拭きながらリポートを続けた。やがてあるイメージが浮かんできた。 「これは……。子グマ? 小さなホッキョクグマが自分の後をついてきています。どうやらこのホッキョクグマはお母さんの様です。子グマに対する母性を感じます。でも、なぜか子グマの方はそこまで寄ってこない。もっと母親に甘えてもいいのに。」  すると、それまで壁の方を向いていたクマが白鳥の方へと近づいてきた。彼女はとても痩せていた。筋肉はほとんどなく、体中の皮膚がだらりと垂れている。とても人を殺せる力があるようには見えなかった。彼女は白鳥の近くまで来ると、真っすぐ白鳥を見つめた。そして白鳥の頭に、ホッキョクグマの感情やイメージが一気に流れてきた。 「今、彼女が私に、沢山のイメージを、……送ってくれ、て……います。す、すごい量です。」  白鳥は顔を歪めた。 「これほどの、量は、初めて、です。」  その後、長い沈黙の時が流れた。  小林も安藤も、無言で見つめ合っている白鳥とホッキョクグマをただ眺めていた。一人と一頭の会話を邪魔してしまいそうで、言葉はもちろん、息遣いでさえも出してはいけない、そんな空気を周囲は感じていた。その間、白鳥は時折驚いた表情を見せた。    そして長い、長い沈黙の後、白鳥は小さな声でゆっくり、「そう、そんなことがあったのね。それは辛かったね。」とつぶやいた後、カメラの方を向いた。白鳥の目は赤く、うっすらと涙を浮かべていた。 「彼女は、先ほどまでずっと壁の方を見つめていました。その方向には彼女が襲った村があります。しかし、彼女が向いていたのはその村ではありません。」  白鳥は大きく息を吸い、話を続けた。 「彼女がずっと見つめていたのは、村の先の林に居る子グマだったのです。ただし、この子グマはどうやら彼女が村を襲った朝に、歩く元気を失ってしまったようです。彼女はこの子グマがもう長く生きられないと悟りました。だから彼女の心は深い悲しみが覆っていたのです。」  白鳥の目から涙がこぼれる。小さく息を吐き、白鳥はまた口を開いた。 「狩場を失い、飢えに苦しみながらなんとか生きてきました。でも、もう、限界が近づいてきたようです。彼女は何か子グマに食べさせる餌はないか探して走りました。ふらつきながらも走って、走って、走って。  次第に林を抜け村が見えてきました。彼女にとって本来、人間は恐ろしい敵です。かつて見た人間は銃を持ち、自分に攻撃してきたからです。それ以来、彼女は人間を避けてきました。でもその時の彼女にとってそんなことはどうでも良かった。たとえ自分が傷つこうが構わなかった。人間を襲って子グマに食べさせてあげたい、その一心で人間たちを襲ったのです。  亡くなった人々が林の方へ引きずられたのは子グマのもとへ運ぼうとしたためだったのでしょう。また、途中で人間の子どもを見つけましたが彼女は子どもを襲えなかった。それは子グマの姿を、その小さな子どもに重ねてしまったからです。これが、このホッキョクグマから読み取れたこの事件の真相です。」  白鳥はそう言い終えると、再びホッキョクグマの方を見た。もう、涙を止めようとはしなかった。小林と安藤は黙って、その様子を見つめることしか出来なかった。白鳥の小さく泣いている声だけが、響いていた。

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  • グレイ

    月宮華宵

    ♡200pt 2021年1月8日 21時06分

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    応援しています

    月宮華宵

    2021年1月8日 21時06分

    グレイ
  • 男戦士

    Kanna

    2021年1月8日 21時52分

    ありがとうございます! 引き続き読んで頂けて、嬉しいです! 頑張ります!

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    Kanna

    2021年1月8日 21時52分

    男戦士

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