マジョルカ・マジョリテ

読了目安時間:8分

エピソード:10 / 64

Ⅱ 脱 出

「野球ってなんだろう」  混乱した頭は、メイファイアに投げられた言葉でさらに迷走していた。 「やきゅう──? あっ、クソ!」  思い出そうとすると掻き消える。  自分の記憶なのに、ある一か所だけが何者かに支配されているような気がする。  ルークは自分の心と向き合おうとしたが、すぐに挫けてしまった。 「ちくしょうっ」  寝床に倒れこみ、その拍子に手から球体が離れていった。  天井に目をやると、すべてが静かだった。  足音さえ聞えず、覆いかぶさるような孤独感がおしよせてきた。 「──帰りたい」  前にも、こんな想いになったような気がする。  どこから、帰りたかったのだろう。  自分は、どこに行きたいのだろう。  どこだ、  どこだ、  どこだ!  ルークは飛び起きた。 「帰ろう」  ここはオレのいる場所ではない。  そう思うと、居ても立っても居られなくなった。  しかしどうやってこの塔から脱出すればいいのだろう。  自分が動けるのは外の廊下くらいだ。大広間に繋がる扉には、いつも鍵がかけられている。  だが、鍵さえ手に入れば外に出られるかもしれない。 「そうだ」  前に望みのモノを呼び寄せる、魔法を使ったような気がする。 「えっ、でも?」  炎の魔法も満足に唱えられないのに、そんな難しい魔法が使えただろうか。 「いや、まて」  確かに一度、魔法を使った気がする。  記憶は曖昧(あいまい)でも、体と心に刻まれた行為は確信に近いものがあった。 「やってみよう」  まず、魔法陣を描かなければならない。  ちょうど飲みかけの水があった。指先を傷つけ、器のなかに血液を入れた。  はやる気持ちを抑えつつ、ゆっくりと深呼吸した。  床に何度も描きなおしながら、魔法陣を完成させる。 「へへっ。ちょっと形はいびつだけど、これでいけるよね? ん?」  誰に──、問いかけているんだ?  魔法陣はお世辞にもうまいとはいえないが、初めてひとりで描いたような気がした。  ルークは照れ笑いを浮かべ、しだいに真剣に取り組んでいった。 「つぎは……」  ──歌をうたいな。  誰かの助言が耳もとでよみがえる。 「そうだ。宝探しの唄だ」  ──真剣に心をこめて唄いな。  そして、  願いをこめて、呼び寄せるんだ!   Ⅱ 脱 出の挿絵1                ****  時刻は真夜中をすぎていた。  見回りの者が何度となく、部屋の周辺を通りすぎていった。ルークは彼らに見つからないよう、渡り廊下を走った。  長い回廊には中庭があり、身を低くしながら慎重に進んだ。このあたりの間取は、なんとなく頭にはいっていた。扉を出ると大広間があり、正面入口の近くには外につながる小さな出口があるはずだ。  ようやく大広間につながる扉までくると、()()()()()()()()鍵を差しこんでみた。  ガチャリ、と音がし、扉が開いた。  大広間に出ると天窓が見えた。  魔界の月の明かりがほのかに差し込み、大広間は全体的に薄暗く、小さな灯が四方に置かれていた。  右手に大きな扉があり、その横に小さな扉があった。  ルークは警戒しながら出口にむかった。どこかで巡回する者の話し声が聞えた。どうやらふたりほどいるらしく、彼らは長いあいだ話し込んでいたが、ふたたび歩きだすと反対側の建物にむかった。  彼らがいなくなると、ルークは小さな扉にむかった。  音をたてぬよう(かんぬき)をはずし、ゆっくりと扉を押した。  頬にあたる風が冷たく感じた。  ひさしぶりに外気にふれる。  円筒形の塔のまわりは、高く積まれた石垣で囲われていた。正面には警護の者がいるだろうから、どこかべつの出口を探すことにした。  月が出ているとはいえ視界は悪かった。  石垣のまわりを丹念に調べると、戸口をみつけた。閂に鎖が捲きつけられ、とても外すことができない。さらに奥に行くと、外に出られそうな戸口を見つけた。ほとんど使われてないらしく、少し押すと、木材の閂が腐り落ちた。そこから外に出ると、森につながる獣道のようなものがあった。  塔は、森林を背にして建てられているようだ。  ルークは森に行くかどうか迷ったが、気持ちを奮いおこし、真っ暗で足場のわるい獣道を進んでいった。  道なき森を急ぎ歩いた。  朝になれば、ルークがいないことに気づくはずだ。そうなったら追いかけてくるかもしれない。できるだけ塔から離れたかった。  生い茂る樹木のあいだから日が差してきた。  あたり一面、うすい灰色のヴェールをまとったような霧がかかっていた。もうすぐ足もとを気にせずに歩けそうだ。  さらに奥へと進んでいった。  天候が不安定なのか、日が差しても薄暗かった。  さすがに疲れを感じ、どこかで休憩しようと思った。斜面を下っていくと水の音が聞えてきた。  川が流れており、これに沿って歩けば、どこかに出られるかもしれない。 「うまいっ」  川の水をすくってひとくち飲んだ。冷たくて、喉のかわきを満たすには充分だった。  ルークはあらためて空を眺めた。  曇りがちだが、なんだか嫌な気分にさせた。 「こんな色だったかな?」  魔界の空は薄い黄味がかった色をしていた。ときより灰色になったり、ごくたまに黄金色になったりした。だが、ひさしぶりに眼にした魔界の空は、黒ずんだ灰色でひどく不愉快にさせた。  まるで、臭気(しゅうき)のある褐色(かっしょく)の液からできる空五倍子色(うつぶしいろ)のようで、奇妙な色相の筋が、ところどころ薄っすらとあらわれはじめている。  全体的に濁り、重々しく、陰鬱な気分にさせる。  いままでこんな空色は観たことがない。  ルークは、長老の言葉を思い出した。 『天空には、これからの兆候があらわれやすい』  山奥にある村は、自然の采配に左右される環境にあった。  雨が降りつづけば川が氾濫し、日照りがつづけば作物の収穫はない。  自然を読むことは、自分たちの生活を支える足場でもある。魔法がそれほど浸透していない村は、歌を捧げることで自然と共存してきた。  オルドス村の長老・シャーニアは、すべては自然からの恵みで支えられていると説き、自然界からもたらされる報せを、注意深く感じろと云った。  天をよみ、風をよみ、歌を詠んだ。  ルークは生暖かい風の中にある、暗くて妖しい気配をかすかに感じとった。  魔界で、何かが起ころうとしているのだろうか──。 「いたぞ!」  そのとき、複数の足音が聞えてきた。  白い長衣を着たパーシェたちだ。  彼らは剣を帯び、弓を持っている者もいた。 「やばいっ! もう追いかけてきたのか」  反対側の岸に上り、彼らを撒こうと懸命に走った。  しかしパーシェたちの動作は速く、またたくまに取り囲まれてしまった。 「おとなしく、我われと帰るのだ」 「嫌だ!」  体の大きいパーシェに拘束された。  ルークが抵抗して暴れると、とうとう相手は本気を出した。 「仕方あるまい」  額に手をそえ、《気》の塊のようなものが撃ちこまれた。 「うわっ!」  ルークは失神し、もとの部屋に戻された。     *        *           *             *               ⁂                 *                   *  気を失ってから、どれほど眠っていただろう。  見飽きた天井を見つめながら、虚無感からか寝床から起きることができなかった。 「もう、どうでもいいや」  部屋には窓もないので、朝か夜かもわからない。  床には、水と血で描いた魔法陣の跡がうっすらと残っていた。  軟禁状態はしばらく続き、ルークの監視はさらに厳しくなった。  毎日、カーマインがこの部屋にやってきた。 「ちゃんと食事をしたほうがいい」 「腹が空かない」 「体も動かしたほうがいいよ」 「オレに構わないでくれ」  カーマインは、何を言われてもにこやかに対応した。  できるだけ話しかけ、(かたく)なになってゆく心をほぐそうとしているようだ。 「皆、君のことを心配しているよ」  真摯な目で語りかける。 「メイファイアさまも心配している」 「あの導師が」  ルークはそんなことはない、と首をふった。 「脱走した事に怒っているはずだ。それに、あの導師は何を考えているのかさっぱりわからない」  冷ややかで口数も少なく、ルークが騒いでもその表情はいっさい変わらない。 「それは違う。導師さまは素晴らしい方だよ」  カーマインは、彼の事を深く尊敬しているそうだ。  若くして《第三の塔・アガッド》の師代となり、多くのパーシェを指導してきた。  メイファイアは、ラーガの弟子の中でも、もっとも信頼が厚かった〝ルブラン〟を祖師に持つ名門の出身であるらしい。思慮深く、なによりも優れたパーシェとして敬われていた。  カーマインは、第三の塔に赴任して日は浅いが、あらゆる教えを受けたそうだ。 「導師さまのお陰でカーディナルに行くこともできた」  カーディナルとは、魔法に関するすべての書物を保管してある場所だそうだ。パーシェを支える学府として位置付けられ、若いパーシェにとっては自己の研鑽をする場所でもある。そこは、師代に推薦された者しか学ぶことができないらしい。  見習いであるカーマインにとって、カーディナルで学べるのは、とても誉れのあることだと語った。 「ルーク、メイファイアさまの事をもっと理解してほしい」 「理解っていわれてもさ」 「導師さまなりに君のことは気にかけておられるんだ。この生活が窮屈で仕方がないだろうけど、君の身を心配してのことなんだ」 「オレの心配?」 「そうだよ。詳しく理由は(おっしゃ)られないけど、中央から君の身柄を渡すよう、再三勧告を受けている。ただ、いまはその時ではないと拒まれているらしい」 「中央って──、つまり、なんだ」 「ラーガ神殿だよ」 「なんで」 「それはわからない」  マーカインは、自分の知りうることを包み隠さず語ってくれた。おそらく、口止めされているだろうに教えてくれたのだ。  ルークは返答につまり、何が何だかわからなくなってきた。  それから数日後、事態は急変した。 「なぁんだ。もう朝かぁ」  突然、真夜中に叩き起こされた。 「導師さまが、呼んでおられる」  無理やり起こされたため、頭のなかが半分眠っている。カーマインの言葉に生返事ばかりしていたが、あるものを手渡されると、いっぺんに目が覚めた。 「これに着替えてもらいたい」 「それって」  それは、ルークが着ていたという一風変わった衣装だ。 「着替えたら、僕と来てほしい」 「導師は、こっちに来ないのか」 「ある場所で待っておられる」  塔を脱走してから一度も会っていなかった。  高位の導師である(メイファイア)に対して、ルークがやらかした行動は違反に近かった。 「わかった。行くよ」  さすがに嫌がることもできず素直に従った。  もしかしたら懲罰を受け、投獄されるかもしれない。  ルークは唇をかたく結ぶと、モッズコートに袖を通していた。    

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  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇100pt 2021年12月17日 9時08分

    誰だって、束縛されれば解放したくなるもの。来た道も、行く道も見えないルークにとってはなおのこと。どうせ追っ手がかかるのならば、せめて塔の外で散歩するくらいは許してあげてほしいですが、姿を晒すことすら避けたい事情があるのでしょうか……?

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    羽山一明

    2021年12月17日 9時08分

    ミミズクさん
  • 女魔法使い

    ななせ

    2021年12月17日 22時25分

    応援、コメント、貴重なポイントありがとうございます。(≧▽≦) 迎えた側は、ルークの存在にちょっと疑心暗鬼になり厳しい対応となってます。少しは緩やかになりますが、自由を愛するルークには苦痛な日々が続いてしまうのでした。(ああ、お話があまり進まない。。。)

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    ななせ

    2021年12月17日 22時25分

    女魔法使い
  • 猫

    けーすけ@AI暴走中!

    〇50pt 2021年10月6日 1時18分

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    続きを楽しみにしてるよ

    けーすけ@AI暴走中!

    2021年10月6日 1時18分

    猫
  • 女魔法使い

    ななせ

    2021年10月6日 22時23分

    ありがとうございます。励みになります(≧▽≦)

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    ななせ

    2021年10月6日 22時23分

    女魔法使い
  • 野辺良神社の巫女

    花時雨

    ♡500pt 〇20pt 2021年10月30日 17時27分

    この待遇で「心配している」「理解しろ」と言われてもねえ…… ルークくん、心をしっかり持つんだ。

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    花時雨

    2021年10月30日 17時27分

    野辺良神社の巫女
  • 女魔法使い

    ななせ

    2021年10月31日 12時18分

    沢山の応援、貴重なptありがとうございます。ルークの世話をするカーマインは、メイファイアの「尊敬フィルター」が強くて、そこらへんはかなり温度差はあるようです。でもルーク大変だな気の毒だな、とは思っているようです。でもなんも出来ない(笑)文章のご指摘ありがとございます(大感謝)🤩

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    ななせ

    2021年10月31日 12時18分

    女魔法使い
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    ♡1,000pt 〇10pt 2022年4月10日 9時42分

    導師が夜中に呼び出すというのが気になりますね……。

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    涼寺みすゞ

    2022年4月10日 9時42分

    文豪猫
  • 女魔法使い

    ななせ

    2022年4月12日 1時09分

    脱出してから会っていませんから、どんな事をされる(?)(^^;)か、気が気でないようです。 ルークは、いよいよ処罰されるんだ~、ヤバイ。と、思ってます。w

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    ななせ

    2022年4月12日 1時09分

    女魔法使い
  • 女魔法使い

    結月亜仁

    ♡100pt 〇5pt 2022年1月17日 18時11分

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    これは期待

    結月亜仁

    2022年1月17日 18時11分

    女魔法使い
  • 女魔法使い

    ななせ

    2022年1月17日 23時42分

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    ありがたき幸せ

    ななせ

    2022年1月17日 23時42分

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