ヤオヨロズ・シティポップ

読了目安時間:5分

少しずつ、壊れていくのかな

「千晃にい、おはよ」  リビングに向かうと、すでに陽向が食パンを齧っていた。普段は俺より起きるのが遅いのに、今日はやたらと早起きだ。珍しいこともあるもんだと思いながら席に着くと、母さんが焼き立てのトーストを出してくれた。 「千晃さん。いちごジャム塗りますか?」 「うん」  斜向かいの席に座るデリ子から、いちごジャムの瓶を受け取る。皿の周りにパンくずが散らかっているので、すでに朝食を食べ終えたのだろう。  いや、待て。 「なんで、ここにいる」 「今日から久美浜デリ子になりましたので」 「お母さんがね、デリちゃんもご飯食べて良いよって」  なるほど、陽向が伝えたのか。  よほどデリ子を気に入ったらしい。昨日だって、自分の部屋で一緒に寝ている。押入れに詰めて寝かせる話をしたら、こっぴどく怒られたほどだ。妹ができたようで嬉しいのだろう。 「母さんにどう説明したの」 「フツーに、恋の神様だよって」 「……そうか」  なぜその説明で受け入れたのかと母さんを問い質したいが、もはや突っ込むのも面倒臭かった。たっぷりといちごジャムを塗りたくったはずなのに、味がよくわからない。世の中、不思議なことだらけである。 「千晃さん、今日の私はオフなので、あまりお手伝いできませんが頑張ってくださいね」  珈琲を啜り、やる気のないエールを飛ばしてくる。 「じゃあ今日はデリ子の御利益が無いのか」 「昨日の残りがちょっとだけ作用するかもしれませんが、基本的には無いですね。金運と、裏返った健康運が今日の御利益です」  それは御利益と言っていいのだろうか。早く病気を治してほしいが、あのオッサンの世話を考えると一生寝込んでいてほしい気もする。まあ、今考えるのはよそう。 「それより、福の神を見つけるにはどうすればいい。動き方を何一つ決めてないぞ」  コップに牛乳を注ぎながら、デリ子に問いかける。 「そうですね。今日は学校でいろんな人と接してください。授業が終わったら、みほろさんと一緒に帰ってきてくれれば大丈夫です。あとは私が辿()()ますので」  どういう意味だろうか。  質問しても「オフの日なので!」と取り合ってくれない。もう少し具体的な説明が欲しかったが、デリ子に構っている時間はない。今日も今日とて、安全確保をしながら登校する必要があるのだ。  ご馳走さまと告げてから、食器を台所に持っていく。そのまま水を溜めていると、テレビから朝の占いが流れてきた。 『ごめんなさい、今日の最下位は蟹座のアナタ。本当にごめんなさい。大きな怪我をしてしまうかも。でも金運だけは絶好調なので、臨時収入があるはず。良いお薬をたくさん買って、なんとか今日を乗り切りましょう。そんな蟹座のラッキーパーソンは、関西弁の友人です。良い一日を!』  俺は舌打ちをしながらテレビを消した。 ◆ 「千晃にい、途中まで一緒にいこうよ」  突然の提案だった。久々に訪れる陽向タイムに小躍りしそうになったが、思いつめたような表情を浮かべているのが気にかかる。こうして並んで歩いているのに、会話が生まれない。あまりにも無言が続くので、適当な話題を振ろうとした瞬間、陽向が口を開いた。 「京都が危ないって、本当なの?」  ああ、そういうことか。デリ子が居ないタイミングで、俺と会話がしたかったのだろう。昨日は受け入れてたが、処理しきれない感情も色々と生まれているはずだった。 「たぶんな、嘘じゃないと思う」 「そっか。実はね――私の友達が入院しちゃったんだ」  陽向の瞳が大きく潤む。  入院したのは、先週のことらしい。命に関わる怪我ではないようだが、タイミングが気にかかったのだろう。入院と福の神が、関係しているのかはわからない。だが、身近な不幸を結び付けてしまうくらいには、デリ子の話には説得力がある。 「少しずつ、壊れていくのかな」  陽向は表情を曇らせる。無理はなかった。当事者の俺でさえ、これから京都がどうなるのかわからない。福の神を特定したところで、どう問題を解決するのかさえ教えてもらっていない。得体の知れない危機を告げられた陽向の不安は、さぞ大きいだろう。 「大丈夫。絶対にそんなことはさせない」 「千晃にい……」  断言されると思っていなかったのか、陽向は目を丸くする。俺は陽向の頭をくしゃくしゃと撫で回した。 「心配すんな、お兄ちゃんがなんとかする」 「いや、違うの」 「友達だって、きっと退院できるから」 「そうじゃなくて、その、うんち踏んでるよ」  足元を見やる。もはや見慣れた固形物を、俺のスニーカーが踏みにじっていた。無言で道路の側溝へ向かい、靴の裏を角に擦り付ける。いい加減、この仕打ちはやめて頂きたい。 「ねえ、私も手伝っちゃ駄目?」  凛とした声。振り返ると、陽向の視線は真っ直ぐに俺を捉えていた。好奇心旺盛な陽向のことだ、協力を申し出るのは予想していた。だが、どんな危険が付き纏うかもわからない捜索劇に、首を突っ込ませるわけにはいかない。  不承の言葉を口にしようとしたが、陽向に遮られる。 「千晃にいが、駄目って言うのはわかってる。でも、黙って見過ごすなんて無理だよ。こうしている間にも、どこかで不幸がばら撒かれて、誰かが苦しんでるんでしょ?」  昨日デリ子から何を聞いたのか知らないが、折れそうになかった。本当はこの件に関わってほしくないのだが、デリ子が家に居る限り、進捗を隠し通すのは無理だろう。勝手に行動し、危険に巻き込まれるかもしれない。それならば、制限を与えた上で許可したほうが、守りやすい気がした。 「……わかった。その代わり、動く前にはお兄ちゃんに相談することは必須だ。一人で勝手に動いちゃ駄目だからな」  陽向の笑顔は、白い花がぱっと咲いたようで眩しかった。もう一度撫でようと、陽向の頭に手を伸ばす。  ――が、触れられなかった。  手が宙で固まり、動かない。暖かい風が吹いているのに、寒気を感じてしまう。脳裏に浮かんだイメージを、振り払うことができなかった。 「千晃にい、どうしたの?」 「いや、なんでもない。大丈夫だ」  陽向は「変なの」と笑った。そのまま御蔭通(みかげどおり)まで出たところで別れを告げ、バス停へと向かう。どうやって辿り着いたのかも覚えてないくらい、注意力が散漫していた。バスに乗車してからようやく、安全確保が頭から抜け落ちていたことに気が付いたくらいだ。 「大丈夫だ、大丈夫」  自分に言い聞かせるために、何度も呟く。しかし、頭に浮かんだ映像は中々消えず、むしろ時間が進むにつれて鮮明になっていく。なぜ、陽向に手を伸ばした瞬間、白い花びらが散る想像をしてしまったのだろうか。  もう一度「大丈夫」と呟こうとするが、声にならない。窓の外に視線を移すと、花びらを拾い集める自分の姿が見えた気がした。

一章『はじまりのシティポップ 完』

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  • 謎解きJK

    歌うたい

    ♡1,000pt 〇30pt 2021年4月14日 17時32分

    なんというか、マジでセンスの良い作者さんだなと思いました。ストーリー、文章、台詞、設定。全部好きです。

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    歌うたい

    2021年4月14日 17時32分

    謎解きJK
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月14日 19時59分

    歌うたい様、はじめまして!応援&ノベラポイントまでありがとうございます(;_;)とても嬉しいお言葉で小躍りしてしまいました……!次章は展開がさらに加速するパートなので、お暇なときに楽しんで頂けると喜びます!!

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    新田漣

    2021年4月14日 19時59分

    ジト目ノベラ
  • かえるさん

    あまがみこ

    ♡3,000pt 2021年4月9日 22時45分

    一章読み切っちゃいました! やー、ストーリーの続きはもちろん気になりますが、漣さんがどのように物語を組み立てているのかとか、キャラ設定とか、そちらサイドも気になっちゃっている私です🤔

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    あまがみこ

    2021年4月9日 22時45分

    かえるさん
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月10日 0時09分

    あまがみこさん、応援ポイント&一気読みありがとうございます!!えっそんな裏側まで興味を持ってくださるなんて……前作の設定なら公開できるので、近日中に活動報告としてまとめたやつを公開しますね!!

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    新田漣

    2021年4月10日 0時09分

    ジト目ノベラ
  • マリア&ネロ

    永原はる

    ♡2,000pt 2021年4月10日 8時44分

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    やっと追いつきました

    永原はる

    2021年4月10日 8時44分

    マリア&ネロ
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月11日 9時57分

    永原さん、続きを追って頂いてありがとうございます!!来週から二章を更新していくので、お暇なときにお付き合い頂けると喜びます!

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    新田漣

    2021年4月11日 9時57分

    ジト目ノベラ
  • 猫

    くだまき

    ビビッと ♡1,000pt 2021年4月9日 23時28分

    《もう一度「大丈夫」と呟こうとするが、声にならない。窓の外に視線を移すと、花弁を拾い集める自分の姿が見えた気がした。》にビビッとしました!

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    くだまき

    2021年4月9日 23時28分

    猫
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月10日 0時10分

    くだまきさん、いつも応援ありがとうございます!!今作は序盤から不穏な描写が多いですね。話がどう転がるのかも含めて、今後も応援してくださると嬉しいです!!

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    新田漣

    2021年4月10日 0時10分

    ジト目ノベラ
  • 化学部部長

    月宮雫

    ♡1,000pt 2021年4月9日 22時21分

    あわ……ふ、不穏すぎやしませんか……??? 次のターゲットは陽向ちゃんなのですか!?!? どうして、嫌だ、なんでいつも可愛い子ばかり不幸な目に😭 テイク・オン・ミーだかなんだか知りませんが、とにかくあの健康運のおっさんを痛めつけてくださいよ!もうボッコボコに! 皮を剥ぎとれ!!

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    月宮雫

    2021年4月9日 22時21分

    化学部部長
  • ジト目ノベラ

    新田漣

    2021年4月10日 0時08分

    雫さん、いつも応援ありがとうございます🙆まあ誰がどうなるのかも含めて続きを楽しんで頂ければと思います(^q^)皮を剥ぎとれはちょっと過激派すぎませんかww

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    新田漣

    2021年4月10日 0時08分

    ジト目ノベラ

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