伊達原怪異譚

翌日、大学にもノートパソコンを持っていった。文化祭まで時間が無いので、授業が無い時にやろうと思ったからだ。  幸いなことに、昼過ぎの授業が急遽休講になったので、十一時から十四時近くまでゲームに集中出来る。  勉学に勤しまないといけない大学生が何をやっているんだと我ながら呆れたが、頼まれたからにはやらなきゃいけない。  昼近くだと学食やカフェテリアは混み合うので、部室棟の階段でひっそりとやることにした。ここなら音を少しくらい出してても迷惑にならない。  部室棟に暖房は無いので、上着は必須だ。モルタルの床の冷たさが余計に体温を奪い、辺りの空気を冷やしていた。  パソコンを起動し、ゲームのタイトル画面を開く。昨夜はあの後、リビングに戻ったらゲームが終了してしまっていた。セーブされてるのか分からないが、とりあえず「つづきから」を選択する。  ぐにゃり、とタイトル画面が歪み、薄暗い建物の中が映し出された。昨日やったようなマンションの廊下ではなく、階段の踊り場のような場所だ。  しかしその背景を見て、僕は気付いた。 これ……部室棟の階段じゃないか?  ベージュがかったモルタルの階段に、丸みのある木製の手摺り。踊り場に設置された大きな鏡……。  間違いなくそれは、この部室棟だった。  あまりの偶然に、ぞくり…と体が震える。偶然……?本当にそうだろうか。昨夜見たゲームの中のマンションの扉……うちの部屋の扉と非常によく似ていた。  そして今、僕がいる部室棟の階段が液晶画面の中に映っている。 偶然にしては、あまりにも奇妙で不気味だ……。  たかがゲームだ、と自分に言い聞かせ、方向キーを押し階段を上って行く。次の踊り場に差し掛かった時、思わず悲鳴をあげそうになった。 画面の中にある鏡に映ったプレーヤーの服装が、今日の僕の服と同じだったのだ。  灰色のパーカーに、赤いチェック柄のシャツ……ジーンズにベージュのブーツ……僕とまるっきり同じだ。 こんなこと、有り得ない……このゲームは、何かがおかしい……。  ゲームを続ける気が失せてしまった。それどころか、このゲームに気味の悪さを感じる。ただのゲームじゃないことは明らかだ。  このままパソコンを閉じて、康介に返しに行こうと思った、その時…… ひたり……っ、ひたり……っ  足音が、聞こえてきた。僕の座る階段の、遥か上から……。  冷たい床を素足で歩くような、軽い粘着質な音が、階段をゆっくり下りて来る。 追い掛け女だ……!  頭の中に警鐘が鳴り響く。もう僕の頭に、ゲームをどうこうしようという考えは無かった。パソコンを開いたまま上へ伸びる階段へと視線を向ける。視界の端に、上にある踊り場の鏡が見えた。 鏡には、ゲームのパッケージと同じ姿の女がぼんやりと映っていた……しかし、階段そのものに女の姿は無い。  身体中から血の気が引いていく。  声を上げる前に僕は立ち上がり、パソコンを開いたまま階段を駆け下りた。ブーツの靴底が鳴らす足音が、女の足音を掻き消す。しかし気配は着々と僕に迫っているような気がした。  立ち止まるな……!立ち止まったら、ゲームオーバーどころじゃない!  階段を下り切り、部室棟の入り口へと伸びる廊下へと出る。ただひたすらに……真っ直ぐ、真っ直ぐに駆けて行く。 ドアノブに手をかけ、強く引いた瞬間…… 「うわ!?びっくりした!」  目の前に、野球グローブを持った青年が数人立っていた。どうやら彼らは、部室棟のドアを開けようとしていたらしい。僕が勢いよくドアを開けたから驚いたのだろう。  息を切らして呆然としている僕を、彼らは訝しげに見つめた。 「お前大丈夫か?」 「顔色やばいぞ。何かあったのか?」 「具合悪いのか?保健室行くか?」  僕の様子は、それほど尋常ではなかったのだろう。  優しく声をかける彼らに、掠れた声で「大丈夫です」と言い、開きっぱなしのパソコンに目を移した。 いつの間にかゲーム画面は消え、見慣れたデスクトップ画面に戻っていた……。  後日、僕は康介にゲームを返した。僕の感想がよっぽど楽しみなのだろう。目を輝かせて「どうだった?」と聞いてきた。 「いや、うん……怖かったよ。クリアは出来なかったけど」 「それでもいいよ。時間無いのにありがとな」  僕は康介に、ある疑問を投げ掛けてみた。それはこのゲームをやめてから、ずっと頭に引っ掛かっていたことだ。 「あのさ、康介。そのゲームって誰が作ったの?康介が作ったゲーム?」  返したゲームを鞄にしまいながら、康介は横に頭を振った。 「いや、俺はパッケージだけ。ま、これはここだけの話なんだけどさ、このゲーム、俺たちが作ったわけじゃないんだ。部室にデータが残ってて、それを使っただけ。だから、誰が作ったのか分からないんだよ」  結局そのゲームは、世に出ることはなかった。  文化祭前日にゲームを入れた段ボールを誰かが落としてしまい、ほとんどが商品に出来ないほど損傷してしまったのだ。  僕は、それで良かったと思っている。  あの異常なホラーゲームのせいで、今後僕はホラーゲームが出来そうにない。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • かぼのべら

    重弘 茉莉

    2019年10月7日 22時40分

    ほとんど、ということは一部は既に世の中に出回ってしまった…?

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    重弘 茉莉

    2019年10月7日 22時40分

    かぼのべら
  • 燃え尽き先生

    浅倉喜織

    2019年10月7日 23時24分

    コメントありがとうございます! きっと東北のどこかで、誰かが怯えていることでしょう…… 文化祭で出したようなものなら、回収は難しいですからね。ふふふ……

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    浅倉喜織

    2019年10月7日 23時24分

    燃え尽き先生

読者のおすすめ作品

もっと見る

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 人間が、1番怖い。

    ♡8,200

    〇105

    ホラー・連載中・123話・337,920字 楓川 翔麻

    2020年10月23日更新

    あの日から、20年____。 あの日見た凄惨な光景を、その真実を知る全ての人間の『終焉の日』が遂にそこまでやってきた。 20年の時を経て、あの未解決のままだったバニラビーンズ 殺人事件の犯人が再び動き出した。 犯人は芦屋セイジという青年であると思われていたが一変、犯人は別にいることが判明した。 しかしその犯人が目の前に居ながらも、この人間が一体どこの誰なのか、全く分からず仕舞いでいる。 鹿島シホ警部は、織島警部補と共に低層界へと潜入するも、バニラビーンズ に翻弄され捕獲されてしまう。 だが状況は予想外のものだった。敵方にいるはずの殺し屋・雨宮ヒグレが謀反を起こし共闘。 再びバニラビーンズ に立ち憚られたが、雨宮が囮になることで脱出成功したのである。 この日を境に、これまで裏世界を自由に謳歌していた下郎な人間たちが芋蔓式に逮捕。 遂にバニラビーンズ が孤立、そして逮捕目前へと駒を進めたのであった。

  • 実はこの第一話は作者が実際に見た夢です。

    ♡35,147

    〇2,850

    ホラー・連載中・34話・124,064字 むむ山むむすけ

    2020年10月23日更新

    とある街では、数年前から原因不明のある奇病が流行っていた。それは突然住民達が暴れだし、人々に危害を加えるというものだった。だが、不思議な事にその奇病は街の中心にあるマルッセル劇場での観劇をおこなえば、たちまち治ってしまうという。「マルッセルの劇場へようこそ~!」今日も劇団員達のそんな明るい声がこだまするこの街は…何かが確実におかしかった。