魔童貞殺し

読了目安時間:8分

エピソード:23 / 34

弟分

 <赤き鷲亭>を後にしたヴィックはサラを伴い、街の中央部である「市場(いちば)地区」から、やや北よりに西へと向かう。そうすると街のほぼ北から南西へ向けて流れる、広大なアクアプリタ川に差し掛かる。  この辺りでは港湾(こうわん)労働者たちが、港に停泊した商船から積み荷を降ろしたり、降ろしたそれを運ぶなど、せっせと働く姿が目立つ。ラドルヌスでは陸路のみならず、水路を利用しての荷の運搬が行われているのである。ただし、他所(よそ)の川辺の街のような「川船による旅客(りょきゃく)商売」はここでは全く行われておらず、商船以外に水路でこの街を行き来するのは、一部の富豪が商有している個人用の川船のみなのであった。  それはさておいて、川に掛けられた橋にヴィックたちが向かった時である。鉄帽子(てつぼうし)――麦わら帽子形の鉄兜(てつかぶと)――を頭に被り、厚手の防護服――左半分が黄色、右半分は緑に染められ、左胸の辺りには、黒い塗料で「翼の生えた宝箱」の紋章が描かれている――を着た若い兵士が、ヴィックたちに声をかけてきた。 「おい、あんたたち。どこへ向かうつもりなんだ?」  その兵士の問いに、ヴィックは答える。 「どこって、橋の向こうだが?」 「何だって!」  兵士は目を丸くした。 「あそこがどんな場所か知ってるのか? 貧民街だ、物騒な所なんだぞ!」 「それくらい分かってるよ、巡回兵(おまわり)さん。自分の身は自分で守るさ」  自信たっぷりに言い返された若い兵士はかぶりを振ると、後で兵舎に駆けつけて泣き言言っても知らないからな、と言い残して巡回に戻って行く。それを見送ると、ヴィックはサラと共に橋を渡る。やがて、その先であり街の北西の一区画、「()()め」という異名を持つ、貧民街に辿り着く。  街に目をやると、崩れずにいるのが不思議なくらいに老朽化した、文字通りの「ぼろ()」が所狭しと建ち並び、道の石畳は所々はがれて地面がむき出しのままになっていた。  通りを行き交う住民たちの目はうつろで生気がなく、道端に座り込んだり寝転んでいる浮浪者たちは、彼ら以上に死人じみている。  また、そこかしこにごみや汚物が放置され、しかも、それらは悪臭を放っていた。  その光景を目にして心なしか、昔よりも酷さが増しているように感じつつ、ヴィックは連れの方を向く。 「サラ……」  彼は灰色マントの頭巾を被りながら、サラに告げる。 「すまないが、ここら辺りでは顔を隠して、なるべくマントの前を閉じたままにしてくれるかい?」 「分かった――」  そう言うとサラは帽子を目深にかぶり、マントの前をぴたりと閉じた。それを見たヴィックは満足げにうなずく。こんな物騒な場所で肌も露な美女が歩いているとなると、面倒な輩を呼び寄せる原因になるからだった。ともあれ、これで大丈夫だろうと判断した彼は、サラを伴って再び歩き出す。道端の物乞いたちや浮浪児たちの金銭をねだる声を一切無視しながら行きついた先は、割と大きな建物だった。  外観からすると宿屋らしかったが、この地域の他の建物同様、古い上にあちこち汚れている。また、宿屋におなじみの酒樽模様の看板には、笛を吹きながら踊るネズミの紋様が描かれており、その下には汚い文字で(酔っ払いが、足に筆を持って書いたような酷さ)<楽師鼠(がくしねずみ)舞踏(ぶとう)亭>と(ひょう)されていた。 「ヴィック、ここって……」  訝しげに訊ねるサラに、ヴィックは答える。 「ああ。見ての通り表向きは宿屋だが、ここが<多彩(たさい)なる(けもの)団>の、あじとなんだ」  そう言うと、彼は臆する様子も無く中へと入り、サラもそれに続く。中に入ってみると建物の外の様子とは打って変わり、古びてこそはいたものの意外と小ぎれいで、老舗の宿屋の一階の酒場、といった印象を受ける。ただし、それは建物に限った話であって、ここにいる客たちは誰もかれも人相が悪く、また、彼らを接客している女給たちも、やたら厚化粧なうえ、妙に煽情(せんじょう)的な恰好――胸元が大きく開いていたり、スカートに、本来必要ないはずの切れ込み(スリット)があり、そこから脚を露出させているなど――をしており、どんなに鈍い者でも、一目見るなりこの酒場を「いかがわしい場所」だと認識せざるを得ないと言えよう。  ヴィックは、客や女給たちが向ける、うさんくさげな目つきを無視して、長卓(カウンター)へ向かうと、卓ごしに亭主らしき男――頬に傷のある、はげ頭の中年――に声をかける。 「――らっしゃい」  微笑むどころか、じろりと睨みつけながら、彼は挨拶する。 「お客さん方。もしお泊りの部屋を探してるんなら、悪いが他店(よそ)に行ってくれ。あいにく、うちはどの部屋も満室でね」  ぶっきらぼうに言い放つ亭主に、ヴィックは告げた。 「求めてるのは部屋じゃない。『特別な料理』でね」 「ああん? 特別な、りょう――」  聞き返しかけて、亭主は絶句する。目を丸くしてヴィックを見た後、彼は作り笑いを浮かべて見せた。 「こ、これは大変失礼しました……」  先ほどと違って丁寧な口調で告げると、彼は質問する。 「ところで、『特別な料理』ですが、当店のどの料理人に作らせましょう?」  ご指名はありますか、と聞かれ、ヴィックは答える。 「そうだな。<紫ハリネズミ(パープルヘッジホッグ)>を指名したい」 「かしこまりました。ではすぐに寄こしますので、『奥のお席』でお待ちください。あ、それから、お客様のお名前は?」 「<青イタチ(ブルーウィーゼル)>だ」  ヴィックの名乗った、通り名らしき名称を耳にした亭主は、驚いたように目を丸くしながら、口をあんぐりと開いたのであった。 「ねえ、ヴィック――」  訳が分からない、と言いたげな表情を浮かべながらサラは、黒麦酒(エール)の注がれた木の酒杯を卓に置いた。  『料理人』とやらを指名した後、ヴィックは黒麦酒(エール)二杯とそら豆を塩ゆでにしたものの小皿を注文して、酒場の奥の方、仕切りで分けられた席の一卓に着いたのである。 「盗賊団のあじとに来たってのに、何で料理の注文なんかするんだい?」 「ああ。『特別料理』ってのは、仕事を依頼したりする時の、言わば隠語でね。料理人ってのは、団員の事さ」  そう言うと、ヴィックは黒麦酒(エール)をちびりと飲み、そら豆をつまむ。そんな彼にサラは言う。 「じゃあ、<紫ハリネズミ>っていうのは――」 「おれだ!」  突然、聞きなれぬ声が割り込み、二人は声の主の方を見た。すると、卓のすぐそばに中肉中背の男が一人、立ち尽くしているではないか。彼は(こん)色の胴着に、ややゆったりした灰色の股引(ももひき)という姿で、膝まで届くぴったりとした革の長靴(ブーツ)を履き、腰には小剣と短剣を下げている。さらに灰色の肩掛け(ケープ)に付いた頭巾をすっぽりと被っており、そのために目元はよく見えないが、どうやらこちらを睨みつけているようだった。 「おれが、その<紫ハリネズミ>だ。あんたらご指名のな?」  そう言い放つと彼は、被っていた頭巾を後ろにはぐる。すると、やや長めに伸ばした黒髪と、素顔が露になった。その顔立ちは、目も鼻も作りが大きく唇は厚く、日に焼けた浅黒い肌といい、一言で言えば「南国風」な濃い顔だった。  その南国風男は、卓までつかつかと歩み寄ると両手をその上に乗せて、威圧的に問うた。 「あんたら、<青イタチ>と名乗ったんだってな。一体どこで、その名を聞いた?」  大きな目で睨みつけて来る相手に対し、ヴィックは答える。 「どこで聞いたも何も、かつてそう名乗っていたもんでね」  そう言うや否や、彼は被っていたマントの頭巾をはぐって素顔を見せた。 「――久しぶりだな、ドロテオ?」  ヴィックの素顔を見た途端、彼――ドロテオの大きな目が、さらに大きく見開かれる。 「え……まさか、そんな――」 「言っとくが、おれは幻でも幽霊でも無いし、ましてや偽物でもないからな?」  ヴィックの言葉を聞くや否や、ドロテオは目を潤ませながら言った。 「……ええ、分かってまさあ、ヴィックの(あに)ぃ。あんたが偽物のはずがねえ。だって、こんな色男が、この世に二人といるもんですかい!」 「相変わらず口が達者だな? ともかく、元気そうで何よりだ」 「ああ、(あに)ぃこそ、お元気そうで何よりでさ! まさか、またお会いできるなんて……。あ、ちょっと待ってておくんなさいまし」  そう言うと彼は、長卓の方へ向かって行った。  しばらくして彼は、木の酒杯と薄く切ったチーズを乗せた小皿を持って、にこにこと微笑みながら戻ってきた。 「えっへっへ……。せっかくですから、あっしもお二人と同じもんを、と思いやしてね?」  どうやら彼も黒麦酒(エール)を買ってきたようで、席に着くなり、それをちびりと一口呑むと、ヴィックとサラの顔を交互に見ながら言う。 「いやあ。それにしても、こんな美人な方とお知合いだなんてね。ほんと、驚きやしたぜ?」  彼は、口の周りに付いた泡を拭ってから続けた。 「おれは、(あに)ぃは堅物(かたぶつ)な人だって思ってやしたが、いやはや。案外、隅には置いとけないもんでやすねえ……」  そう言ってにやにや笑いを浮かべるドロテオに、サラは言う。 「あんたの兄貴は、決して堅物なんかじゃあないよ、ドロテオさん。まあ、違う意味では『()()()()』だけどねえ?」  意味深な事を言うと、サラは目を丸くしているドロテオに片目をつぶってみせる。すると彼は、ひゅう、と口笛を吹いた。 「いやあ、お美しいだけじゃなくて、なかなか面白い人だ。実に素晴らしい!」  ドロテオは感心したようにかぶりを振ると、サラの目を真っすぐに見つめる。 「あなたが(あに)ぃの恋人なら、おれにとっちゃあ姉も同然。どうか、あなたの事を『(あね)さん』と呼ばせて下せえ」 「もちろん、いいさ。じゃあ、あたしもあんたの事は『()()()()()』と呼ばせてもらおうかねえ?」 「おれが――『ドロちゃん』ですって?」  ドロテオは、再度目を丸くしてサラを見つめていたが、やがてにやにやと頬を(ゆる)ませた。 「うん、悪くねえ。しかも、美人さんにそう呼ばれるとくりゃあ、なおさら、いいや」  彼は満足げに二度ほどうなずくと、ヴィックに提案する。 「あ、なんでしたら、(あに)ぃも、あっしの事を『ドロちゃん』と呼んでくれても構いやせんぜ?」 「誰が呼ぶか、ばか……」  ヴィックはぶすっとした顔で答えると、軽くため息をついた。

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