魔童貞殺し

読了目安時間:8分

エピソード:6 / 34

<童貞殺し>の装束

 街道を北に目指す、一台の荷馬車があった。その御者台に座って、荷車を引く二頭の馬を御しているのは黒髪の若い男である。そしてその隣には、赤みがかった茶色い長髪の、やたら露出の高い装束(しょうぞく)を着けた、小麦色の肌も露な若い女の姿があった。  言うまでもなく、ヴィックとサラである。  彼らの後ろの荷台の上では、手足を縄で縛られて転がされた<二つ山兄弟>が、未だに大いびきをかいて眠りこけていた(ちなみに、連中の股引(ももひき)はずり()()られており、今や下半身はきちんと隠されている)。 「いやあ、こりゃ楽ちんだ。何たって、歩かなくっても街まで着いちまうんだからねえ」  大きく伸びをしながら、サラは言った。 「あの森の中で道に迷って、かえって助かったよ。ありがとうねヴィック?」 「礼を言うのは、むしろこっちの方さ」  ヴィックは苦笑しながら答える。 「あんたには、世話になりっ放しだからな」  少し前、今夜の宿を探しているというサラを、<二つ山兄弟>を役人に渡すついでに街まで連れていく事となり、二人で協力して眠りこけている巨漢二人組を、苦労して荷台に積み込んだ。その後、荷台に積んであった縄で連中を縛り上げ、柵の中にいた馬を荷車に繋いで、後はそれを操って森を抜け、今はこうして草原の道を走り、街へと向かっているのである。 「それにしても……」  後ろで寝ている連中にちらりと目をやりつつ、ヴィックは独り()ちた。 「本当、でかいったらありゃしないな? 一体、何を食えばそうなるんだか」  彼の独り言に、それを聞いていたサラが答える。 「別に、食べ物は関係無いと思うけどねえ。なるべくしてなったと、あたしゃ思うんだけど?」 「……そうか、言われてみれば確かにそうだな。きっと、生まれつきなんだろう」 「そうだろうねえ。それにしても、女の子から()()について聞かれることはしょっちゅうなんだけどさ、殿方に聞かれたのは今回がはじめてだよ」 「え? 一体何を言って――」  話が嚙み合わない事を不思議に思って、ヴィックは思わずサラの方を見た。そして、驚きのあまり絶句する。彼女は、革の装束に包まれた自身の、その大きな乳房を両手で下から持ち上げ、不思議そうな表情をしているではないか。 「何って……あたしのおっぱいの話じゃないのかい?」 「ちがう!」  彼女の質問を即座に否定の言葉で返しつつも、確かにあんたの()()もでかいけどな、と心の中で付け加えてから、ヴィックは説明した。 「おれが言ったのは、後ろの連中の図体の話だよ」 「何だ、そっちの事だったのかい……」  紛らわしい言い方すんだから、などとこぼした後、彼女は自分の胸から手を離して意見を述べる。 「そうだねえ……。たぶん北大陸の北方は、そのさらに最北端……何とかいう山に住む蛮族か、あるいはその血統の者だろうね」  真面目な表情で、サラは講釈を続けた。 「大昔、その『何とか山』には巨人たちが住んでたらしくてねえ。そこに住まう蛮人たちの多くはその血を引いてて、あんな風に図体がでかいって話だよ?」 「なるほど、蛮族どもか。三年前の<大侵攻(だいしんこう)>以来、あちこちでそれらしい連中を見かけるって話を聞いたが、まさか、奴らもそうだったとは……」  ため息まじりに感想を吐きつつ、ヴィックはサラに賞賛のまなざしを向ける。 「それにしてもあんた、博識なんだな?」 「見かけによらず、ってかい?」  そう言って悪戯っぽく笑うサラを見て、不思議な女だな、とヴィックは考える。  巨漢二人組――の()()――を触れただけで、無力化してしまう技を持ち、金銭に対して執着せず、博識もあり、そして何よりもこの恰好。彼は改めて彼女の装束に目を向ける。革製のそれは、やはり婦人用下着じみて見えるのだが、なにゆえに彼女はこのような恰好をしているのだろうか。 「あ、あのさあヴィック?」  声をかけられて我に返ったヴィックは、彼女がほんのりと頬を赤くしていたことに気付く。 「できればその、荷車操ってんだし、前向いてくんないかな?」  なんだか斜めに進んでるしさ、と言われて前に向き直ると、確かに荷馬車は街道から()れつつあった。それに気付いて、ヴィックは慌てて軌道を修正する。 「すまない。つい、その見惚れてしまって……」  少々気まずく思いつつ、ヴィックは詫びた。装束を見ていたつもりが、いつの間にかサラの身体そのものに魅入られてしまっていたのである。 「謝んなくても、いいよ」  はにかんだように微笑みながら、彼女は言う。 「見られるのが嫌なら、こんな恰好しなけりゃいいんだしさ」 「そう言ってもらえると、気が楽だよ。……ところで、ええと、不躾(ぶしつけ)な事を聞いて悪いんだが――」  ヴィックはずっと疑問に思っていた事を、この機会に訊ねてみることにした。 「……その、変わった装束は何なんだい?」  問われた彼女は、装束の胸の部分に軽く手を当てながら答える。 「これかい? これは<童貞(どうてい)(ごろ)し>の装束さ」 「<童貞殺し>……。そう言えば、そんな題名の昔話があったな」  つぶやきながら、彼は記憶を探った。  確か、実話を元にしたという小話(こばなし)で、その内容は、盗賊の父親を騎士に殺された、美しき妙齢の双子の姉妹の復讐譚だ。  仇である騎士には、さる伯爵の令嬢という婚約者がおり、彼は「彼女と結婚するまで清い身でいる」という誓いを立てていた。それを知った姉妹は、ある日の夜、旅の踊り子と占い師に化けて彼の家を訪れる。最初は二人に去るよう命じていた騎士だったが、肌もあらわな姿の二人の美女を前にして欲望に負け、結局姉妹を家に入れてしまい、その結果、殺害されてしまう。  そして復讐を果たした姉妹は捕えられ、処刑される事となる。その折、故人となった騎士の、婚約者であった令嬢の父――すなわち伯爵は怒り狂った。  娘の婿となる予定の男――それも近い将来、団長の候補に上げられていたほどの有能な騎士を殺した姉妹たちを激しく憎み、そして呪う。彼は、彼女らが死んだ後も、人々から(さげす)まれるべく不名誉な罪名を与える事を思いつく。間違っても<騎士(きし)団長(だんちょう)候補(こうほ)(ごろ)し>などといった勇壮な罪名など、絶対に与えてなるものか、とそう考えたのである。  この伯爵の努力は実を結び、かくして憎き姉妹に与えられしその不名誉な罪名は、<童貞殺し>となったのであった。  これは確かに世に広ったばかりか、後世にも伝えられはしたものの、結局この名のせいで不名誉を被ったのは姉妹ではなく、むしろ彼女らの仇であった騎士その人だったという、そんな話である。 「確か、その題名の滑稽(こっけい)さから、内容を面白おかしく脚色して、庶民向けのお芝居で公演されてたような……」  ヴィックの解説じみた独り言を聞いたサラは、そうらしいね、とうなずいてから言った。 「これは、とある職人さんが、そのお芝居用に作った衣装らしいんだけどね。まあ、その……何と言うか色々あって、ただで貰える事になっちゃってね」  感慨深げに語る彼女の話を聞いて、色々不思議に思いながらもヴィックは問う。 「一体、何でまた、そんな(いわ)れのある装束を着るんだ?」 「ま、そのお話の姉妹よろしく、あたしにも使命があるからなのさ……」  そう言って彼女は遠い目をする。その表情には感情は無いものの、彼女からは激しい怒りや深い悲しみといったものが漂っていた。彼女の言う「使命」が気になってきたのと同時に、ヴィックはある事を思い出していた。  <二つ山兄弟>どもを彼女と協力して荷台に積んだ時の事だ。連中を積み終えた後、何気なくサラを見ると、彼女は神妙な面持ちで、彼らの背中は首の付け根辺りをじっと見つめていたのである。ヴィックは何だろうと思い、彼女が見ていない隙を狙って同じ場所を見た。するとそこには何やら奇妙な、文字とも印ともつかない紋様が刻まれているではないか。しかも、二人ともに、である。  あれは一体、何だったのだろうか。そして、彼女と何か関係があるのだろうか。  ――などと気にはなったものの、それについて聞くことがためらわれ、ヴィックは話題を微妙にそらす事にした。 「それはそうと、そんな恰好で寒くないのか? 今は春だから良いものの、冬は大変だろうに」 「ああ、それなら全然平気だよ」  答えながら、彼女は先ほど見せたそれとはうって変わった、あっけらかんとした表情を見せる。 「暑さ寒さは全然、気にならないねえ」 「そうなのか……。けど、虫とかいるだろう。肌出してると刺されやしないか?」 「そっちも、全然だね」  そう言ってのけるサラの肌には、確かに虫に刺された跡など一つも見つからなかった。虫たちにとって、あたしの血は不味いんだろうねきっと、などと冗談めかす彼女の言葉をぼんやりと聞きながら、ヴィックはある話を思い出していた。  時折、自分の肉体美に自信を持っている者たちは、限りなく全裸に近い恰好をするらしい。そして、それが美しき愛の女神フェノスティーゼの目に叶ったのならば、女神の祝福を授かるという話だ。それにより、暑さや寒さ、虫刺されといったものなどから守られる他、何かとご加護があるとか、しかもそれがフェノスティーゼの信者であったのならば、それはより大きなものになるとか、なんとか。  そんな事を思い出しながら、彼女はやはりフェノスティーゼの信徒なんじゃないだろうか、と結論付けてみる。もちろん絶対、とは言いきれないのだが。  そして彼女の「使命」もきっと、かの女神にまつわる事なのかもしれない。などとヴィックが考えているうちに、気付けば目指す場所が見えてきた。  街道のはるか先に、草原を切り裂くように横切って流れる川と、それをまたぐようにそびえ立つ灰色のうんと高い街壁があった。そしてその壁から、ちょろちょろと頭をのぞかせる密集した家々の瓦屋根や、尖塔といったものが見える。  それはコロバルデ公国は、南の国境近くの宿場街、デラポスタだった。

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