伊達原怪異譚

週末が明けた月曜日の夜も、僕は大学が終わった後バイトに精を出していた。  平日は週末と比べるも大分暇だ。席がすべて埋まることはないし、来る客層も一人客や年配の夫婦ばかりで、ファミリー層は来ることがない。  一緒にキッチンに入っていた亀梨先輩と、店長の目を盗んで雑談しつつ仕事に当たっていた。  彼は厳しい人だが、分からないことがあれば非常に丁寧に教えてくれる。長くここで働いているから、どんな業務にも詳しかった。  客足が途絶えたタイミングで、亀梨先輩は僕に「客席を見てこい」と命じた。バッシング出来るものがあるかを確認するためだ。  狭い出入口から客席を覗くと、バッシング出来そうなものは無い。しかし、五番テーブルに……また“ご予約席”と書かれた札が置かれていた。  そしてテーブルの上には、冷やしたぬきうどんとミニ天丼セットが手付かずの状態で置かれている。  他のお客様のオーダーと一緒に、亀梨先輩が作ったのだろう。 「あの、亀梨先輩」 「どうした?」 「五番テーブルって、なんで“特別な予約席”なんですか?誰もいないのに、商品置いたりして……」 「あぁ、五番テーブルか」  さして驚くことも無く、亀梨先輩は洗い終えた食器の選別作業をしながら言った。 「あそこ、昔からそうなんだよ。俺が来る前からずっとそうらしい。だから俺にも理由は分からないな。あそこには絶対にお客様を通しちゃいけない、夜になったら冷やしたぬきうどんミニ天丼セットを出す……これだけを徹底すればいいって言われた」 「それは……何故なんでしょう?」 「だから知らないって。気にしててもしょうがないだろ。第一、店長だってよく分かってないし、店長より長く働いてるパートさんたちも知らないんだから」  それは、なんだか妙じゃないか?一番気になる部分を、誰も分かっていない。おかしいと思わないのか、不気味だと思わないのか……  あの席に座っているのは、何者なのか気にならないのか……。  五番テーブルに置かれた商品は、まるでお供え物のようだった。  見えない不気味な存在への供物……それになんの疑問も抱かずに、唯々諾々(いいだくだく)と毎日欠かさず供物を捧げるとは、理解しがたいものがあった。  その時、入店を報せるベルが鳴り、玄関の方へと目を向けると……ユキ兄がいた。また来たか。  何しに来たんだよ、と文句の一つでも言いたくなったが、僕が飛び出すより先に店長が真っ先にユキ兄の方へと駆けて行った。 「あ、あぁ……いらっしゃいませ、また来て頂けるなんて……」 「お忙しい時にすみませんね」 「とんでもないですわ……カウンター席でよろしいでしょうか?」 「はい、一人ですので」 「では、こちらへどうぞ」  緊張して上擦った店長を見つめるユキ兄の目が、心なしか優しく見えたのは気のせいだろうか。  僕に気付いたユキ兄が、軽く手を挙げた。そちらへ行くと、にやっと笑いながらこう言った。 「よう、バイトくん。ちゃんと稼いでるか?」 「あのさぁ、なんでまた来たのさ。恥ずかしいからやめてよ」 「お前に会いに来たんじゃねえよ。岡部店長に会いに来たんだよ」  分かりやすいくらい店長目当てだ。当の店長はと言うと、ユキ兄の存在に緊張しまくっているのか、バッシングしながらコップを落としたり、通路を歩くお客様にぶつかったりしている。  こんな風になっている店長を見るのは初めてだ。 ピンポーン……  突然、オーダーを要求するベルが店内に響き渡った。店内に取り付けられたベルと連動して席番号が表示される電光掲示板を見上げると……五番テーブルの表示が煌々と光っていた。  僕は咄嗟に五番テーブルに視線を向ける。  当然ながら……誰もいない。しかし、さっきまで手付かずだった料理は綺麗に平らげられていた。  いつ、誰が……客席に置かれたベルを鳴らしたんだ……?  あそこに今、“見えない誰か”が座っている……。  その事実に、ユキ兄と店長の微笑ましい様子を忘れて、背筋がぞくりとした。  厨房に目をやると、亀梨先輩が無言で手招きをしていた。戻って来いと言っているのだ。  慌てて厨房に戻ると、亀梨先輩は冷凍庫からバニラアイスを取り出していた。 「早坂!すぐにバニラあんみつ作って五番テーブルに持っていけ」 「え?ご、五番テーブルにですか?」 「そうだよ、五番テーブルだ。ベル鳴ったぢろ?ありゃデザートの合図だ」  早くしろよ、と僕にデザート作りを押し付けて、亀梨先輩は洗い場に行ってしまった。  言われた通りバニラあんみつを作り、アイスが溶けないうちに自ら五番テーブルへとそれを持っていった。  誰もいない四人掛けの席。そこに佇むご予約席を示す札……そして空の食器。  周りのお客様は、この席を気にする素振りなど見せていない。まるでこの五番テーブルが、最初から無いもののように無視している。  僕は静かにバニラあんみつをテーブルに置き、空いた食器を下げようとした……。  ところが…… ひたぁ……っ  僕の手首に、何か冷たいものがまとわりついた。  手だ……手のようなものが、食器に伸ばされた僕の手首を掴んでいたのだ。  まだ下げるな……と言わんばかりに。  突然のことに、ひっ!と息を飲み、振り払うように手を引っ込めて、厨房へと逃げ帰った。  やっぱりあの席には、何かがいる……。  それを確信したが、その正体を探るだけの勇気は持てなかった。  ただ、絶対にあの五番テーブルを無視して働くことは出来ないと強く思った。  その後も僕は、バイトに来る度に五番テーブル用の食事を作った。最初こそ恐ろしくてたまらなかったが、慣れとは怖いもので、次第に気にならなくなっていった。  騒がず苦情も言わず、作ったものを綺麗に食べてくれるだけありがたいものだと考えるようになったのだ。  ユキ兄も時間を見つけては、このファミレスに夕飯を食べに来るようになった。  最近店長にプライベートの電話番号を書いた名刺を渡していたが……僕はあまり首を突っ込まない方が良さそうだ。

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