ヤオヨロズ・シティポップ

読了目安時間:8分

一章 はじまりのシティポップ

ハズレでもないけど、当たりでもない

 大鳥居が、やけに紅く映る夜だった。  月明かりと僅かな電灯だけが、夜の境界線を曖昧に照らしている。ふと大鳥居の足元を見やると、一羽の鳩が何かを必死に(ついば)んでいた。  ――鬼と鳩なら、鳩のほうが強いのかな。  以前、妹が口にした疑問を思い出す。鬼は豆を撒けば退散するが、鳩は豆鉄砲を撃たれても目を丸くする程度だ。それならば、鳩のほうが強いのではないかと主張していた。素晴らしい着眼点だと、感心した覚えがある。  その後、もう一人会話に加わったのだが、誰なのか思い出せない。笑顔も声も、ノイズが混じったように不鮮明だ。記憶の棚をひっくり返していると、鳩と視線が交錯する。そういえば、鳩はこんなに沢山いるのに、一羽たりとも町で死骸を見たことがない。鬼より強いどころか、不老不死なのかもしれない。  くるっくぅ。  足元の鳩が、俺の疑念をあざ笑うように一つ鳴く。ぷりぷりした尻をこちらに向け、小刻みに歩いていく。俺は追いかけるようにして、大鳥居をくぐり抜ける。  鳩に思考を乱されたが、ここからは気を引き締めなければいけない。頬を両手でぱちんと叩き、鋭く息を吐く。  参道の階段を登り、闇の奥へと進む。小さな鳥居をくぐると、ぽかんと開けた場所に辿り着く。周囲は黒で塗りつぶしたような闇に覆われているが、八角形の社殿(しゃでん)だけは青白く輝いている。神秘的であり、どこか心細くなる風景だった。 「ここに、いるんだよな」  声を絞り出す。玉砂利の音が鳴る。木々が揺れ、空気が踊る。身を切るような風がびゅっと吹くたびに、何かが頭から抜け落ちていく気がした。 「なあ、ここにいるんだろう――」  ()()()()()()()()()の名を呼ぼうとしたが、口からは息が漏れるばかりだった。そこで初めて、名前さえも忘れている事実に気がつく。首に掛けたイヤホンからは、シティポップが弱々しく漏れていた。  曲名は、なんだったか。  誰から教えてもらったものだったか。  ああ、大事なことなのに、もう思い出せない。 ◆  時は二月三日まで遡る。  冬の京都の風は冷たく、高校受験を控える中学生の心に容赦なく寂寥(せきりょう)感を落とす。精神が不安定になる。自分の学力に自信が持てなくなる。積み重ねてきた知識が、跡形も無く吹き飛ぶ悪夢で飛び起きる。  こうなると、頼れるものは神しかない。  俺はリビングで寝転びながら、御利益がありそうな神社の情報を集めることにした。いくつか精査し、最後に残ったのは、自宅からほど近い吉田神社だった。  吉田神社は、国内屈指の頭脳が集まる京都大学の裏側に位置しており、学問の神も祀られている。合格祈願との相性の良さは、他の追随を許さない。 「今の俺にぴったりだ」  思わず独り言が漏れる。さらに驚くことに、吉田神社の斎場所大元宮(さいじょうしょだいげんぐう)には、八百万の神々が集まっているらしい。ここにお参りするだけで、日本全国の神様の御利益がいただけると絶賛されている。  よくばりセットだ、まるでミックスグリルだ。  鼻息が荒くなる。すぐに向かおう、こうしちゃおれんと、部屋着の上から勢いのままモッズコートを着込む。 「千晃(ちあき)にい、どっかいくの?」  じたばたと支度する俺を、妹の陽向(ひなた)が捕捉した。さきほどまで寝転んでいたのか、栗色の髪が視界を塞いでいる。俺が手で払いのけてやると、焦げ茶色の綺麗な瞳と、少し垂れた二重瞼が(あらわ)になった。 「吉田神社。合格祈願してくる」 「こんな時間に? もう夜の八時だよ」 「今日は節分祭だぞ」 「あ、そか。まだまだ賑わってるね」  陽向は小さな唇で「じゃあ私もいく」と言い残し、駆け足で自室へと向かう。慌ただしく扉を閉めたかと思いきや、再び開いた扉から顔をひょっこり出した。 「寝癖、やばいから帽子かぶりなよ」 「そんなにひどいか」 「洗ってない大型犬みたい」  なるほど、好評価だ。  俺も自室へと戻り、茶色のニット帽を鏡の前で合わせる。目の上で流れる前髪を中央で分け、そのまますぽりと被る。髪の毛で顔の輪郭を隠すことで、普段よりシャープに見える効果があるのだ。  いやしかし、我ながら顔が良い。切れ長の二重と、造形品のような鼻梁。薄い唇にも色気が漂っている。中学三年生にしてこの完成度、果たして将来はどうなってしまうのか。美の象徴として、美術館に展示されてしまうかもしれない。 「ナルシスタイム長すぎ。行くよ」    扉の向こうから陽向の声。どうやら、俺が何をしていたかはお見通しらしい。自室から出ると、ニット帽を指差した陽向がにこりと笑いかける。合格のようだ。 「あれ、陽向。コートを着なくていいのか」 「あ」  陽向はどたどたと自室へ戻ってから、再び俺の前に姿を現す。千鳥格子柄のコートと、グレーのウールパンツ。コートから覗くモスグリーンのニット。中学生になってから、ずいぶんとお洒落に目覚めたようだ。我が久美浜(くみはま)家の宝ともいえる妹の成長に、兄として涙を禁じ得ない。 「千晃にい、泣くのやめてよ。そういうところだよ」 「待て。そういうところってなんだ」 「昔はさ、友達の間でイケメンだって騒がれてたけど――今は印象が真逆だからね。なんて言われてるか知ってる?」  知らないが、会話の流れから察するに、好ましい評価ではないのだろう。しかし、それでも気になってしまうのが人間だ。 「……参考までに聞いておく」 「わかった。一言一句、そのまま伝えるね」  陽向が俺に歩み寄り、上目遣いで覗き込む。  所詮は中学一年生の語彙だ。最近の子は大人びているとはいえ、去年までランドセルを背負っていた存在である。胸を抉るようなパワーワードは飛んでこないだろう。 「イケメンに見えるトリックアート」 「後頭部に死球が飛んできた」  予想外の攻撃力に、脳を揺さぶられる。 「あと、四等の景品とか」 「それはどういうことだ」 「ハズレでもないけど、当たりでもない」 「もうやめてくれ、耐えられない」  二つ目のデッドボールに項垂(うなだ)れる俺を気にする様子もなく、陽向は玄関に向かいブーツを取り出した。こうして一緒に出掛けてくれるあたり、まだ陽向の好感度は失墜していないはずだ。  それにしても、妹の友人に「イケメンに見えるトリックアート」などと評されているのは由々しき事態だ。さらに評判が悪化すると、陽向の麗しき学校生活に支障をきたす恐れがある。現段階の評価を払拭し、陽向の友人から羨望される良き兄となるためには。 「……素晴らしい彼女と巡り合うしかないか」  俺の発言に、陽向がぐるりと首を回す。 「い、いまなんと?」 「俺も春から高校生だし。彼女が欲しいなと」 「無理だよ、まだ早いよ。千晃にいは、私以外の女の子の気持ちを微塵も理解できない生命体なんだよ」  なんだその悲しい生きものは。そんなわけがない。 「お兄ちゃんをナメるでない」 「無理なものは無理だよ。だいたいさ、私が言うのもなんだけど、重度のシスコンじゃん。私のこと大好きじゃん。私のテーマソングとか作ってたじゃん」  確かに、俺は陽向のことが大好きだし、よき理解者だと自負している。テーマソングどころか、フルアルバムだって制作した。しかしそれは、家族としての感情だ。将来を見据えるにあたり、学生のうちに恋愛の一つくらいは経験しておきたい。  それに、陽向にとっても悪い話ではない。まだ見ぬ素敵な女子と仲睦まじいカップルになれば、俺の評判はうなぎのぼり。陽向が拡声器で自慢できるような、理想の兄へと変貌するだろう。 「もう決めた。今年の俺はドラマみたいな恋をします」 「そんなクソ雑誌のキャッチコピーみたいな」 「吉田神社は八百万の神が集うらしいから、どんな願いでも叶うだろ。合格祈願と一緒に恋の成就もお願いしてみる」  陽向は「考え直して」や「被害者を出したくない」などと連呼しているが、残念ながら、俺の意思は石のように硬いのだ。 「なあ、意思は石のように硬いって面白くないか」 「ホント、そういうところだってば」  呆れたように、陽向は首を横に振る。  まあ、いずれ兄の男性的な魅力がわかる日がくるさ。俺はリビングにいる母さんに一声かけ、陽向を連れ立ち冬の夜へと飛び出した。  北白川は住宅街ということもあり、しんと静まり返っている。吉田神社は徒歩圏内なので、自転車には乗らずに二人で歩くことにした。時折強い風が発生し、思わず肩が縮み上がる。岩倉の方角から吹き降ろされる北風は、洛中(らくちゅう)の人々を凍てつかせるのだ。 「陽向、あったかい飲み物でも買おうぜ」 「賛成。手が冷たいや」  俺達は自動販売機の前に立ち、にらめっこする。 「千晃にいはレモンティーでしょ」 「そういう陽向はミルクティーだよな」 「さすが。わかってるじゃん」 「わからいでか」  小さなペットボトルを二つ購入し、ミルクティーを手渡す。陽向は小さな手で暖を取るように、ペットボトルを包み込んだ。 「へへ、あったかいね」  陽向の目尻がへにゃっと下がる。  こんなやりとりも、陽向以外の女子と交わせば、また違った感情が芽生えるのだろうか。俺は悶々と想像を巡らせるが、未知の世界ということもあり、どうも上手くいかない。そもそも、大見得を切ったはいいが、漫画やドラマの登場人物のような恋愛は、現実にも起こり得るのだろうか。  陽向に聞いても、まだわからないはずだ。最近の女の子は色々進んでいると聞くが、うちの陽向に限ってはそんなことはない。断じて。  では、誰ならば教えてくれるのだろう。またもや思考の海を彷徨うが、参拝すると決めたからか、答えは非現実的な存在へと辿り着いた。    例えば――神様だったり。    

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  • 野辺良神社の巫女

    九十九美櫛

    ♡2,000pt 〇110pt 2021年3月29日 22時37分

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    筆文字「なんだ、ただの神か…」

    九十九美櫛

    2021年3月29日 22時37分

    野辺良神社の巫女
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年3月29日 23時15分

    九十九さん、応援ポイント&ノベラポイントありがとうございますーー(;_;)いつもいつも本当に感謝です!今回は地の文が少し多めですが、コメディとシリアスを織り交ぜて楽しい話にしていくのでよろしくおねがいします!

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    新田漣

    2021年3月29日 23時15分

    ジト目ノベラ
  • 野辺良神社の巫女

    九十九美櫛

    ビビッと ♡200pt 〇50pt 2021年3月29日 23時12分

    《「イケメンに見えるトリックアート」》にビビッとしました!

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    九十九美櫛

    2021年3月29日 23時12分

    野辺良神社の巫女
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年3月29日 23時20分

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    歓喜の舞

    新田漣

    2021年3月29日 23時20分

    ジト目ノベラ
  • ひよこ剣士

    中山喬丞

    ♡369pt 〇30pt 2021年4月6日 8時56分

    面白さ、新田様節、けんざい!頑張って下さい🍀応援してます😊💕

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    中山喬丞

    2021年4月6日 8時56分

    ひよこ剣士
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月6日 19時32分

    中山様、応援ポイント&ノベラポイントまでありがとうございます(;_;)節と評されるのは嬉しいです!!笑 

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    新田漣

    2021年4月6日 19時32分

    ジト目ノベラ
  • ジト目ノベラ

    朱音あすか

    ♡3,000pt 2021年3月29日 23時25分

    楽しみにしてましたー!!続きも楽しみにしてますー!!(*'ω'*)

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    朱音あすか

    2021年3月29日 23時25分

    ジト目ノベラ
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年3月30日 0時04分

    あすかさん、ありがとうございますー!!まだまだ序盤ですが、今回も色々仕掛けのある話なので、楽しんで頂けると喜びます!!\(^o^)/

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    新田漣

    2021年3月30日 0時04分

    ジト目ノベラ
  • 化学部部長

    月宮雫

    ♡3,000pt 2021年3月29日 22時42分

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    待ってました!

    月宮雫

    2021年3月29日 22時42分

    化学部部長
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年3月29日 23時14分

    雫さん、沢山の応援ポイントありがとうございます!「ヤオヨロズ・シティポップ」もめちゃくちゃ良い話になるはずなので、お付き合い頂けると大感謝祭でございます!!

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    新田漣

    2021年3月29日 23時14分

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