孤高のシネマ

読了目安時間:7分

エピソード:2 / 3

「ん~はあ…」 視界一面に広がる海を眺めながら浸かる温泉はやはり格別だ。 淀川大五郎は日々の疲労が蓄積した身体を癒すために、自宅から少し遠めのスーパー銭湯へやってきていた。 心地良い温度の湯に浸りながら、次の企画の構成やらテーマなどを考えていると、ふと目の前に鎮座した大学生ぐらいの若者たちの会話が耳に入ってきた。 「いや、だから『スター・ウォーズ』は4作目から観るのが良いのよ」 「でもさ、なんで『4』からなんだよ?その前に『1』『2』『3』と物語が存在しているわけだろ」 一人はSF映画『スター・ウォーズ』のファンと見受ける。一方の若者は、どうやら『スター・ウォーズ』は未体験のようだ。 「『エピソード4』から『エピソード6』の方が先に作られててさ、『エピソード1』から『エピソード3』っていうのはそれ以前の話なんだけど、後に作られてるんだよ」 「よく『スター・ウォーズ』好きな人って、それ言うよな…『4』から観たほうが良いって。なんで『スター・ウォーズ』に限って、途中から観なくちゃいけないのさ」 「話の流れ的には『エピソード1』から観ても全然辻褄は合うんだけど、作られたのが『4』からなわけよ」 わかるぞ、若者。『スター・ウォーズ』どこから観るか問題。これは映画ファンの間で意見が二分される議題の一つだ。 物語で追うならば『エピソード1/ファントム・メナス』から観るのもアリだろう。しかしながら製作された年のことを考えると、やはりサプライズ的な要素を含めて『エピソード4/新たなる希望』から観るのが妥当な選択であろう。 「初めてなら、絶対に『4』から観るべきだよ」 そうだ若者。その意見を押し通せ。 「でも、俺は最初から物語を知っていたいわけよ」 いいや『エピソード5/帝国の逆襲』で明らかになる真実に衝撃を受けたければ、絶対に『4』から観るべきだ。 2人の大学生と頭の中の淀川の三つ巴の攻防戦が繰り広げられる。 果たして、決着はつくのだろうか? 「それはそうなんだけど、『1』から観ると、『3』から『4』の落差がすごいわけよ。言っても『エピソード1』から『エピソード3』までは平成に入ってから作られたけど、『エピソード4』から先はすごい昔なわけよ。1970年代とか80年代とか。だから映像がしょぼいわけ」 「ああ、そうなのか」 ん?映像がしょぼい…?若者よ、君は古き良き特撮技術で作られた映画の良さがわからないのか?現代の映像技術が発達した映画の方が面白いと言いたいのか? それは違うぞ。かつての映画には魂があった…なぜならば… 「そろそろ出るか」 「そうだな」

孤高のシネマ 2

第二幕 ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネスを観る

ああのぼせたな…いくら何でも長く入り過ぎた。 そもそも古き良き映画とはどんな作品なのかということをただひたすらに熟考していた結果…淀川はフラフラになりながら脱衣所に戻ることとなった。 ロッカーの前では先ほどの大学生がキンキンに冷えた炭酸飲料を飲みながら、未だ熱いスター・ウォーズ談義を繰り広げている。 「でもな、『エピソード7』から『エピソード9』は別に見なくても良いと思う。あれは『スター・ウォーズ』じゃないわ。特に「7」なんて見れたもんじゃない」 「そうなんだ。話題になってたけどな」 そして2人はそそくさと脱衣所を後にしていった。 好きな映画の話をして盛り上がれる友人がいるなんてすばらしいことだ。そして、公開から何年経とうが、意見を交わし合えるような映画ほど名作だと言えるのだ。 若き映画ファンたちに幸あれ…。 大学生の話を傍らで聴き入っていた淀川は、この話をメモしておこうとスマホの電源を入れる。 すると一通のメールが届いていた。 それは懇意にしているWeb媒体の編集者・横水からであった。 「次の記事のテーマとして『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を考えております。本作は配信中のマーベルドラマと深い関りがある作品となっているようです。こちらを深堀した記事にご興味はありますでしょうか?」 そういえば『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』公開されてるけど、まだ観てないな。いや、むしろ忘れていた。 この近くに映画館あったよな…よし、上映スケジュールを調べてっと。 うん、ピッタリだ!よーし、今から観に行くか! 先ほどの若者たちのおかげで映画を観たくて観たくてうずうずしていた淀川は、すぐさま、横水に「承知しました。それでは執筆にとりかからせていただきます」とメールを打ち、ささっと着替えを済ませ、駅前へと向かう送迎バスに飛び乗った。 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は、2022年製作のアメリカ映画だ。 マーベル・スタジオが贈るMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)と呼ばれる超大作シリーズの最新作で、同作品群の『ドクター・ストレンジ』としては2作目にあたる。 淀川がマーベル映画好きになるきっかけとなった『スパイダーマン』3部作でメガホンをとったサム・ライミが15年ぶりにマーベル映画で監督を務めるということもあり、淀川の中での期待値は最高潮にまで到達していた。 インターネットでチケットを購入済みだった淀川は、券売機でチケットを発券し、トイレに行き用を足し、ポップコーンとコーラのおなじみのセット、鑑賞後にじっくりと読むであろうパンフレットを携えて、いざ、映画の旅へと出発する。 今日の映画館は比較的大きめのシネコンのため、人が多い印象だ。 同じスクリーンで共に‘‘旅’’をする仲間たちがすでに席についている。 映画の旅はスクリーンという名の‘‘船’’に乗った時点で始まっているのだ。 映画が始まるまでの時間を‘‘おしゃべり’’で過ごす観客たちをしり目に、今日は外れくじを引いたかと不安な気持ちになりながらも、続々と仲間たちが‘‘乗船’’してくる。 淀川の後ろに座った男女はどうやらカップルのようだ。 上映前の予告映像が流れる時間には、最新作への期待を男性が語っていたのが印象的だ。 「あれ?これ『アバター』?またやるんだ…そんなにヒット飛ばしてたんだ。でもなんて、ずっと作らなかったんだろ?前作、もう結構前だよね」 って、知らんのか―い?『アバター』は当時の歴代興収記録を作った映画ですよー!なんてノリツッコミを入れながら、ついに幕間の時間が終わった。いよいよ本編が始まる。 ライトが消えると、周囲は静けさに包まれた。 淀川にとって、映画を鑑賞する2時間余りの現実逃避こそが人生におけるもっとも崇高なる至福の時なのである。 たった一人で映画を満喫する孤高の鑑賞。 彼の意識はこの瞬間、映画の世界へと飛び出し、脳内で‘‘もう一人の自分’’との会話が始まるのだ。 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は、いきなり衝撃の展開から幕を開ける。 何やら異空間のような場所で、いつもとは様子が異なるドクター・ストレンジと謎の少女が怪物から逃げている…大迫力の映像だ。 「いきなりこんなすごい展開なの!わあー、わあー、何が何だかさっぱりだ」 ここでもう一人の淀川がスーッと頭の中に現れる。 「この映像って、もうすでにマルチバースの話になってるってことだよな。そういえば、ツイッターで『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』はマーベル版『キャプテン・スーパーマーケット』だというの観たな」 「確かにそうかもな。この時空の飛ばし方とか、サム・ライミらしいっちゃらしい」 「というか、このニューヨークの描き方って、まんま『スパイダーマン』じゃん?」 「言われてみれば!うわっ!さっきのガンQみたいな目玉の怪物、こっち来ちゃったよ!ストレンジ行くの?行くの?おおー!街を縦横無尽に飛び回る感じとか、ビルをタコ足の敵キャラが上っていく感じとか、どっかで観たことあるぞ!」 「これ、スパイダーマン好きにとっては歓喜の映像じゃん」 開始早々から繰り広げられるサム・ライミ節に淀川は大興奮。身を乗り出してスクリーンにかぶりついていた。 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』で重要的役割を果たすキャラクター、それはワンダ・マキシモフだ。 「あ!ワンダだ」 「そういえば『ワンダヴィジョン』ってどんなところで終わってたっけ?」 「確か…ワンダが小さな小屋みたいなところでダークホールドっていう本を読んでるところだったかな」 「ああ…これ『ワンダヴィジョン』観てないと、話わかりづらいかもね」 「そうだな…シットコムっぽい描写も受け継がれてるし、あの事件のことも言ってるし…」 「ん?なんか様子がおかしいぞ」 「もしかして、今回のヴィランはワンダってことになるのか?」 「うわっ怖っ!これもうホラーじゃん」 「こういうところもサム・ライミ節炸裂!ってとこなのか」 「これもう『死霊のはらわた』とか『スペル』とかの‘‘それ’’じゃん」 「ワンダの関節グニャグニャだしね」 そう。『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は思っていた以上にホラー映画であった。 時は流れ…。 ドクター・ストレンジとマルチバースを行き来できる能力を持った少女・アメリカの冒険の最中。 淀川は予想だにしない懐かしの顔ぶれたちとの邂逅を果たすことになる。 「あれ?このピザボールの屋台の人…」 「ブルース・キャンベルだ!」 思わず淀川は口から声が出ないように手で押さえた。 「『スパイダーマン』3部作の時みたいなカメオ出演だ」 「よっぽど、サム・ライミのお気に入りなんだな」 「まさに‘‘15年ぶり’’にマーベル映画で再会したって感じ」 「まさに」 思わぬ人物との再会であったが、物語が進むにつれて、さらなるサプライズが待っていた。 「イルミナティ?そんなの出てきたことあったか?」 「さあ…俺もいろいろ観過ぎて覚えてないな…」 「あれ?キャプテン・カーター?モニカ?ブラック・ボルトにミスター・ファンタスティック?」 「いろいろ出てくるなー!キャプテン・カーターが出てるってことは『ホワット・イフ…』も必須ってことだし、ブラック・ボルトなんて、何年か前に放送してた『インヒューマンズ』のキャラクターだろ」 「ということは、いよいよマーベルもTVドラマとの世界観共有を本格化してきたってことか」 「それだけじゃないぞ。ミスター・ファンタスティックは新キャストだ。これから『ファンタスティック・フォー』もついにMCU入りなんじゃないか?」 「そうか、そうか…もう一人いるみたいだぞ…この車いすは…嘘だろ…プロフェッサーX!」 「いやいや『X-MEN』の世界ともつながっちゃうの!?」 「もうMCUだけじゃ追いつけいないよ」 「なんか昭和の『仮面ライダー』で歴代ライダーが大集合したときとか『ウルトラマン』で兄弟ウルトラマンが助けに来た時と、同じような感覚だよな」 「わかる。最初はワクワクして楽しいけど、何度もこれが続くと、サプライズでもなんでもなくなるんだよな…」 これは全映画ファンによる悲鳴に似た歓声を代弁したものであろう。 そう、マーベル・シネマティック・ユニバースは、もはやMCUの作品群を観ているだけでは完全に理解することが難しくなってしまったのだ。 最近はマーベル映画もマルチバース化が著しく、他作品からのサプライズゲストが増えている。 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で3人のスパイダーマンが登場した瞬間も然り。このまま、作品を作り続けて大丈夫なものかと少し心配になってしまう。 その後も『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は、その他のユニバースの作品やマーベルドラマを観ていると、より一層楽しめる作品に仕上がっていた。

上映が終わり、劇場内のライトがパッと点灯すると、後ろの席に座っていたカップルが、興奮気味に口を開いた。 「もうサム・ライミ!サム・ライミの映画っていう映画だった!」 「俺、こういう映画大好きだよ」 後方の座席でも数人の男女が何やら盛り上がっている。 気の合う友人同士で映画の話をするのもまた、‘‘旅’’の一興と言えるだろう。 共に映画の時間を共有した‘‘仲間’’との時間は心に刻まれるもの。 淀川の心の中にも『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』という作品と共に、同じ‘‘船’’に乗り合わせた者たちの記憶が刻まれることだろう。 「さあて、さっそく記事の構成案でも考えるか」 淀川は映画の余韻に浸りながら、一番最後にスクリーンを後にした。

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • コニーなな日記~2匹はトイプードル~

    愛犬2匹の愉快で楽しい日記です。

    2,000

    0


    2022年8月15日更新

    O家にやってきたトイプードルのコニーとなな。 2匹の日々感じたことを少し大げさに書いていきます。 大人しくて聞き分けの良いコニー、明るくて誰にでも懐くお転婆なな。 性格がほぼ正反対の愛犬達の本音が垣間見れるかも!?

    読了目安時間:11分

    この作品を読む

  • 異世界スペースNo1(ランクB)(EX)(完結編)

    この俺の明日のためのスクランブルだ。

    468,950

    0


    2022年8月15日更新

    祝・30周年! リスペクト・ス○○ボ! リスペクト・ウィ○○ー! リスペクト・ダ○○○ン! 剣と魔法、そして巨大ロボ「ケイオス・ウォリアー」が存在する世界。 そこに転移ロードで異世界召喚された俺。 なぜか寝てた。 起こしてくれた娘が着いて来いというし、一緒に寝てた二人と共に行ってみるか? さーて、俺達のロボットは―― 量産型のザコ機だからよ…… 俺らの能力補正系スキル、0~9の10段階評価で2だからよ…… 鉄の城とか白い悪魔とか三つの命が百万パワーな奴とか、メチャ強え味方もいないからよ…… それでも止まるんじゃねぇぞ…… 戦士よ、起ち上がれ! ※この作品は「アルファポリス」に掲載した物を他サイト用に修正した物です。 大好きなゲームシリーズの新作発売記念に書き始めた作品。 他のサイトで2021年の6月から開始し、正直たいした反響は無かったが、それにしてももうちょっと読んでもらえるかもとここにも転載させていただく事にした。 おちこぼれで何が悪い。世の中Aムロ大尉やKIラ准将ばっかりじゃないわい。 第二部完までは一応ストックありますからよ。 「令嬢」タグを見て来られた方は第二次(105話)からどうぞ。 スタンプ・コメント等なにかしら反応くだされば喜びます。 ロボット物を書いてる方、某スパロボが好きな方、等の所には参考にさせていただくために読みに行くかもしれません。

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:19時間12分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 学園ミステリ 空き机の祥子さん

    日常系学園ミステリです。

    1,470,257

    33,592


    2021年9月21日更新

    県立五十嵐浜高校一年三組の伝説、空き机の祥子さん。祥子さんの机に願い事を書けば叶うという。だけど書かれるのはいつも相談ごと。そして解決するのは陽向と裕美の凸凹コンビ。学園ミステリ開幕です。 第二章七不思議編の最後まで読んでいただけると、ちょっとした驚きがあるかも。そしてラストにもどんでん返しが。

    読了目安時間:4時間51分

    この作品を読む

  • 恋愛禁止は溶けましたっ! ~元・推しアイドルと同僚になって同棲することになったマネージャーの話~

    推しアイドルと、デスクが隣でした

    50

    3,000


    2022年8月15日更新

    『恋愛禁止が〝解けた〟カリスマクーデレ少女と、漫画みたいに〝溶けそうな〟恋愛を♡ ……って! あなた、元伝説のアイドルですよね⁉』 新卒の主人公・中本才雅(なかもとさいが)は、ひとりの少女に人生を狂わされていた。 その彼女とは名実ともに世界一のアイドル・月城なゆた(つきしろなゆた)。 アイドルとしては主流の『握手会』や『チェキ会』などのファンサービスの類は一切行わず、 『会いに行けない憧れのアイドル』としての地位を確立していた。 ――そんな彼女が人気絶頂の矢先、突如芸能界を引退した。 生きる希望を失い絶望していた才雅が転職先の職場に向かうと、隣の席に事務として働く月城なゆた本人が座っていた‼ こうして才雅は自分が彼女の大ファンだったことは〝隠して〟、 手を伸ばしても届くことのない存在だった元・トップアイドルと会社の〝同僚〟になって、 さらにはひょんなことから〝同棲〟まで始めることになる。 『私、恋愛禁止はもう気にしなくていいんです――』 才雅が働く職場は、自身がアイドル好きということを隠して入社した芸能事務所。 そんな中『マネージャー』としての仕事で関わり合うことになった他の現役アイドルとの一波乱もあって……? 元・同棲相手の大ファンという〝秘密〟を抱えたまま、 めくるめくジェットコースターのように展開する恋愛模様の中で――はたして才雅の精神は無事に保たれるのか⁉ そして〝恋愛禁止〟から解放された【月城なゆた】との同棲生活の行方は――⁉ 笑いアリ! イチャラブアリ! 修羅場アリ! お酒アリアリ‼ 社会人として働く主人公のまわりで巻き起こる、 通常のアイドルものとはちょっぴり違ったドタバタ×同棲×ラブコメディです!

    読了目安時間:59分

    この作品を読む