ヤオヨロズ・シティポップ

読了目安時間:8分

児童ポルノ禁止法って知ってる?

 カップラーメンは、叡智の結晶である。  お湯を注ぐだけで完成するお手軽さと、飢えた胃袋をしっかり掴む味の濃さ。最近の商品は麺やスープだけでなく、具材にもこだわりが窺える。日本が誇るスーパーフードと言っても、差し支えはないだろう。 「なんですか、これ」  そんなカップ麺を前にして、デリ子は困惑気味の表情を浮かべている。戸棚にあったものを拝借し、提供してやったのに、感謝の一言が出てこない。  顔に「もっと豪勢な食事はないのか」と書いてあるが、いきなり飯を寄越せと言われても、母さんが作る夕食は増えやしない。今日のところは、カップ麺で我慢してもらうしかないのだ。 「まあ、食べてみろって」  不満そうなデリ子に割り箸を渡す。  恐らく、カップ麺を知らないのだろう。お湯を入れて三分待つだけで、美味しくなるわけがないと決めつけている。漫画やアニメのお嬢様キャラと同じである。しかし、その手のキャラは総じてカップ麺に魅力される。「悪くないわね」と言いつつも、しっかり完食するのが定番の流れだ。  デリ子がゆっくりと麺を口に運ぶ、もにょもにょと咀嚼し、無言のままもう一口。カップの縁に口をつけ、スープを一口。さあどうだ、落涙するが良い。 「可もなく不可もない、庶民の味ですね」  反射的にチョップしてしまう。何を食通ぶってるんだこのポンコツは。交通費もケチるほど貧乏なくせに。どうせ、天界でもロクな食事を摂取していないくせに。 「いっだ! 何するんですか、率直な感想を口にしたけじゃないですか!」  デリ子が喚く。 「うるせえ。お礼の一つくらい言いやがれ」 「契約内容に含まれてるんだからお礼なんていひゃいいひゃいいひゃい、ちょっと、危ないです、こぼれる。いや、ほんと、すみませんでした、美味しいです!」  契約の二文字を盾にしてくるが、俺は口車に乗せられて握手しただけだ。印鑑はおろか、書面すら見ていない。違法性が高すぎるだろう。 「頬が伸びます、戻らなくなります!」 「そのときはちょうちょ結びしてやる」  子どもをいじめる趣味はないが、初日につけ上がらせると後が怖い。(しつけ)の意を込めて、頬をつねり上げる。 「ちょっと千晃にい、さっきからうるさいよ」  不意に扉が開く。隙間から顔を覗かせた陽向が、目を見開いて固まってしまった。秒針の音が部屋を支配する。デリ子の存在は伝えていない。こんなファンキーな髪色のガキンチョを「拾ってきました」などと説明できるわけがないからだ。  ずるずるずる。  麺を啜る音を合図にして、久美浜家の時が再び動き出した。陽向がずんずんと部屋の中に乱入し、俺に顔を近づける。 「児童ポルノ禁止法って知ってる?」 「待て、誤解だ」  誘拐ならともかく、そこまで話を飛躍されるのは兄として悲しすぎる。こんなちんちくりんのポンコツに、劣情を抱くはずがない。 「彼女を作るって意気込んでたけど、まさかこんな」 「違う、こいつはその、恋愛運の神様で」 「言い訳が異次元すぎるよ」  駄目だ、濡れ衣が乾かない。俺がどれだけ弁明しても、陽向の視線は湿度を増していく。当の本人は他人事のようにカップ麺をずるずる啜っている。なんなんだコイツ、本当は疫病神じゃないのか。 「おいデリ子、浮かんだりできないのか」 「無理です無理です」 「なんでもいい。神っぽいことをしてくれ」 「めちゃくちゃ雑なことを言いますね」    このままだと兄としての威厳は地に落ち、穴を穿ち、マントルで焼失してしまう。脳をフル回転させながら打開策を探していると、スマートフォンから着信音が鳴り響く。画面には、笠置みほろと表示されていた。  陽向を見やる。目で「出なよ」と促している。 「……もしもし」 『神って何を食べるのかな』 「ヘルちゃんは教えてくれないのか」 『水でいいですって言ってる』  なんという慎ましさだ。庇護欲(ひごよく)を掻き立てられる。どうやら俺は、預かる対象を間違えたようだ。 「千晃さん、なにか問題でも発生したんですか」  デリ子が耳元で麺を啜る。熱々の汁が飛んでくる、俺が身をよじると、げらげらと爆笑しやがる。なんだこの差は。蹴っ飛ばしてやろうか。 「……みほろ、スピーカーにしていいか?」 『うん』  そもそも、俺を通訳に挟む必要はないのだ。スピーカーモードに切り替え、みほろとデリ子で会話してもらうことにした。その様子を、陽向が不思議そうに眺めている。 「千晃にいが、女の人と連絡先を交換してる」 「話せば長くなるが、節分祭で会った子だよ」 「もしかして、彼女さん……?」 「まだ付き合ってはないけど」 「まだ? まだってことは予定はあるの?」  ぐいぐいと詰め寄ってくる。今はそれどころじゃないのだが、説明しないことには終わらないだろう。俺は深呼吸してから、陽向に経緯を伝えた。 「へぇ、そんなこともあるんだねぇ」  みほろの存在を挟むだけで、説得力が増したらしい。神や御利益などのトンデモ現象も、素直に受け入れている様子である。なんだか釈然としないが、威厳の失墜は免れただろう。 「千晃さん、これってどうすればいいんですか」  デリ子とみほろの会話も終了したようで、すでに電話は切れていた。なんだか、どっと疲れが増してしまった。 「みほろになんて伝えたの」 「お刺身やお肉が好きですって伝えました」 「そうか。うちでは期待するなよ」  呆れながら陽向に視線を戻すと、瞳がキラキラと輝いている。これは間違いなく、神という未知の存在に興味を抱いている。 「デリちゃんって本当に神様なの?」 「そうですよ。恋愛の運を司ってます」 「えー、すごい!」 「ふふふ。信仰してください」  薄々感づいていたが、デリ子はちやほやされると調子に乗るタイプらしい。 「信仰したらどうなるの?」 「存在が強固になりますし、御利益も強くなります」 「じゃあ逆に、誰にも信仰されないとどうなるの?」  好奇心の権化である陽向は、質問マシンと化した。 「信仰されなければ、人々から忘れられます。田舎にあるような、朽ち果てた神社を思い浮かべるとわかりやすいかと」  ネットを漁っていた際に、偶然見つけた廃神社の存在を思い出す。確かに、あのような状態になれば誰からも信仰されることはない。心霊スポットとしてマニアから人気を博す可能性は否めないが、そこにあるのは好奇心だ。神として崇める気持ちは微塵もないだろう。 「じゃあ、忘れられた神様はどうなるの?」  陽向はどこか、悲しそうな表情をしている。 「認識できませんし、触れられません。そのうえ、人間の記憶から抜け落ち、いずれ死に至ります。文献には残るかもしれませんが、ただの文字の羅列に意味なんてありません」  神でも人間でもない存在が、誰からも認識されずに息絶えていく。あまりにも悲しすぎる末路を、福の神も辿るのだろうか。そこでふと、嫌な可能性が頭の中に浮上する。 「なあデリ子、京都の町は保ってあと一ヶ月だと言ってたよな。それってまさか……」  デリ子が、俺の言葉の続きを察したように頷く。 「はい。私達が福の神を認識できる期間です。病状の進行具合は予想なので、正確ではありませんけど。ただ、早く見つけて対処しないと、不可視の厄災になるのは間違いありません」  それは無情な答え合わせだった。 「死んだとしても、厄災は終わらないのか」 「――終わらないです。そうして御利益が反転して残ったものを、人間は呪いや祟りとして恐れています」  カップ麺を床に置き、少し長くなりますよと前置きをする。デリ子が語り始めたのは、学問の神様として名高い菅原道真(すがわらのみちざね)の真相だった。  今でこそ「天神様」の愛称で親しまれている道真だが、元々は大怨霊として恐れられていた。藤原時平(ふじわらのときひら)を病死させたり、清涼殿に雷を落としたりと、エキセントリックな方法で朝廷を呪ったとされる。  見兼ねた朝廷は、道真の怨霊を鎮めるために北野天満宮(きたのてんまんぐう)を建立した。怨霊として恐れるのではなく、神様として崇めることで、ご機嫌を取ったわけだ。その後、災害が発生するたびに「天神様」を祀る神社が、全国にぽこぽこと建立された。  以上が日本に伝わる史実だ。  しかし、これは表向きの話らしい。 「天神様が災害を引き起こしているのは、呪いではなく、体調不良で御利益が反転していただけです。人間が都合よく脚色して、全国に似たような神社を建ててますけど……」  デリ子は少し呆れた様子を見せながら「そのせいで天神様がどこにいるのか、全くわからないんですよ」と付け加えた。 「じゃあ、北野天満宮に道真様はいないの?」 「基本的にいませんね。天満宮は全国に一万以上あるので飛び回ってます。ですが、天神様の御利益はそれぞれの神社に残っているので、私達のような新米の神様が数人で管理しています」  わりと時給が良いんですよと笑っているが、俺は笑えなかった。由緒正しき神社の御利益が、アルバイトに管理されているとは。歴史を揺るがすほどの事実を、どう受け入れて良いのかわからない。 「まあ、創業者の秘伝のレシピを、全国のチェーン店で受け継いでいる感覚ですね。やおよろズが千晃さんに提供しているのは、牛丼みたいなものですよ」  デリ子は軽い口調を崩さぬまま話し終え、カップ麺のスープを飲み干す。見事な完食に、陽向の拍手が飛び交った。 「言うことがあるだろう?」 「胃がもたれそうな味でした」  俺は無言でチョップを落とす。まだまだ聞きたいことはあるが、これ以上詰め込むと頭がパンクする。明日、みほろと一緒に要点をまとめることにしよう。 「デリ子、明日なんだけどさ」 「あ、私はお休みを頂きますよ。シフトなので」 「じゃあ、誰が出勤してるんだ」 「ヘルちゃんと、ミーさんですね」 「……ミーさんとは」 「健康運の神様ですよ。テイク・オン・ミーさんです」  俺の脳裏を、巨大なナメクジが這い回る。振り払っても振り払っても湧いてくる。だいたい、なんだその名前は。ふざけてんのか。くじ引きで決めてんのか。  降りかかるストレスに胃がきりきりと痛みだし、思わず涙が溢れそうになる。どうせ明日も、大変な一日になるのだろう。   

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  • 猫

    くだまき

    ♡1,000pt 2021年4月9日 0時09分

    菅原道真のくだり、なるほどと思いました。御利益反転はつくづく素晴らしいアイディアだなぁと。こちら側の常識が「実は~」なシーン、好きです。

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    くだまき

    2021年4月9日 0時09分

    猫
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月9日 18時30分

    くだまきさん、いつも応援ポイントありがとうございます!(;_;)与太話を史実と結び付けてむりやり説得力を出すのが好きなので、このあたりは自分でも気に入ってます🥳

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    新田漣

    2021年4月9日 18時30分

    ジト目ノベラ
  • 化学部部長

    月宮雫

    ♡1,000pt 2021年4月8日 23時25分

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    ツボりました・・・・////

    月宮雫

    2021年4月8日 23時25分

    化学部部長
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月9日 18時30分

    雫さんありがとうございます!!雫さんの大好きな健康運の神様の名前が判明したので、バンバン推してくださいね(圧)

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    新田漣

    2021年4月9日 18時30分

    ジト目ノベラ
  • 復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

    放睨風我

    ♡500pt 2021年4月11日 5時33分

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    ブラボー!!

    放睨風我

    2021年4月11日 5時33分

    復讐乙女 ネメシス(デンドロ)
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月11日 9時58分

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    ぺこり

    新田漣

    2021年4月11日 9時58分

    ジト目ノベラ
  • 探偵

    坂本光陽

    ♡200pt 2021年4月9日 8時52分

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    ファンタスティック!!!

    坂本光陽

    2021年4月9日 8時52分

    探偵
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月9日 18時31分

    坂本様、いつも応援ありがとうございます!!更新の度に追って頂いて、とても嬉しいです\(^o^)/

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    新田漣

    2021年4月9日 18時31分

    ジト目ノベラ
  • ジト目ノベラ

    朱音あすか

    ビビッと ♡100pt 2021年4月9日 20時44分

    《「健康運の神様ですよ。テイク・オン・ミーさんです」》にビビッとしました!

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    朱音あすか

    2021年4月9日 20時44分

    ジト目ノベラ
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月10日 0時02分

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    「ありがとですよ!」氷川Ver.ノベラ

    新田漣

    2021年4月10日 0時02分

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