魔童貞殺し

読了目安時間:6分

エピソード:13 / 34

旅立ち

「馬だなんて、ずいぶん奮発したんだねえ!?」  栗毛の軍馬を操りながら、サラは目を丸くしていた。一方、まあね、と答えるヴィックだったが、こちらは青毛の軍馬に(またが)っている。  宿場街であるデラポスタでは、乗用馬はともかく軍馬は手に入れにくい。そこでヴィックは昨日、街道(かいどう)巡視隊(じゅんしたい)の兵舎に赴いて交渉したのだった。  最初は賞金稼ぎ相手に(いぶか)しげな表情を見せた隊長だったが、ヴィックの名を聞いて、彼が<二つ山兄弟>討伐者だと知ると、それまでの態度を一変させる。そして快く、二頭の軍馬を適正な値段で譲ってくれたのであった。  もちろん、実際にはかの二人組の賞金首を倒したのはサラだったわけだが、態度を改めた隊長に対してわざわざ真実を告げるほど、ヴィックは「ばか正直」では無かったのである。 「けど、馬があれば何かと便利だろう?」  手慣れた様子で軍馬を操りながらヴィックが問いかけると、サラ――彼女も、その扱いに慣れている様子だった――は、そりゃそうだけどさ、と答えた。 「――何だか、あんたには随分とお金を使わせちゃったね?」  申し訳なさそうな表情をするサラに、ヴィックは肩をすくめてみせる。 「前にも、言ったじゃないか?」  彼は苦笑を浮かべた。 「あの賞金は本来、きみが受け取るべきなんだって。だから、せめてきみの旅に役立つものに使わせて欲しいんだよ」  そんな事を答えつつ、ヴィックは心の中でつぶやく。 (まあ、軍馬二頭と旅支度に使ったにも関わらず、それでも半分くらい残ったんだがな……)  結局、彼は賞金の残りのクローネ金貨の内、かさばらない程度の量を小袋に移し、それを旅の路銀とした。さらに残りの金貨は何個かの宝石に換えて、その内から二個ほどを「もしもの時のへそくり」として隠し持って行く事に決める。そして、それ以外のものは頼れる知り合いに預けたのであった。  こうしてヴィックがサラと出会った日から三日目の朝。旅支度を整えた二人は、軍馬に乗って街路を進んでいた。向かうは、街の北門である。ゆっくりと後ろに流れて行く街の景色をぼんやりと眺めながら、ヴィックは昨日の出来事を思い出していた。  それは、世話になった<四つ葉亭>の亭主――マリョイージという名の、小太りで口髭を生やした四十代の男――に、これまで世話になった礼と最後の家賃、それに少し色を付けた支払い、そして「預け物」を頼んだ上で、最後に彼に別れの挨拶を言おうとした時である。 「――おっと、待ちな?」  彼は片手を上げて、ヴィックの言葉を(さえぎ)った。 「『さよなら』なんて言わせねえぞ。それに、さっきお前さんはおれに預け物をしたじゃねえか。いつか、そいつを受け取りに来るんだろう?」  だったらなおさらだ、とマリョイージはぶっきらぼうに言ってのける。  親子ほども歳の離れたこの宿屋の親爺(おやじ)とヴィックは奇妙な友情で結ばれており、彼はこの街で心を許せる、数少ない人々の一人でもあった。 「だからおれも、お前さんに『さよなら』なんて言わねえ。ただ再会を約束するだけだぜ?」 「分かった……」  一息置くと、ヴィックは彼に静かに告げる。 「じゃあ、世話になったな親爺さん。また、会おう」  それを聞いてマリョイージは少し寂しげな表情を見せたが、やがてにっと白い歯を見せて笑う。 「おう、またな。なるべく、早く戻って来るんだぜ。おれも女房も、娘のパトリッツィアも、お前の帰りを待ってるからな?」  そう言われたヴィックは彼に微笑み返すと、扉を開き、ゆっくりと彼の部屋を後にしたのだった。  そんな事を思い出しながら、ヴィックは思いがけずため息をつく。親爺さんと交わした約束を、果たしておれは守れるだろうか。そんな不安に駆られた時だった。 「大丈夫さ、ヴィック」  サラがぼそりと告げる。 「あたしがあんたを死なせやしない。だからきっと、この街にまた戻って来れるよ」 「サラ――」  まるで心の中を読んだかのような彼女の言葉に、ヴィックはただただ驚くのみであった。 「きみは、他人(ひと)の心が読めるのか?」 「読めるわけないじゃないか?」  サラは苦笑を浮かべる。 「けど、あんたがさっき、どんな事を考えていたのか、何となく分かっちゃってさ」 「まったく、きみには(かな)わないな……」  ヴィックも同じく苦笑した。 「それにしても――」  先ほどの彼女の言葉を思い出し、彼はがっくりと頭を垂れる。 「ご婦人に守ってやると言わせるなんて、我ながら男として情けないよ……」 「落ち込む事なんて、ないだろ?」  サラは不思議そうな表情を浮かべた。 「腕の立つ女に守ってもらえるなんて、色男の(かがみ)ってもんだよ。そこはむしろ、誇るべきだと思うけどねえ?」 「誇るべき、か……」 「実際、あんたのような気の良い色男ってのは、この世の宝なんだからね。それを死なせでもしてごらん? そうなったら、あたしゃ、世界中の女たちから袋叩きにされちまうよ」 「いや、きみみたいな女神じみた美女の方こそが、むしろこの世の宝じゃないか。きみの方こそ、もっと自分を大事にして、長生きすべきなんじゃないのか?」 「おや。女神じみた美女だなんて、嬉しい事言ってくれるねえ?」  サラはまんざらでも無い、と言わんばかりに微笑んでみせる。 「けど、それなら、あたしゃ長生きできなさそうだよ」 「どうして?」 「どうしてって、あんた。そりゃ、決まってるじゃないか――」  彼女はヴィックに片目をつぶってみせる。 「『美人(びじん)薄明(はくめい)』って言葉があるだろ? 美女ってのはね、長生きできない運命なのさ」  しかも、女神じみてるくらいの美女だときたのなら、ものすごい短命なのかもしれないねえ。そして天に召されて新たな女神様になるんだろうねえ、きっと、などと自信満々にのたまう彼女に、ヴィックは呆れ顔を向けた。 「しょってるなあ……」  彼女は『自画自賛』という言葉があるのを知らないのだろうか、などと考えながら彼は大きくため息をつく。  二人でそんな下らないやりとりをしているうちに、いつしか北門に辿り着いた。門番の衛兵に促され、そこを抜けた彼らは草原の街道に馬を進める。手綱を操りながら、ふとヴィックはサラの顔に目をやると、彼女は何やら難しい表情を浮かべていた。来るべき魔道士との戦いについてでも考えているのであろうか。  そしてヴィックは、ラドルヌスの街の事を考える。思えば一年前、あの街を逃げるように去ってデラポスタに流れ着いたのだった。しかしてまた、そこを目指すことになろうとは何と皮肉な事だろうか。だが、それを決めたのは他ならぬ自分自身なのだ。 (全ては、彼女のため――いや、違うな。彼女と共にいたいという、おれ自身のためか……)  そんな事を思いながら、ヴィックは相変わらず難しい顔をしているサラをちらりと見やると、今度は後ろを振り返る。デラポスタの街をぐるりと囲む外壁が見え、そしてそれは徐々に小さくなってゆく。 (たったの一年間だったが、それにしても、ここでは色々な事があったな……)  街での思い出を噛みしめつつ、いつになるかは分からないがきっと、また来よう、と心の中で誓うと彼は前を向く。その後、何度も後ろ髪を引かれはしたものの、ヴィックは決して後ろを振り向きはしなかった。

 お読み下さった皆様、大変、ありがとうございました。  とりあえず、この長ったらしい話の第一幕はこれにて終わりなのですが、それにつけても、派手な剣戟アクションシーンなどの無い(そのくせ、お色気シーンは無駄にあるのが何とも……)、いまひとつ地味で「長ぁ~いプロローグ的な章」になってしまい、猛省しております。  現在、第二幕を書き進めておりまして、ある程度書き溜まったらまた、公開させて頂きたく存じます(そっちではアクションも、そしてグロなんかももあります……たぶん、きっと)。その折にはまた、何卒、よろしくお願い申し上げます。

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  • 文豪猫

    夢華沙紅也

    ビビッと ♡500pt 2021年8月16日 5時21分

    《(全ては、彼女のため――いや、違うな。彼女と共にいたいという、おれ自身のためか……)》にビビッとしました!

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    夢華沙紅也

    2021年8月16日 5時21分

    文豪猫
  • ドワーフ親父

    須留米(するめ) いかを

    2021年8月16日 17時23分

    ありがとうございます! …実は、書いてるときは最初、「〜彼女のため」で終わらせたものの、何か違和感覚えまして。 それで、(これって絶対、ヴィック自身のためだよなあ)と思い、その後の文付け加えたらしっくりきたかと。 ビビッとして頂いて、大変嬉しく思っております。

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    須留米(するめ) いかを

    2021年8月16日 17時23分

    ドワーフ親父

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