マジョルカ・マジョリテ

読了目安時間:16分

エピソード:7 / 65

六. 魔界への扉

 ルークは全速力で走った。  真っすぐ行くと、はじめてエミカと買い物に行った店があった。ここで下着や衣服をたくさん買ってもらった。右手に行くとパン屋があり、ここの〝(ピーチ)パン〟がうまいと新一郎が言っていた。期間限定らしく、まだ食べたことはない。  となりには雑貨屋もあって、はじめてお金をもらって買い物をしたところだ。いたるところに商品があり、日用雑貨やオモチャなどが安く売っている。ここで赤いミニカーを見つけた。流星型で、形がなんとなくカッコよかった。  新一郎に、ずいぶんガキっぽいものを買ったんだな、とからかわれたりした。  この店では、ときたまあの子供たちの姿を見ることがあった。  ルークがはじめて人間界に来たとき、言葉を交わした子供たちだ。  さすがに、もう『マジシャン!』と言って群がってこないが、遠巻きに見つめられたとき「よおっ!」と軽く挨拶した。すると驚いたのか、親の背中に隠れたり、逃げられてしまった。  なんだか嫌われてしまったらしい。本当に最後まで失礼なやつらだ。  そんなことが、次から次へと思い出された。  自分でも嫌になるくらい、未練タラタラだ。 「くそっ!」  それらを全部ふり切って、全速力で走りぬけた。  約束の場所に着いたとき、あんなに天気が良かったのに、森のなかは霧が立ち込めていた。 「はあ、はあ」  呼吸が乱れ、声を出すのがやっとだ。 「はあ、はあ……キツ……」 「本当に来たんだね」  視界はよくなかったが、あの少年の声だけはわかった。  草を踏む音。  近づけば近づくほどに、懐かしいような、そうじゃないような魔界の匂いがした。 「来たさ」  大樹の影から少年だけがあらわれた。この前の男はいないようだ。 「魔界の扉。もうすぐ閉まっちゃうよ」  前とは違う黒いスーツを着用し、膝丈の半ズボン。靴はローファーで、ハイソックスをはいている。そして、レトロなハンチングもかぶっていた。  少年の視線のさきには、大きな窪みがあった。  大樹の根もとが空洞となり、その窪みの中から光りを放ち、歪んだような空間が見えた。 「それが扉?」 「この樹は魔界樹の系統をくみ、魔界と人間界をつなぐ境界に根ざしている。でも、もうすぐ寿命なのか、とても脆くなっている」  老木は植物としての生命を終えようとしているそうだ。魔界の空間から根をはり、なんらかの偶然で人間界に移植してきたらしい。 「――で」  少年はひと息おいてから、 「約束のモノは持ってきたのかい」 「これだろ」  ルークは、コートのポケットから鉱物を取り出した。 「まさか!」  少年は信じられないとばかりに、ルークの手のなかにあるものを奪い取った。 「セントマリノア──、たしかに本物だ……。しかも、こんな大きい物を初めて見る」 「へえ、そう」 「これを、どこで手に入れた!」  質問というより詰問に近かかった。  片目の少年は異常に興奮している。 「答えるんだ!」 「それは──」  魔法で呼び寄せた──と、言う気分にはなれなかった。 「秘密さ」  一瞬、少年の顔に強い怒気のようなものが走った。  凍てつくような視線を向けたが、すぐに冷淡な面持ちに戻った。 「君は何者だい」  ゆったりとした口調でたずねてくる。 「見たところ、魔力もたいして無いのに」  ルークはムッとした。 「オレはラ・ジェールから、こっちの世界に飛ばされてきたんだよ」 「ラ・ジェール?」  少年は怪訝な顔をしたが、 「なるほど」  と、指をならした。 「あのラーガが作った、魔法ごっこをするところか」 「魔法ごっこ?」 「だって、そうだろう。やれ火を()こせ、水を操れだの、小さなところに集まって低レベルな魔法を学んでいる。ラーガもおかしなことを考える男だ。役に立たない魔法を教えてなんになる。あの男が魔界を衰退させたようなものだ。考えてもごらん。魔界に秩序をつくり、そのなかで慎ましく生きるだなんて、しかも秩序を乱す者には、法という名のもとで裁くなど笑わせるね」  少年の黒すぎる瞳が、天を睨みつけていた。 「あの男だけは、絶対に許すことはできない」 (なんだ、こいつ──) 「さっきから何のことを言っているんだ?」  少年の眼がキッと吊り上がった。 「君は、ラーガが何をやってきたのか知らないだろ」 「ラーガって……、まさか大尊師のことを言っているのか?」  魔界(セルメイヴ)の創始者であり、その世界を()べていた大尊師ラーガ。 「大尊師? そんな敬称で敬うべき者ではない! やつは、教化した者どもを使って己を神格化させ、自分の考えを末代まで従わせようとしている」  まるで知り合いのような口ぶりで、さらに興奮していた。 「はっ! ふざけるなと言いたいね。魔界(まかい)に秩序? 魔界に法? そんなものを作ってなんになる! 無秩序こそが魔界そのものではないか! 忘れたのか、自分たちも《魔》に属していることを。そんな世界、僕は認めない!」  ルークは首をかしげた。さっぱりわからない。 「まあ、君にこんなこと言っても理解できないか。いまの魔界にどっぷり浸かり、満足に魔法さえ使えず骨抜きにされているのだから。そうだろ?」  さっきから魔界(まかい)、魔界と──、しきりになにか訴えてくるが、ルークはまったく関心がなかった。 「オレには関係ないよ」  早く取引を終えて、この場から離れたい。 「そんなことよりも約束のモノは渡したんだ。魔界の扉に案内してくれ」  少年は憮然としたが、さっと身をひくと道をあけた。 「いいだろう」  魔界樹の幹のなかを覗くと、どす黒く、色々なものがねじ曲がったような渦があった。ひどく不安定で、濁りのある空間だ。  ルークは、一歩踏み出すのをためらった。 「どうした、行かないのかい」  後押しするように、少年が背後に立った。 「これは、魔界のどこに繋がっているんだ」 「さあ」 「どこに出るかわからないのか?」  なんだろう。ひどく不快なものを感じた。  戸惑っていると、背中になにか尖ったものが当たった。 「あっ!」  振り向くと鋭い短刀が迫ってきた。ルークは身をひるがえし、その拍子に右手の甲が斬りつけられた。 「なにするんだっ!」  短刀についたルークの血をペロリと舐めると 少年が口許でなにかを唱えた。すると、途端に身動きができなくなりその場に(ひざ)をついた。 「うわっ、なんだっ!」 「ふん。まったく手応えがない。いまの魔界の者はレベルが低すぎる」  掛けられた魔法は《呪縛の術》のようで、頭から下がまったく動かなくなった。 「これ、知っているかい」  少年は身をかがめると、上着の胸ポケットから、黒い種のようなものを取り出した。 「ペプラの実って聞いたことある?」 「知らないよ。それよりも早く呪縛を解けよ!」 「自分で解けばいいじゃない。僕より魔力があるなら簡単なことだ」 「ふざけるなよ!」  くくくっ、と少年は喉奥で楽しそうに笑っていた。 「ペプラの実はね、体内で成長する植物なんだ。一度、根を張られた者は自分の意志をなくし、僕の言うことをなんでも聞く人形になる」 「な、なんだって!」 「セントマリノア(共鳴する石)を採ってきたご褒美に、僕の〝お人形さん〟にしてあげるよ」  少年は《共鳴する石》をうっとりと眺めていた。中心に灯る青い炎が、徐々に黒く変貌してきた。 「素敵だね。もっと採ってきてもらおう。ついでに、君の失礼な言動や態度も改まるしね」 「お、おまえ、狂っているのか。頭オカシイぞ!」  漆黒の瞳を鼻先に近づけると、少年は吐息をもらした。 「それ──、最高の誉め言葉だよ」  ぺフラの実を、ルークの傷ついた手に近づけた。 「ほら、こうやってペプラの実を近づけたらどうなるだろう」  種の先端部分から、細い根のようなものが伸びてきた。 「ほらほら、君の血のにおいに反応して発芽しようとしている」  傷口に根が伸びはじめ、ペプラの実は、そこからルークの体内に侵入しようとしていた。  ルークはどうにか逃れようとしたが、呪縛の術は強固で、首をふって叫ぶことしかできない。  体はさらに硬直し、根の尖端が、ぐいっと傷口をこじ開けた。 「うわっ──!」 「もう逃げられないよ」 「やめろよ──!」  ルークが叫んだのと同時に、黒い塊が頭上から落ちてきた。 「およしっ!」  ペプラの実を叩き落とすと、あっという間に枯れてしまった。 「それ以上、お痛をすると、許さないよ!」 「なんだ、お前は」  少年は、足もとにあらわれた動物に困惑していた。 「あたしは、この子の保護者だよ」  猫が、ルークの身を護るように全身の毛を逆立てている。 「この子に手を出すなら、容赦しない!」  ダージョは言い放った。 「なにがあらわれたと思えば。おろかな(けだもの)ごときが、僕に楯突くというのか」  見下しながら、少年は嘲笑した。 「ああ、やってみな」 「ずいぶん生意気だな」  少年は小馬鹿にしていたが、突如、探るような目をした。 「ん、いや。もしや、……お前は」  ふいに真顔になると、おもむろに両手をあげ、天にむかって叫んだ。  《プリ-シャス・アデラ・ビシャンド》  自己を防御する術を唱え、さらに念ずると、上空から強烈な風が発生した。  それが空を斬り裂きながら、攻めたててくる。  ダージョは全身に《気》で防御を張った。いくつかの風圧があたると、背中の毛が刈られ、皮面がミミズバレのようになった。 「ダージョ!」  ルークはまったく動けず、ジタバタもできないでいる。 「大丈夫さ、これくらいの傷。でも、この体では分が悪いねぇ」  そう言うとダージョの体が輝いた。  黄金色の光りを放つと、三メートルほどある大きな動物があらわれた。  全身をまとう艶やかな毛と太い尻尾。  黄金の瞳に、細く縁どる翠色のラインがくっきりと描かれている。 「まさか、これがダージョ?」  驚きのあまり、ルークは腰を抜かしそうになったが(実際は、腰も抜かせない状況だが)、対峙する少年の表情がさらに厳しくなった。 「やはり、アスタラ族か」  熱帯地域である南の中つ国に生息し、四本足の魔獣にして知性と理性を兼ね備えた、誇り高きアスタラ族。  同族同士の争いで、その血は絶えたとされていた。 「すでに滅んだと思っていたが、しぶとく生きていたのか」 「あたしを知っているなんて、お前さん、ただの魔物ではないね」 「僕を、そのへんの魔物(やから)と同じにするな」 「そうかな。お前さんの体から発する臭いが鼻につくよ。まだ、そのへんの魔物(やから)のほうが数倍ましさ」 「僕を愚弄するつもりか!」  ダージョはわざとらしく、鼻をくんくんと鳴らした。 「その体、死体をかき集めて造ったのかい。死臭がきつくてたまらない」 「ちっ、黙れ!」  周囲から、炎がおこった。  火柱がまわりの木々にまとわりつくように瞬く間に燃え、ルークは息苦しくなって咳き込んだ。ダージョは、ルークのそばに近づくと、迫ってくる火の粉を蹴散らした。  燃えた木々をなぎたおし、消火につとめる。  やがて鎮火し、ルークが丸焼けになるのは免れたらしい。 「今度はあたしからだよ!」  長い尻尾が少年の脚をすくい、少年は機敏にかわす。  ダージョはさらに攻め立てた。少年は、()()()()()()で身を包んでいたが、あまりにも激しい攻めに、しだいに息があがってきた。  ダージョの前脚が、防御の膜を引っ掻くと、亀裂ができた。 「くっ、僕の壁に傷をつけるとは」 「いくら丈夫な防御でも、風穴ひとつあけば脆くなる。その状況で、いつまで持ちこたえられるかな」  少年の体がじりじりと圧されていった。このままでは防戦一方だ。  ダージョの体躯がのしかかり、少年の腕にかぶりついた。  その瞬間、ダージョの腹の下に小さな竜巻がおこった。 「うがっ!」  竜巻が、ダージョの腹部を裂傷させる。 「僕を見くびるなよ」  少年は容赦なく攻めはじめ、ダージョは小さな竜巻を交わしながら、反撃する機会をうかがっている。  お互いに一歩も引かない戦いは、意外なほころびで中断された。 「うっ」  少年がさらに攻めようと腕を上げたとき、片腕がポロリと落ちた。 「くっ……、この体」  さきほど、ダージョに噛まれたところだ。 「どうした。腐った体が悲鳴をあげたのかい」 「黙れ!」 「無理をするとバラバラになるよ」  ダージョがにじり寄ると、少年は慌てて腕を拾い魔界樹の方にむかった。  窪みから滲み出る空間の煌きが、弱まっている。 「まずいっ。扉がしまる」  少年は、ダージョにむかって小さな竜巻を放ち、そして背をむけた。 「お待ち!」  ダージョは竜巻を交わしながら追いかけたが、少年の動きはすばしっこく、魔界樹の窪みのなかにスルリと体を滑らせた。  それと同時に魔界の扉は消えた。 「逃げられた」  だが、呪縛の術を掛けられたルークは、いまだ動けずにいた。  ダージョが解除しようとしても通じなかった。 「ダメだ。思ったより高度な魔法だ。あたしじゃ解けない」 「マジで」 「あたしとは系統が違う。あいつは本当に魔界の者か?」  ダージョはルークの体をくわえ、安全は場所に移動させようとした。  そのとき、べつの方向から誰かがやってくる足音がした。  まわりの木々の火が消えたとはいえ、くすぶり、煙がすごかった。しかも、ここは公園内である。近くには住宅街もあり、なにが起こったのかと住民がやって来たのかもしれない。 「ダージョ──どこ!」  だが、その甲高い声には聞き覚えがあった。 「エミカ、こっちだよ!」  ダージョが叫ぶと、林の間から白いハーフコートを着たエミカが顔を出した。 「迷ったわ」 「ひと足遅かったね」 「ダージョったら、血相変えて走っていくんだもん」 「どうしても気になったんだよ。あの少年の得体の知れなさがね」  ダージョは、ルークのようすを見に行きたいとせがんだらしい。  エミカも付いていくことになったが、嫌な予感がするといって一目散に走っていった。エミカにしてみれば、公園のどこにいるのかわからない。だが、異様な火柱を目撃し、それを目印にここまでやって来たそうだ。 「なんだか、エライことになっちゃったわね」  公園の森は惨憺たるありさまだった。 「血が出てるわ」  エミカが近づき、ルークの両肩に触れた。すると、その瞬間、体のこわばりが取れ、動けることができた。気がつくと、傷ついた手にエミカが触れていた。 「顔も(すす)だらけよ」  心配そうに覗きこみ、ルークの髪を指で梳いてくれた。 「それにしても、ずいぶん派手にやったのね」  あたりは煙がたちこめ、樹木の枝がところどころ折れている。炎で焼かれた枝には残り火がくすぶっていた。 「手加減できる相手じゃなかったんだよ」  言い訳がましくダージョが呻くと、もとの大きさに戻っていた。  ルークはそれにも驚いていた。 「ダージョって巨大化するんだ」 「失礼な。あれが本来の姿だよ」 「ひさしぶりに見たわぁ」  エミカが讃嘆するように眼を輝かせていた。  美しい金色の毛並に、三メートルは優に超える大きさ。  さすがに人間界では目立ちすぎる。 「猫の姿のままなら切り裂かれ、黒こげのスプラッターになるところだったよ。あちちっ」  自分で体中を舐めはじめている。 「ルーク、動ける?」  エミカに助けられて立ち上がると、いつのまにか刃物の傷は消えていた。  少年が消えた魔界樹に近づくと窪みのなかを覗きこんだ。 「扉がない……」 「ずいぶん古い木ね」 「魔界樹の系統をくむって言っていた」 「魔界樹――」  全体的に禍々しい印象があった。  木立がうねるように曲がり、黒い樹皮と枝には沢山の(こぶ)のようなものがあった。 「かなり毒されているわ」  そっと樹皮にふれ、エミカはしばらく目を瞑っていた。  触診し、なにかを探っているような仕草だった。 「やっぱり駄目だわ。これは使ってはダメ。ルーク、帰りましょう」  その場から離れはじめた。  ダージョも続いたが、ルークは動かなかった。 「帰るよ。扉は閉じられてしまったんだよ」  エミカが顔をかしげた。 「どうしたの?」 「オレ、悔しい。何もできなかった。あいつの術に掛かり、なにひとつ抵抗できなかった。ダージョが来なかったら死んでいた」 「ちょっと相手が悪かったね。あれほどの使い手とは思わなかったよ」 「ともかく帰りましょう。もうすぐ日が暮れるわ」  ふたたび促されたが、ルークは一歩も動かなかった。 「どうしたの?」  エミカたちは待っている。  ルークは足もとを見つめたまま、小さくつぶやいた。 「帰りたい……」  エミカとダージョは、おたがいの顔を見合わせた。 「それは──、魔界に帰りたいということ」 「うん……」 「わたしたちと一緒にいるのは嫌?」  まさか、と首をふった。 「楽しいよ。魔界にいるときより何百倍も楽しいかもしれない。色々な物があるし、楽しいことも沢山ある。それに、みんなの事も好きだし」  それでも心が疼いた。 「だけど、オレ」  なにかが叫んだ。 「――人間じゃない」  そうだ、自分は人間じゃない。  暖かな日だまり、穏やかな日々。  みんなで笑いあって、食卓を囲む。  休みには近くの公園で散歩し、ゆったりとした時間を楽しむ。  なのに。  それは違うと、自分のどこかが叫んでいる。  あの冷酷な少年のなかにある魔界の匂いが、オレを呼んでいる。  憎らしい存在なのに、この世界(にんげん)の誰よりも近いものを感じた。  オレはあいつに負けた。  負けたまま、ここで普通に暮らしていくのか。  それは出来ない。 「帰りたい」  取り憑かれたように、何どもつぶやいた。  ダージョが哀願するように、エミカに向かって『にゃあ』と鳴いた。  エミカはふたたび魔界樹に近づくと、さぐるように触れた。そしてあらためてルークの側によりそった。 「そうね。あなたは人間じゃないものね」  肩に手をそえ、語りかけるように囁いた。 「ルークは魔界の子。それに、やっぱりあなたは男の子なのよ。このままわたしたちと暮らしていても、あなたにとっては苦痛かもしれない」 「苦痛だなんて、そんなことっ」  顔を上げると、まともにエミカの視線とぶつかった。  はじめて間近でみる彼女の瞳は、朱に染まったような輪郭が浮き出ていた。 「魔界の者には、魔界で生きる意味がある」  ルークはその瞳から目をそらせなくなり、耳もとで囁く声が、どこか遠くから響いているような気がした。そして自分の体が自分のものでなく、宙に浮いているような感覚になった。 「目をとじて」  その囁きにはあらがえず、まるで催眠にでも掛かったように、ルークは言われるまま目をとじた。 「思い出して、あなたの居場所、空気、その匂い。すべてを五感に体現してみて」  ゆっくりと呼吸する。 「静かに念じてみて。心を解放し、思いのままに──」  声が体中をかけめぐる。  ──ああ。  懐かしい故郷の山が見える。  山間から淡い光が差し込み、村を照らしている。  この匂い、この感覚。 「ルーク、目をあけて」  エミカの声が、すぐ近くではっきりと聞こえた。  目をあけると不思議なものがあった。 「魔界への扉よ」  七色に輝く球体。美しい異空間のゆらぎがあった。  魔界樹の窪みにあった空間とは違い、良質な気の流れを感じた。 「扉……。どうやってこれが……」 「あなたの思いが引き寄せたの。わたしはちょっとお手伝いしただけ」  眩しそうにエミカも球体を見つめていた。  瞳の色がさらに朱に染まっていた。その横顔は普段よりもとても大人びていて、見たこともない表情だった。 「これで帰れる?」 「ええ」  ルークは口許をひきしめると、エミカたちに別れをつげた。 「今度こそ、オレ、いくよ」  引き寄せられるように球体に近づいた。 「気をつけてね」  エミカとダージョは、一歩離れ、見守るように並んでいた。 「いつか会いにいくよ」 「そうね」 「本当に会いにくるから」  別れはつらかったが、前に踏み出さないといけないと思った。 「もっと力をつけて会いにくる。そして新一郎と約束した野球をする」  エミカは、あはっと微笑んだ。 「なるべく早く来ないと、新ちゃんお爺ちゃんになっちゃうから」  ルークもつられて笑ったが、その意味合いをはかりかねた。 「じゃあ……」  なんだか泣きそうになった。  もっと色んなことを言いたかったのに言葉にできなかった。  ルークは球体に足をすべらせた。  すると強い力で引っ張られ、球体のなかに飲み込まれる。 「ぐっ……ぐっ」  最後に、エミカたちに目をやると、ゆっくりと手をふって見送ってくれた。   《第一章・了》  六. 魔界への扉の挿絵1                                    

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。  『第一章 ようこそ、魔女のお家へ』は終了。  次回から『第二章 魔界』がスタートします。   引き続き、読んでいただけると嬉しいです。      ※お絵描きも、絶賛修行中〜。🐧。。ヒィ〜。。

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  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇100pt 2021年12月3日 2時54分

    ひと悶着あったものの、雨降って地固まる。また会える日をより強く待ち望むような、そんなお別れをお互いに告げられたように思います。例の少年が言い残した言葉がちくりと胸の端に残りますが、ともあれ久方ぶりの故郷。いつか力をつけて、人間界に足を運べるほどの使い手になれる日を願って。

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    羽山一明

    2021年12月3日 2時54分

    ミミズクさん
  • 女魔法使い

    ななせ

    2021年12月3日 22時06分

    応援、たくさんの貴重なpt.ありがとうございます。 穏やかな人間界の暮らしに別れをつげ、これからルークには試練がやってきますが、彼なりに成長し、ちょっと不器用でも元気だったらいいやん、と思いつつ書いてます。いつもコメントありがとうございます。(≧▽≦)

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    ななせ

    2021年12月3日 22時06分

    女魔法使い
  • 猫

    けーすけ@AI暴走中!

    ♡1,000pt 〇50pt 2021年9月15日 2時24分

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    「コレはいい作品だ・・・!」氷川Ver.ノベラ

    けーすけ@AI暴走中!

    2021年9月15日 2時24分

    猫
  • 女魔法使い

    ななせ

    2021年9月15日 20時58分

    たくさんの応援、貴重なポイントありがとうございます。 そう言っていただけると、励みになります😍

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    ななせ

    2021年9月15日 20時58分

    女魔法使い
  • 野辺良神社の巫女

    花時雨

    ♡500pt 〇50pt 2021年10月25日 19時10分

    いよいよ、魔界へ。ルークが人間界で見聞きしたもの、そして触れ合ったことが第二章以降でどのように力になるのか、楽しみです!

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    花時雨

    2021年10月25日 19時10分

    野辺良神社の巫女
  • 女魔法使い

    ななせ

    2021年10月25日 22時39分

    たくさんの応援、貴重なポイントありがとうございます。 魔界に戻ったルークですが、彼にとって、かなり窮屈で試練の日々が続きます。 なかなか冒険の話しにならないのが悩み中です。(ぴえん)

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    ななせ

    2021年10月25日 22時39分

    女魔法使い
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    ビビッと ♡1,000pt 〇10pt 2022年4月1日 14時44分

    《あの冷酷な少年のなかにある魔界の匂いが、オレを呼んでいる。》にビビッとしました!

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    涼寺みすゞ

    2022年4月1日 14時44分

    文豪猫
  • 女魔法使い

    ななせ

    2022年4月3日 11時30分

    ビビッとありがとうございます。恐ろしいやつでも、誰よりも近しいようです。人間のなかにいて、楽しく暮らしていても、どこかおさまりが悪いのを感じていたのかもしれません。(*'ω'*)

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    ななせ

    2022年4月3日 11時30分

    女魔法使い
  • 女魔法使い

    結月亜仁

    ♡100pt 〇1pt 2022年1月14日 17時47分

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    見事なお点前で

    結月亜仁

    2022年1月14日 17時47分

    女魔法使い
  • 女魔法使い

    ななせ

    2022年1月14日 23時28分

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    ありがとうございます

    ななせ

    2022年1月14日 23時28分

    女魔法使い

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