魔童貞殺し

読了目安時間:6分

エピソード:10 / 34

宿部屋で朝食を

 窓の外から、(すずめ)の鳴き声が聞こえる。それに続けとばかりに、遠くからは雄鶏(おんどり)の鳴く声が聞こえてきた。窓から差し込む()の光のまぶしさに、ヴィックは開いた目を思わずすぼめる。  朝か、と気付いたところでヴィックはがば、と上半身を起こし、開けっ放しの木窓をまじまじと見つめた。おかしい……窓なら夕べ、寝る前に閉めたはずだが、と不審に思い室内を見渡す。そうして彼は、違和感を覚えた。 (あれ、おれの部屋ってこんなだったっけ? しかも何だか広くなっているような……)  その一瞬後に彼は気付いた。ここはサラの部屋だった、と。 (それにしても……激しかったな)  夕べの彼女との情事を思い出し、なんとも気恥ずかしくなり苦笑いを浮かべる。 「それはそうと、彼女はどこだ?」  独り言ちながら再度部屋を見渡すも、やはり彼女の姿は無い。  しかし、壁のマント掛けには彼女の頭巾付き黒マントが、羽飾りのついたつば広帽子と一緒に掛けられており、その隣には彼女の剣が、剣帯ごと吊るされていた。そして、ベッドわきの木の小卓の椅子には背負い袋と長手袋が置かれている。どうやらまだ旅立ったわけでは無さそうだと分かり、ヴィックはほっと息をついた。  その時、扉が勢いよく開き、サラが室内に入ってきた。例の婦人下着じみた革の装束と、やたら長い革の長靴(ブーツ)という相変わらずな格好だ。手ぬぐいを片手に持っているところを見ると、どうやら外の井戸へ顔を洗いに行って来たところらしい。 「おや、お目覚かい? おはよう、寝坊助(ねぼすけ)さん」  扉を閉めながら、彼女はくすくすと笑った。 「あんたがえらく気持ち良さげに眠ってたからさ、起こすのがためらわれてねえ……」  そう言いながら彼女はベッドに腰を下ろすと、ヴィックに近寄る。そして彼に抱きついて軽く唇を重ねた。 「けど、起きてくれて良かったよ」  名残惜しげな表情で、彼女はヴィックの顔をじっと見つめる。 「こうして、お別れを言う事ができるからね」  予想はしていたとは言え、本人の口から告げられてヴィックは動揺した。 「お別れって――」 「うん。今からあたしはここを発つよ」  あんたとお別れするのは心残りだけどねえ、と続けるや否や、彼女はヴィックの身体に回した腕にぎゅっと力を込る。  ちょっと待ってくれ、とヴィックは言おうとしたのだが、サラが再び唇を重ねて来たため言えずじまいになってしまう。その上、彼女は夕べ何度もそうしたようにヴィックの唇を吸うと、舌を差し込み、さらにそれを絡めてきた。何とも官能的な刺激にヴィックは頭をぼうっとさせてしまう。  しばらくして、ちゅぽんと音を立てて唇を離すと、サラは潤んだ目で彼を見た。 「何だかこうしてると、あんたとお別れするのが本当に辛くなってきたよ……」  あんたってば罪な男だねえ、とうらめしげな表情を浮かべてため息まじりにつぶやくと、彼女はヴィックから手を離して立ち上がる。そして彼からくるりと背を向け、吊るしてあった剣帯に手を伸ばした。ぼんやりとしたまま、彼女が剣帯を腰に巻くのを眺めていたヴィックだったが、次いでサラがマントに手を伸ばしかけたところで、はっと我に返る。 「ち、ちょっと、待ってくれ!」  彼の声に、マントを羽織り終えたサラがどうしたんだい、と不思議げな顔で返事をする。 「な、なあサラ。その、きみの旅は、その、急ぎの旅なのかい?」  ヴィックの問いを受け、彼女はきょとんとした表情を見せた。 「別に、強行軍で行かなきゃなんないほど急ぎってわけじゃないけど、かと言って、あまりのんびりもしてられないねえ。  ほら、『善は急げ』なんて言うぐらいだしさ?」 「じゃ、じゃあ、迷惑をかけて済まないが、ちょっとだけ待ってはくれないか?」 「あんたがそう言うなら、待つけどさ……。けど一体、何でまた――」 「気になるんだよ!」  ヴィックはベッドから立ち上った。 「きみがわけありで、詳しい事を話したがらない事は理解してるつもりだし、聞き出すつもりもない。  けど、せめて……せめて、どこへ向かおうとしているのか、それだけでも教えてはくれないだろうか?」 「わ、分かったよヴィック、分かったからさ……」  彼女は頬を赤く染めながら、立ち上がったヴィックの股の方を指さした。 「その……せめて、()()をしまってくれないかい?」  言われて彼は、ようやく自分が一糸まとわぬ裸であった事に気付く。しかも彼女が指さした股間の()()は、何とも元気にそそり立っていた。 「あんた、まさか、そんな元気な()()見せて、あたしを誘惑しようってんじゃないだろうねえ?」  そう言われて、ヴィックは羞恥で顔を真っ赤にしながら下履きを取ると、それをこそこそと穿()いた。 「と、とりあえずだな――」  下履きを穿き終えると今度はシャツに手を伸ばし、苦笑を浮かべる。 「その、一緒に朝食でも、どうだい?」 「朝ごはん、ねえ……」  シャツを着終え、黒い股引(ももひき)に脚を通すヴィックを眺めながら、サラは(あご)に手を当てた。 「うん、いいね?」  彼女は、にこりと微笑んだ。 「夕べは……お楽しみだったの?」  ベッドの横の卓に料理と飲み物を運び終えると、丸顔の給仕娘はにやにやといやらしげな笑いを浮かべた。ヴィックは渋い表情を浮かべると、質問には答えずにほら、と代金を彼女に手渡す。 「あら?」  手の平のセンテ銅貨の枚数を数え、彼女は不思議そうな顔をした。 「ちょっと多いわよ?」 「いいんだ」  きっぱりとヴィックは答える。 「本来、客室配膳(きゃくしつはいぜん)なんてやってないだろう? だから、心づもりみたいなもんさ。取っといてくれ」 「そういう事なら、遠慮なく……」  ほくほく顔でうなずくと、給仕娘はごゆっくり、と言いながら出て行った。ヴィックは彼女を見送ると、部屋の扉をゆっくりと閉める。 「――ほら、あんたも座って」  すでに席についていたサラは、彼に向かいの席をすすめた。ヴィックは、言われたとおりに席に着く。 「じゃ、頂こうか?」  言うが早いが、サラは食事を始める。一方のヴィックはあまり食欲が無かったものの、朝食を提案した手前、仕方なく(さじ)を手に取り、木の椀によそわれた麦粥(むぎがゆ)をもそもそと食べ始めた。 「おや、食欲無いのかい?」  サラが不安げに訊ねる。ヴィックが麦粥と薬草茶(ティサーナ)しか注文しなかったのを見て、少し心配になったらしい。 「夕べ、ちょっと呑みすぎたのもあるが……」  あまり味気のない(かゆ)を飲み込んでから、ヴィックは言った。 「どうも、朝はあまり入らなくてね」 「朝ごはんは一日の元気の源だって言うじゃないか。しっかり食べた方がいいと思うよ?」  そう言うサラの目の前には、割と大きめのライ麦パンに添え物のチーズ、そしてレンズ豆と玉ねぎのスープが並んでいる。飲み物はヴィックと同じく薬草茶(ティサーナ)だった。  二人はしばしの間、適当な話をしながら食事を続け、やがて食べ物はきれいに平らげられる。そして、食後の挨拶を済ませたところでサラが訊ねてきた。 「ところでさ……」  彼女は、その赤みがかった茶色い瞳で、薬草茶(ティサーナ)を飲んでいるヴィックをじっと見つめる。 「……さっきあんた、あたしの行き先を聞きたがってたね?」 「ああ――」  陶器の杯を置くと、彼は黒い瞳をサラに向けた。 「それで、きみはどこへ行くつもりなんだい?」 「そうさね……」  彼女は不敵な笑みを浮かべる。 「アズナボレッサの森。まずは、そこへ向かうつもりさ」 「何だって!?」  驚きのあまり、ヴィックは思わず腰を浮かしかけた。 (彼女、正気か!)  相変わらず不敵な笑みを浮かべたままのサラを、ヴィックはまじまじとみつめる。 (なんだって、あんな森なんかに!?)  ヴィックはかつて、旅人から聞いた噂話を思い出していた。  それは、アズナボレッサの森には野盗や山賊が住みついたと言う話である。しかも、その彼らの(あるじ)というのは、かつて<大侵攻(だいしんこう)>の際に、その立役者となった<四人の魔道士>の一人であるらしいとの事なのだった。

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