中庭の海 

読了目安時間:2分

エピソード:1 / 7

アセビの庭

前編

 (みなと) (ゆずる)博士は、窓の桟に手をついて、中庭を見やっていた。  つつましいアセビの白い花々が窓の下を覆う。  それを愛でているように見せかけて、中庭で竹馬に乗る少年を見ているようであった。  研究室は適度に整頓され、木造の古い家のような匂いがしている。こざっぱりと積まれた本や、カントリー調の家具類。 「港先生、あの子はあんたの何だ」  港氏の横顔に笑いじわが白く浮かんでいる。  ただし、報告書を見る限り、彼は本物の雨を知らないだろう。   「僕の兄弟ですよ」  春の雨を思わせる、やわらかな掠れ声をしている。長年子供に携わる彼には、人の心を落ち着かせるような発声法が身についているのだろう。  中庭は人工日光に照らされ、室温は20度に保たれている。  少年が竹馬から転げ落ちた。港氏は、即座に窓から乗り出した。  少しのかすり傷さえ許せないほど重要な存在。  この時点で、あの子供に対する思い入れが、我々の予想以上に強いことを認識した。    港氏は、カウチに座るよう、手だけで促した。彼は、尋問中の上級委員が座ってはならないと分かっているはずである。 「おおかた、僕はいま観察されているのでしょうね。上級委員会が僕の関与を疑っているのは知っています」  穏やかな目元、小児科医のような目をして、抜かりなくこちらを観察し返してくる。   「我々はあんたを、ケースXXの主犯だと見ている」  自然に目を伏せた港氏は、そのまま黙って、しばらく目を閉じていた。クラシック鑑賞でもしているかのようだった。  彼には小首を傾げる癖があるようで、撫でつけられていた前髪が額にこぼれかかった。  子供の笑い声が高まった。中庭で若い女性研究員と少年が追いかけあっている。    研究員の中でもきっての頭脳を持ち、それでいて温和で物腰のやわらかな人格者。  彼を慕う研究員は多く、優しすぎたのだろうと口をそろえて庇う。 「我々の研究は終了した。新薬の開発は中止、上級委員会は機密保持のため被検体の破棄を申し渡したはずだ。だが()()()が水槽から被検体を取り出し、起こして……生きてる子供に戻しちまった」  目線を感じた。港氏は窓の桟に腰を下ろしている。 「F・エリオットくん」  草の香りが吹き込んで、港氏の後れ毛が揺れた。  亜麻色の髪には白髪が混じっている。 「あの研究は、僕の生きがいだったんだよ」    

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