ヤオヨロズ・シティポップ

読了目安時間:7分

乗り越えようよ、フェンスとかさ

 入学から一週間が経った月曜日の朝のこと。  不自然な幸運に辟易する日々を送っていた俺だが、今だけは幸運に感謝している。それもそのはず、欲しかったスニーカーが、()()()格安で入手できたからだ。新しい一日を祝うように、白くてピカピカのスニーカー。良い靴や良い本との出会いだけは、手放しで喜んでしまう。  鼻歌交じりで靴紐を調節していると、蝶々結びの最後の工程でぶちんという音がした。  玄関に流れる時が止まる。俺の右手に残ったのは、先程まで靴紐だったもの。引き千切れ、ただのゴミと化した繊維は「お前もこうなる」と天から告げられたようだった。  ついに、この日が来てしまったのか。  天国から地獄である。先程までの鼻歌は荒い呼吸に変わり、これから襲い来る不幸の数々をたっぷりと想像してしまう。 「千晃にい、どうしたの?」  玄関で固まる俺に、陽向が声を掛けてくる。 「俺の顔が靴底みたいになってたりしないか」 「え、なに急に」 「俺の顔を見てくれ。不幸な人間の顔をしてないか」 「はいはい、イケメンイケメン」  陽向は真剣に取り合うこともなく「先に行くね」と飛び出していった。去年までは一緒に登校していたが、今年からは学校が異なるので、陽向と話す機会が減ったのだ。これもまた、不幸の一部な気がしてくる。  得体の知れない恐怖が、むくむくと膨らんだ。これから先、何が起きるかわからない。靴を履き替え、あらゆるアンテナをフル稼働させながら、恐る恐る家を出る。  柳高校までは、今出川通りから市バスで向かわなければならない。バスがガス爆発してしまうかもしれないし、バスに乗る前に俺がガス爆発してしまう可能性だってある。震える足に力を込め、少しずつ前に進むが、通いなれた道の全てが凶器に見えた。  倒れてくる電柱、飛び散る窓ガラス、俺の右尻を噛みちぎるポメラニアン。不幸に繋がる可能性が幾重にも枝分かれして、思考を狂わせる。道が怖い、車が怖い、自分の影さえも怖い。  これは駄目だ。  まずはこの不幸を断ち切らないと、高校へも行けやしない。俺はスマートフォンを取り出し、この日のために温めておいた『御利益リスト』を開く。  一番上に表示されている安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)の情報を再確認し、すぐさま参拝する決意を固めた。本当なら吉田神社に行きたいのだが、大元宮は毎月一日と節分祭の日しか開放されていない。ならば、洛中最強と名高い神社に頼るしかないだろう。  市バスに乗るのが怖かったので、徒歩で移動することに決めた。恐らく一時間以上かかるし、遅刻は免れないが、背に腹は代えられない。  今出川通りをゆっくりと西へと進む。サッカー選手のように首を左右に振りながら歩く俺を、道行く人々が奇怪そうに一瞥していく。それでも、安全確認を怠ることなどできない。百万遍(ひゃくまんべん)交差点を南に折れた頃には、すでに一時間以上経過していた。 ◆  安井金比羅宮は、京都府の東山区に位置している。  人々から「縁切り神社」と親しまれており、境内には断ち切りたい悪縁を殴り書きした絵馬が、大量にぶら下がっている。また、悪縁を切るだけでなく良縁を結んでくれることでも名が知られ、国内有数のパワースポットとして君臨しているのだ。  午前中だからか、境内は比較的空いている。結局、辿り着くまでに二時間以上かかってしまったが、ここまでくれば安心だろう。ほっと胸を撫でおろしていると、石畳の隙間に爪先が引っ掛かり派手に転倒した。  駄目だ。早くお参りしないと、死ぬかもしれない。  俺は慌てて立ち上がり、本殿でしっかりとお参りをする。賽銭箱に五百円玉を投入し、足首に額をつける勢いで頭を下げた。しかし、これだけではまだ不安なので、隣の社務所で形代(かたしろ)を購入する。  これは御札のようなものであり、願い事を記入し、縁切り碑に貼り付けることで効果を発揮するらしい。備え付けられた長机で、丁寧に丁寧に記入した。  不幸の連鎖が断ち切れますように。  願い事を脳内で唱えつつ移動した。縁切り碑は山のような形をしている。形代が隙間なく貼り付いたその姿は、まるで白い毛で覆われた大きな生き物のようで、見る者に威圧感を与える。  中央にはぽっかりと穴が空いており、参拝者はこの穴を這うようにしてくぐり抜けると、御利益を授かれるとのことだ。  表からくぐれば悪縁が断ち切られ、裏から戻れば良縁が結ばれるらしい。伝統に(なら)い、縁切り碑の前で体勢を低くしてみるが、予想以上に穴が狭い。難儀しながら這い出ると、こちらを楽しそうに眺める赤い髪の女の子が立っていた。言わずもがな、笠置みほろである。 「なんで、こんなところにいるんだ」  俺はみほろへと歩み寄る。 「スマホが壊れたから」  電源ボタンをぽちぽちと押しながら、画面をずいと見せてくる。確かにみほろのスマートフォンはうんともすんともいわない。だが、故障と遅刻はあまり関係が無い気がしたし、神社に来る理由にはならない。 「もっと詳しく頼む」 「アラームが鳴らなかった」 「……それで遅刻したと」  みほろが首肯する。段々と、不足した言葉を補って会話するのに慣れてきた自分がいた。 「遅刻だなって思ってたら、ちあきちを見つけたの」 「はぁ」 「嬉しいから、着いてきた」  満足気な表情を見せてくれるのは有り難いが、犬じゃあるまいし、出席を犠牲にして着いてくるのはどうなんだ。ヘッドホンを贈呈してからというものの、みほろは俺にべったりであった。 「ちあきち、なにか嫌なことでもあったの」  俺を覗き込むようにして、みほろが問い掛ける。学校をサボって制服のまま、縁切り神社に訪れているのだ。何も無いなんて嘘は、通用しないだろう。 「ああ。ちょっと色々あってな。でも、もう大丈夫だと思う。なにせ京都最強の縁切り神社の御利益を授かったわけだから――」  俺の言葉は、足に伝わる柔らかな感触に遮られた。恐る恐る下を向くと、産まれて間もないであろう犬の糞をしっかりと踏みしめていた。すぐに飛び退き、石畳の角に何度も靴底を擦り付ける。  不幸が、終わらない。 「駄目だ、縁切りが足りないんだ」  俺の言葉に何かを感じたのか、みほろは合点がいった表情で、つかつかと歩み寄ってくる。俺の頬とみほろの鼻がぶつかるのではないかという距離に、思わず心臓が跳ね上がった。 「私に話してみて」  真剣な眼差しで、俺を射抜く。  話すべきか迷った。普通の人間であれば、俺のここ二ヶ月の運勢を語ったところで鼻で笑われるだけだろう。妄想癖やノイローゼを疑われるかもしれない。しかし、みほろは普通の人間にカテゴライズされるだろうか。  クールな見てくれに騙されがちだが、中身は適当であり天然、猫のような人間だ。いや、最近は犬にも寄りつつあるが、基本的には掴みどころのない猫なのだ。パーソナルスペースだって、ご覧の通りおバグり召されている。色々と普通ではない。だからこそ、すんなりと受け入れてくれるかもしれない。   「笑わないで、聞いてくれるか?」 「うん、そういうの得意」  Vサインで謎の自信を覗かせるみほろを見ていると、なんだか張り詰めていた気が抜けてしまった。一人で抱え込むのも限界があると結論付け、全て伝えてみることにした。  話してみると、止まらない。  俺はどうやら、想像以上に気が参っていたようで、(せき)を切るように感情が溢れ出す。みほろは俺の頭を撫でながら、じっと話を聞いてくれた。 「そっか」  俺が一気に話し終えると、みほろは顎に手をあてて黙り込んでしまう。何かを考えている様子だ。しばらく待つが、一向に再起動しない。間に耐えきれず口を開こうとした瞬間、みほろの瞳に光が宿った。 「ちあきちって蟹座なんだ」 「今の時間を返してくれ」  何がおかしいのか知らんが、爆笑している。 「これでまた一つ、ちあきちのことを知れた」  みほろは目尻を指で拭ってから、俺の手首を掴んだ。ひんやりとした柔らかな指に、またもや鼓動が加速する。 「じゃ、今から行こっか」 「どこに」 「吉田神社」  当然でしょう、と言いたげな顔。 「大元宮は、一日まで待たないと開放されないぞ」 「そんなに待てないよ。ちあきちが死んじゃう」 「参道が封鎖されてたら、どうしようもないだろ」 「乗り越えようよ。フェンスとかさ」  みほろが駆け出すと、俺の足も動き出した。 「高校生ってさ、無敵なんだよ」  春風をまとう笑顔を見た瞬間、俺の頭の中で音楽が鳴り響いた。昔どこかで聴いた曲。名前も知らない音楽だったが、えらくポップで、えらく都会的で、胸が高鳴るようなメロディだった。     

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • 野辺良神社の巫女

    九十九美櫛

    ♡2,000pt 2021年4月1日 21時41分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    「早く続きを」氷川Ver.ノベラ

    九十九美櫛

    2021年4月1日 21時41分

    野辺良神社の巫女
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月1日 23時32分

    九十九さん!!いつもありがとうございます!!応援ポイント沢山!!続きは明日か明後日に投稿します。いよいよアレです、やおよろズの一員が出てきます。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    新田漣

    2021年4月1日 23時32分

    ジト目ノベラ
  • ジト目ノベラ

    朱音あすか

    ♡1,000pt 2021年4月2日 9時13分

    安井金比羅宮は行ってみたいけど機会に恵まれず。幸か不幸か切りたい縁がなくてご縁がないのです。涙が出ちゃう!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    朱音あすか

    2021年4月2日 9時13分

    ジト目ノベラ
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月2日 9時19分

    あすかさん、応援ポイントありがとうございます(;_;)縁結びの御利益もあるので、切りたい縁が無くてもオススメですよ!とはいえ僕も2〜3回しか行ったことないですが……笑

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    新田漣

    2021年4月2日 9時19分

    ジト目ノベラ
  • 猫

    くだまき

    ビビッと ♡1,000pt 2021年4月1日 22時56分

    《「高校生ってさ、無敵なんだよ」》にビビッとしました!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    くだまき

    2021年4月1日 22時56分

    猫
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月1日 23時34分

    くだまきさん、ビビッと&応援ポイントありがとうございます(;_;)! みほろは動かしてめちゃくちゃ楽しいキャラなので、これからも変な言動をさせつつ、読者の方がハッとなるような台詞を言わせたいです。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    新田漣

    2021年4月1日 23時34分

    ジト目ノベラ
  • マリア&ネロ

    永原はる

    ♡1,000pt 2021年4月1日 21時47分

    今更ですけど、ちあきち、って響き最強にいいっすよね

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    永原はる

    2021年4月1日 21時47分

    マリア&ネロ
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月1日 23時35分

    永原さん、応援ポイントありがとうございます!!前作のドッペリンもそうなんですけど、響きの良いあだ名ありきで主要人物の名前を考えるので嬉しいです!!

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    新田漣

    2021年4月1日 23時35分

    ジト目ノベラ
  • ひよこ剣士

    中山喬丞

    ♡800pt 2021年4月8日 17時57分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    てぇてぇ

    中山喬丞

    2021年4月8日 17時57分

    ひよこ剣士
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月8日 21時24分

    中山さん、またまた応援ありがとうございます!!本当に嬉しいです……😭😭

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    新田漣

    2021年4月8日 21時24分

    ジト目ノベラ

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 百合ゲーの世界に転生したと思ったら鬱ゲーでした〜許せないので百合ゲーだと理解らせます!〜

    百合です

    15,501

    0


    2021年5月14日更新

    とある界隈で大反響を呼んだ百合ゲー「聖メモユリー女学院物語」。受験を終え、そのゲームを楽しみにしていた少女は不運にも階段から落ちて悔しみを抱いたまま死んでしまった。 しかし、死んだはずの少女は再び目を覚ました。 強い違和感を抱きながら姿見で自身の姿を確認すると、「聖メモユリー女学院物語」の主人公であるリリアム・ホワイトに転生していた! よく分からないけれど百合ゲーの世界に転生した事を喜ぶリリアムだったが、ある事がきっかけでポケットに入った一枚の紙を見て驚愕する。 百合ゲーではなく百合ゲーの皮を被った鬱ゲーだと言う事を知ったリリアムは怒り、この世界に宣戦布告する。 「この世界が百合ゲーだって事を理解らせてやるんだから!」 生と死を選択するリリアムが送る、百合だと理解らせ異世界物語。

    読了目安時間:7時間53分

    この作品を読む

  • 蒼空世界のメカ娘~レミエと神とあの空の話

    生意気最強メカ娘と往く空中都市の冒険譚

    693,820

    3,668


    2021年5月9日更新

    機械の四肢で空を駆けるメカ娘『奉姫』が人を支える空中世界『カエルム』 空の底、野盗に捕えられた奉姫商社の一人娘『アリエム・レイラプス』を助けたのは奇妙なAIと奉姫のコンビだった。 『奉姫の神』を名乗るタブレット、カミ。 『第一世代』と呼ばれた戦艦級パワーの奉姫、レミエ。 陰謀により肉体を失ったというカミに『今』を案内する契約から、アリエムの冒険が始まる。 カエルムと奉姫のルーツ、第一世代の奉姫とは? 欲する心が世界の秘密を露わにする、蒼空世界の冒険譚。 ・強いて言えばSFですが、頭にハードはつきません。むしろSF(スカイファンタジー) ・メカ娘を率いて進む冒険バトル、合間に日常もの。味方はチート、敵も大概チート。基本は相性、機転の勝負。 ・基本まったり進行ですが、味方の犠牲も出る時は出ます ・手足武装はよく飛びますが、大体メカ娘だ。メカバレで問題ない。 ※2020.3.14 たのの様(https://twitter.com/tanonosan)に表紙およびキャラクターデザインを依頼・作成いただきました。この場を借りて感謝申し上げます ※2020.8.19 takaegusanta様(https://twitter.com/tkegsanta)にメカニックデザイン(小型飛空艇)を依頼・作成いただきました。この場を借りて感謝申し上げます

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:19時間44分

    この作品を読む

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • HiH IDOL PROJECT

    ごく普通の三姉弟が創り上げるアイドルプロ

    300

    0


    2021年5月14日更新

    アイドルは好きですか? そうですか、好きですよね! 『HiH IDOL FESTIVAL 2021』に出演するアイドルはもうチェックしましたか? え?まだしてない!? それは大変だ!今すぐチェックしないと!! これは、年末に行われるビッグイベントに出演することになった、まだアイドルとも呼べない少女たちが紡ぐ青春物語。 なぜ私たちは此処に立っているのか。 Twitter、Instagramのアカウントもあります! そちらでは、各アイドルのプロフィールなどを見ることができますよ✨ ぜひチェックしてみてくださいね^^* どちらもユーザー名はこちらです↓ @hih_idolproject ※「アルファポリス」「カクヨム」でも同作品を連載中です。

    読了目安時間:15分

    この作品を読む

  • Written . Not Written.

    BL!ただBL!されどBL!ひたすらBL

    105,700

    73


    2021年5月14日更新

    2021年 5月12日 深夜にジャンル瞬間最大風速2位になりました 笑。 このやたら長いグダグダ話を読んで下さる方が居て有り難いコメントとポイント、時に貴重なノベラポイントまで 下さったお陰です。本当に本当に感謝しています。感謝の気持ちを込めてここに一瞬のジャンル2位を記します。 主人公の容姿は作者が毎晩トリビュート動画を観てから眠る、とある映画俳優の容姿を丸パクリの卑怯な設定。書き手がBL脳だからBL。作者好みのBL要素だけでただ話は続く。延々と続く。エロはないまま続く。小説という体はなしてない代物です。妄想を文字化してるだけです。13話がこの長話のクライマックスなのでそこまででも読んで頂けたら幸いです 笑。

    読了目安時間:9時間4分

    この作品を読む