伊達原怪異譚

特別な予約席

「亀梨さん!三十一番テーブルさん、まだ注文したのが来てないって!」 「うるせえ!今作ってるから、指咥えて待ってろって言っとけ!」  真夏のような熱気に包まれた厨房で、亀梨先輩の怒号が飛び出した。  頭上のモニターにはいくつものオーダーが並んでいる。週末のファミレスは家族連れで混雑していた。  五月に入ってすぐ、僕はアルバイトを始めた。伊達原市の保護者であるユキ兄は「学業が疎かになる」と言って最初は許可しなかったが、自動車免許を取りたいと言ったらすんなりOKした。しかし、優先順位は勉強だと口酸っぱく言われているので、そこはしっかりやらないといけない。  バイトを始めたのは、マンションの近くにある和食ファミレスだ。和食と言っても、うどんと蕎麦と天ぷら……あとはしゃぶしゃぶの食べ放題くらいしかない。  五月から勤め始めて数週間。初日からキッチン業務を仕込まれた。どうやら女性はフロア、男性はキッチンと分けているらしい。  キッチン担当は基本二人。今日は亀梨先輩が麺を茹でる釜の担当で、僕がつゆや天ぷらを揚げるコンロ担当だ。  亀梨先輩は高校生からここで働いている大学四年生の大ベテランだ。元高校球児らしい日焼けした精悍な顔付きの、いかにも頼れる先輩といった感じだ。 「早坂、先にお子様たぬきうどん出せ。後回しにするとクレームになる。あと唐揚げは天ぷらより先!揚げるのに時間かかるから、まとめて三セットくらいやっとけ」 「は、はい!」  亀梨先輩の指示に従い、冷凍唐揚げをフライヤーに放り込む。  フロアから高校生バイトの加那ちゃんと僕より一つ年上の飯田さんの元気な声が聞こえて来る。 「今夜は家族連れが多いねぇ。やんなっちゃうよ」 「谷村さん、いつもと同じじゃあないですか」  デザートを作りながら文句を言うパートの谷村さんを、店長がたしなめた。五十歳過ぎのベテランパートの谷村さんは、時々夜も来てくれる。みんなから「お母さん」と呼ばれる快活なご婦人だ。  店長の役割は洗い物をしつつ、フロアやキッチンすべての業務を手伝うことだ。状況に応じて、キッチンの補助に入ったりフロアに出たり、何でもする。  この店の店長は二十代後半の岡部佐江子店長だ。色白でほっそりとした長身の女性で、いつも気怠げにしている。多忙ゆえに疲れているのだろうが、そこが幸薄そうに見え、未亡人のような色っぽさになっている。 「早坂くん、きつかったら言ってね……私がコンロ入るから」 「だ、大丈夫です!」  しかし状況は、あまり大丈夫ではない。商品提供をするフロア担当がキッチンに来ないため、商品提供が遅れているのだ。店長一人が商品提供をしても、追い付かないくらいだ。  苛立った亀梨先輩に「一旦お前も行ってこい!」と言われ、両手に商品を持ってフロアに出る。席はほとんど埋まっていた。  特に窓際のお座敷席は家族連れで埋まっている。オーダーを要求するベルは鳴り響き、入り口は席が空くのを待つ客が蠢いていた。 これは……今夜も満席になるかな。  商品を置いて厨房に戻りつつ、店内を見渡した。ふと、ある席が空いていることに気付く。一番奥にある四人掛けのテーブル席……五番テーブルと呼ばれる席が空いていたのだ。よく見ると、テーブルの上には「ご予約席」と書かれた札が置かれている。  おかしいな。今日はご予約なんて無かったはずなのに……。  その日に予約が入っている場合、必ず厨房内の冷蔵庫に貼り紙がしてある。しかし、今日はそんなもの無かったし、電話での予約も来ていない。  何故あそこに予約席の札なんか置いているんだろう……。  厨房から亀梨先輩の怒号が聞こえて来て、僕はすぐに仕事に戻った。  夜の九時を過ぎると、店内の喧騒は落ち着き始めていた。客足も疎らで、十時半のラストオーダーに向けての片付け作業に入る。  フライヤーやコンロ周りの整理をしていると、洗い物をしていた店長から声を掛けられた。 「早坂くん。ちょっと、冷やしたぬきうどんミニ天丼セットを作ってくれない?」 「え?オーダー入ったんですか?」 「そうじゃないけど……作ってほしいの」  疲れた顔に笑みを浮かべる店長。  今はオーダーも入っていないし、すぐに作れる状況だ。僕は手早く冷やしたぬきうどんとミニ天丼を作りトレイに並べると、店長にそれを渡した。  彼女は軽く礼を言って、トレイを持ってフロアに出ていった。  どこに持っていくんだろうと気になってフロアを覗き込むと……あの五番テーブルに向かっていた。  五番テーブルには、まだご予約席を示す札が飾られている。なのに店長は、その席に僕が作った商品を置いて戻って来た。 「あの、店長……あそこって予約席ですよね?」 「えぇ、そうよ……」 「でもあそこ、誰もいないじゃないですか。今日は予約無いのに、ずっと予約席になってるし……それにあの料理も、誰もいない席に置いてて、意味あるんですか?」 「いいのよ、あそこは。五番テーブルはね、特別な予約席だから……」  特別な予約席……?ということは、これから誰か来るのだろうか。それを問い掛けようとした時、入店を報せるベルが鳴った。お客様のご来店だ。僕はすぐにキッチンに戻り、炊飯器の中の米の量を確認した。大丈夫、まだたくさんある。 「ちょっとちょっと!すごいイケメンが来た!」  お客様をご案内してきた飯田さんが、興奮した様子で厨房に入ってきた。女の子は本当にイケメンが好きなんだな……。野次馬根性で客席を覗いた亀梨先輩も「うっわ……マジだ」と溢していたから、よっぽどなのだろう。  そこまで言われると、何となく僕も気になって客席を覗いてみたくなる。怪しまれないようにチラリと客席を見ると……カウンター席に座るイケメンと目が合った。 「よう。お疲れ。ちゃんと働いてるか?」  スーツ姿のユキ兄が、輝くような笑顔で手を挙げた。  なんでお前がここにいるんだよ……。  僕はカウンター席まで行き、小声でユキ兄に文句を言った。 「ちょっとユキ兄。なんでいるのさ」 「お前がバイトしてるとこ見てみたくてな。まあ、一応保護者だし」  それはそうだけど……なんだろう、体育祭や文化祭に両親が来た時のような気恥ずかしさを感じる。  その時、厨房から店長が飛び出して来た。僕の様子から、ここに座っている客が僕の身内だと分かったのだろう。 「あ、あの……店長の岡部と申します。早坂くんはとても気が利く働き者で……」  慌てたように、店長は挨拶をした。幸薄そうな顔が緊張で僅かに紅潮している。  しかし、ユキ兄と目が合った瞬間……黙ってしまった。二人揃って。  ユキ兄も店長も目を大きく見開いて、暫し見つめ合っていた。 「あ……えっと、忍の保護者の庄司由貴(よしたか)と申します。うちの従弟がお世話になっております」 「そんな……ご丁寧に。あぁ、私ったら……こんな化粧が落ちたみっともない顔でご挨拶だなんて……」 「いや、みっともなくなんて無いですから……」  なんとも居心地の悪い空気だ。僕を挟んで大の大人がどぎまぎしている様は、周囲から見てもさぞかし滑稽だろう。現に、厨房から飯田さんや亀梨先輩、加那ちゃんがニヤニヤしてこちらを見ている。 「ユキ兄。ご注文は?」 「ん?あぁ……後で言うから」 「あ、それじゃあ……お決まりになりましてら、そちらのベルでお知らせ下さい。失礼します」  僕の言葉で現実に戻った二人は、あたふたとそれぞれの役割に戻った。ぎこちなくメニューを眺めているユキ兄に溜め息をついて、僕も厨房に戻ろうとした時、店長が思い出したように言った。 「早坂くん。フロアに出たついでに空いている席のバッシングをして来て」  客席を見ると、まだバッシング……食器を下げていないところがある。このままだともしお客様が来た時に通すことが出来ないので、言われた通りに食器を下げに行った。  行った先は三番テーブルと四番テーブル。すぐ近くに例の“特別な予約席”がある。  四番テーブルの上を片付けながら、ふと五番テーブルに目を向けて……違和感を覚えた。 店長が出した冷やしたぬきうどんミニ天丼セットが、空になっていたのだ。  まるで誰かが食べた後のように、綺麗に中身が無くなっている。  相変わらずこの席には、誰もいないのに……。  一体誰が、これを食べたんだろう。他の席にいるお客様が勝手に食べたとは思えない。  特別と言われている五番テーブルが、僕には異様なものに見えて仕方なかった。

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