【短編】結びの夢

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夢に見て

――夢で逢えたらいいのに。  不遇な恋人たちは、互いのことを思いながら枕を切ない涙で濡らす。  だけれど、まだ庇護下に置かれた立場である彼らにはなすすべもなく、ただ禁じられた愛を、――想いを募らせながら日々を過ごすのであった。  人の悲劇は紙上で描かれれば他人の娯楽と化す。  私はその終わってしまった娯楽をぱたんと閉じて、ふぅと息を吐いた。  最後には、彼の我慢がはち切れて彼女を連れ出し革命を起こして悲劇は幕を閉じた。いわゆるハッピーエンドと呼ばれるこの結末は、周囲の人間に助けられ、彼らの障害が取り除かれ幸せになることにより迎えられた。  その結末を知って購入したのだから、この結末は当たり前か、となんの情緒もないことを思いながら、がたりと椅子から立ち上がる。机の上に並べられた勉強道具、教科書などの日々の学生生活に必要なものと、既にその環境になじんだ一つの写真立て。  好むものが少ない私の簡素な机の上に当の本人である私自身はなんの違和感を持たないが、綺麗に整頓されすぎたこの机上を見て、彼はどこか不思議そうな顔をしていたのを覚えている。  なにか僕の知らないものを押し入れに隠してるんじゃないか? などと聞かれたのだが、趣味の少ない私には「ここに本……」とたくさんの本たちがひしめき合っている棚を指し示すしかなかった。  可愛いと撫でてくれたあの大きな手はいつまで経っても忘れることができない。  今でも目を閉じれば、あの人の一挙手一投足を思い出すことができる。今でもそこに居て、微笑んでいる。  だけど私たちは、ハッピーエンドではなかった。  蝉がシャンシャンと鳴き喚く夏のころ、大学の図書館で静かに本を読んでいた私と、エアコンを目当てに試験勉強に来た彼。私たちはまるでドラマのように巡り逢い、恋をした。 『図書館の君』。  彼が友人に相談していたのだろう。彼と一緒にキャンパス内を出歩くようになって、たまたまであった彼の友人にそう呼ばれたのを今でも覚えている。  ふっと、笑みが零れた。  あの頃の楽しいひとときが去来する。  ズキリとした痛みと共に、目の前に薄く透けた彼が見えた。 「大好きだよ」 「ん、私も大好き」  ふわりとした温もりが全身を包む。これがただの幻覚でも構わない。甘えるように目を閉じた。キスは幻覚にねだれない。そんな寂しさを紛らわすかのように目を閉じ「好き」と伝えた。 「好き」 「好き」 「大好き」 「大好き」 「愛してる」  声が耳を反響し、甘く耳朶をうつ。  ひとときの儚い夢。  このために私は、幸せな結末を追う物語に潜る。

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