中庭に面した掃き出し窓が勢いよく開いた。 揺れる赤毛のおかっぱ頭と、紅潮した頬。十一歳かそこらに見える利発そうな少年は、カウチに腰かける港氏の膝に飛び乗った。 「カン。いま僕は大事な話をしているところなんだから」 「あの人見たことない。博士の友達?」 カン、と呼ばれた少年は片腕を港氏の首に回して振り向いた。 「偉い人だよ」 「ふうん」 品定めされている感覚がした。だがそれは一瞬のことで、少年は子供らしく警戒して、港氏にしがみついた。生意気になりがちな年頃に見えるが、言動は幼く無邪気だ。 「ねえ、お兄さん」 港氏の肩に頬をくっつけたまま、少年は話しかけてきた。 「あっちで僕と遊んでくれる?」 人差し指はまっすぐこちらを指した。研究室の外で遊ぼうと誘っているのだろうか。 「だめだ、やめなさいカン、外にいなさい」 港氏が少年を叱りつけた。口では外に行けと言ったのに、手はきつく少年の肩を掴んでいる。間隔の詰まったまばたきを繰り返す港氏を、少年が黙って見つめた。 「大丈夫だよ、博士」 港氏のまばたきが落ち着くまで、少年はそのまま動かないでいた。港氏が手を緩めると、膝の上から滑り降りてまっすぐ立った。 「博士が怒るから、外には行けないや。ね、代わりに博士が外で遊んできてよ」 少年は港氏の肩に手をかけて、それならいいでしょと揺さぶった。カウチに沈み込む港氏は頼りなげに少年を仰いだ。 力なく港氏は立ち上がり、言うとおりに中庭へと出ていった。掃き出し窓を開けたところで、柱にもたれながら、恨みがましそうに一瞥を残していった。少年は博士のあの目を見たことがあるんだろうか。 少年は博士の気配が消えるまで、つま先で絨毯のタッセルをいじっていた。気配が消えるのを、驚くほど注意深く待っていた。 「さっき竹馬で転んだんだけど、うまく着地したんだ」 「そうか」 まっすぐ伸びた足と、ふっくらと丸い耳をした、幼さの残る少年。 「お兄さんは、偉い人なんでしょ」 少年がつかつかと歩いてきて、博士の座っていたのとは反対のカウチに座った。こちらに完全に背を向けている。話しかけてくるくせに、窓の外が気になっているようだった。 外にいる友達の様子が気になるのだろうか。 「おかけになってください」 背もたれに肘をかけて、少年が振り向いた。 声の主はたしかに少年であった。 「あなたに、お話ししておかねばならないことがあります」 急激な口調の変化とともに、少年の表情は、冷たく硬く、成熟していた。
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