魔童貞殺し

読了目安時間:8分

エピソード:33 / 34

まじない

 ヴィックは夢を見ていた。  森の中で目覚めた「夢の中での彼」は、毛布代わりにしていたマントをはねのける。すると、丸めた羊皮紙が転がり出て来た。 (ああ。なんだ、夢か)  夢を見ている最中であるにもかかわらず、ヴィックは今見ているものが夢である事を確信していた。事実、サラと共に旅に出てから彼は何度も同じ夢を見ており、その後の展開も分かる。  (これまで同様に)丸めた羊皮紙を広げると、それはサラの置手紙であり、それには、彼女は自分一人で行く事と、ヴィックへの別れの言葉が(つづ)られていた。慌てて周囲を見渡すもサラの姿は無く、彼女の荷物も、そして栗毛の軍馬も消え失せている。ヴィックは急いで青毛の軍馬に乗った。  それを走らせ、森から出て行くところで目が覚め(かたわ)らにサラの姿があるのを確認して安堵する、というのがこの夢を見た時の「いつものお決まり」なのだが、どうやら今回の展開は少し違うようだった。  馬に乗ろうとしたところで夢の中のヴィックは何かに気付いたらしく、後ろを振り向く。すると、木々をかき分け、頭巾をすっぽりと被った、黒いマントの人影が姿を現した。 「サラか?」  ヴィックが問うと、黒マントは頭巾を後ろに下して顔をあらわにする。それはヴィックにとって知らない顔ではなく、彼は思わずその名を口にした。 「アレッサ!」  愛称で呼ばれた彼女は、ヴィックを睨みつけながら言う。 「あんたは、わたしをその名で呼ぶには相応(ふさわ)しくないんでしょう?」  そう言うとアレッサはマントをはだけ、矢を装填した(いしゆみ)をヴィックに向ける。 「さよなら、ヴィック――」  憐れむように言いながら、彼女は(いしゆみ)の引き金を引く。ばん、という乾いた音がしたのと同時に、矢がヴィック目がけて放たれた。 「よせ!」  叫びながら、ヴィックは上半身を起こす。 「……そうか、夢だったんだ」  独り言ちながら彼は周りを見る。言うまでもなくここは先ほど見た夢の森などではなく、<(あか)(わし)亭>の客室のベッドの上であり、さらに自分の隣で寝巻を着たサラが寝息を立てている事を確認するも、ある事に気づく。昨晩、(むつ)み合った後、サラはすぐに眠ったため、今のヴィック同様、全裸のままだったはずなのだが。 (まあ、途中で目が覚めて、その時にでも着たんだろう)  そう結論付けたヴィックは、室内が明るい事に今更ながら気付き、窓を見やる。するとそれは寝る前に閉めたはずが、開いているの気付いた。恐らくは、寝巻きを着た後、サラが開けたのだろう。そしてそのまま二度寝に入ったのだと思われる。 (おれも、服を着るとするか)  ヴィックはベッドから出ると、下穿(したば)きを着け、さらに股引(ももひき)に脚を通す。そして、シャツを着ながらぼんやりと考え事をする。それは昨夜、サラが言った事で、彼女は自分の「ある事」をヴィックに知られ、それによって嫌われ、去られる事をひどく恐れていた。その「ある事」が何なのか、全く見当がつかず、夕べはサラが寝入った後もそれについてあれこれと考え込んでしまったほどである(おかげでなかなか寝付けなかったのだが)。  「ある事」について気にはなるが、考えて分かるわけでなし、と彼は別の事に目を向けることにした。 (それにしても、彼女もおれ同様、一人置き去りにされる事を恐れていたとはな……)  目覚める前に見た夢を反芻しながら、ヴィックは再度考え事をはじめる。あの夢の最後の部分は、昨日のアレッサに対しての罪悪感から来るものだろう。そしてアレッサと言えば、思えば彼女に三行半を突きつけられて以来、裏切られる事を異様に恐れるようになった気がする。何度も見た「サラに去られる夢」は、その恐れからくるものだろう。 (しかし……)  ヴィックにとって意外だったのは、サラがそこまで自分に異存していたという事だった。 (おれなんかより強くて、外見も内面もできた奴なんざ探せばいくらでも……)  自虐的に考えかけた彼だったが、途中でそれをぴたりと止める。 (いや、違うな)  そうだ、と彼は思った。相応しい相手などいくらでも探せるだろうに、それでもサラはおれなんかにこだわってくれている。なればこそ、彼女を大切にして、二度と不安な気持ちになんかさせてはいけないのだ。そう考え直したヴィックは、眠っているであろう背後の彼女に、背中越しに謝罪する。 「ごめんな、サラ」 「いいんだよ、気にしなくても……って、夕べお互いに水に流したじゃないか?」  背後から声をかけられ、ヴィックはぎょっとして後ろを振り向く。すると、すでに目を覚まし、ベッドの上であぐらをかいたサラがこちらに笑みを向けていた。 「起きてたのか?」 「つい、さっきだけどね」 「そうか。起こしたのだったら済まなかった」 「また、そうやってすぐに謝るんだから……」  サラはくすりと笑うと、ベッドから出る。 「それより、あたしも着替えるとしようかねえ」  そう言いながら彼女が寝巻きの裾に手をかけるのを目にしたヴィックは、慌てて顔を背ける。それを見たサラは苦笑して言った。 「何さ、照れちゃって? あたしの裸なら何度も見てるくせにさ」 「だからって、着替えるのを見るのはさすがに失礼だろう。『親しき中にも礼儀あり』って言うし」 「やっぱり、あんたって誠実だよね?」  感想を述べるとサラは着替え始めたようで、そっぽを向いたヴィックの耳に、衣擦れの音が聞こえて来る。しばらくするとその音は止み、代わりにサラが呼び掛けてきた。 「もう、こっち向いても大丈夫だよ?」  言われたとおりにヴィックが振り向くと、彼女はいつも通りの姿――と言っても、帽子とマント、手袋と剣帯は外したままだが――になっており、ベッドに腰掛けた彼の元に、つかつかと歩いて来た。 「ねえ、ヴィック」  彼の前に立つと、サラは言う。 「悪いんだけど、服を脱いでくれないかい?」 「えっ!?」  思わずヴィックは目を丸くした。 「朝っぱらから、そんな事するつもりなのか?」 「変な誤解すんじゃないよ……」  彼女は、ため息をついてから言う。 「戦いの準備をするのさ。とりあえずそのシャツを脱いで、胸を出しとくれよ」  サラに言われたヴィックは一体何をするつもりなんだ、と戸惑いつつも言われたとおり、ベッドに腰掛けたまま上半身裸になる。 「座ったままでいてくれるかい?」  立ち上がろうとした彼にそう言いながら、彼女は壁のマント掛けに吊るしてある自分の剣帯に歩み寄ると、剣の鞘の逆側に下げてある、小さい鞘から短剣を抜き、ベッドに腰掛けるヴィックの前に立つ。すると突然サラは右手に持った抜き身の短剣で、自分の左手の人差し指の先を軽く斬った。 「サラ!」    何をするんだ、と言いかけるヴィックを制し、彼女は自ら傷つけた人差し指をヴィックの左胸に当て、さらにそこに、自分の血で何か紋様とも文字ともとれる印を描く。そして何やら異国語のようでもあり、はたまた呪文のようでもある「理解しがたい言葉」をぼそぼそとつぶやいた。すると、血で描かれた紋様は赤く光り、次の瞬間、その輝きが失せると同時に、まるで最初から何も無かったかのように見えなくなってしまう。 「消えた……?」  紋様が描かれていたはずの場所をまじまじと見つめるヴィックに、サラは答える。 「消えちゃいないさ」  彼女は、手布を人差し指の傷に押し当てながら言った。 「日の光に当ててよく見てごらん」  ヴィックが言われたとおりにすると、確かにうっすらと輝いている紋様が確認できる。それは、どことなく炎を連想させるような形状であった。 「これは何なんだい?」  ヴィックの問いにサラは答える。 「それは『(ほむら)護符(ごふ)』さ。あんたを『不滅の炎』から守るためのもんさね」 「『不滅の炎』って……」  ヴィックが問いかけた時。部屋の扉が勢いよく開き、バルトロが入って来た。 「おいヴィッキー、いつまでぐうたら寝てやがる。そろそろ昼だってのに――」  そこまで言いかけた所でバルトロは怒鳴るのを止め、口をあんぐりと開ける。丸くなった彼の目は、上半身裸のヴィックとその前に立つサラの姿をまじまじと見つめていた。 「す、すまねえ。邪魔をしちまった」 「待ってくれよ――」  慌てて出て行こうとしたバルトロを、ヴィックは呼び止める。 「そりゃ誤解だ。これから敵の本拠地に乗り込むって時に、そんな事するもんか」 「そ、そうか」 「それより親爺(おや)っさん」  ヴィックはシャツを着ながら、バルトロに問いかけた。 「もう、昼前だって?」 「ああ、そうだ」  バルトロはため息を一つつくと、まったく寝坊助(ねぼすけ)どもが、とつぶやく。 「ああ、ごめんよ?」  きまり悪げに頬を搔きながら、サラが言う。 「いや、その、さ。あたしゃ朝に目を覚ましたんだけどねえ。あんたの気持ち良さげな寝顔見てたらこう、眠気がうつっちまって、ついつい二度寝をねえ……」  サラの言葉を聞いたバルトロは呆れたようにかぶりを振ると、仏頂面で言った。 「それはそうと、ドロの野郎がやって来てるぜ」 「ドロテオが?」  ヴィックは目を丸くする。 「早いな。たしか夕べは、昼過ぎに来ると言ってたんだけどなあ」 「さあな、暇だったんじゃねえか。昼飯はまだだと言ってたから、一緒に食っちゃどうだ。ま、お前さんらにとっちゃ朝飯だろうがな。で、どうする? 食うならすぐに用意するが」 「じゃあ、悪いけど頼むよ」  ヴィックが答えると、バルトロは、はいよとだけ答えてから、彼らの部屋を後にした。

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