宝玉の煌は復讐の彩

読了目安時間:5分

本編

序章:若いアンバーは面を欠く

「あんたなんか産まんかったら良かったわ」 その言葉がいつまでも琥珀の脳を支配していた。 琥珀の生まれた瀧華家は京都に大きな屋敷を構える由緒正しい華道の名家だ。もっとも、あくまでそれは表向きの話だが。瀧華は表向き華道の家ではあるが裏では暗殺を家業としていて、その方面でも“由緒正しい”暗殺一家だった。国家からの極秘依頼も受けるが、国の重鎮を暗殺する依頼も遠慮なくこなす。そんな国公認の、しかし秘匿された独立組織として繁栄してきた一族なのだ。 そんな家の長男に生まれてしまったものだから、琥珀は幼少期から華道も暗殺術もみっちりと仕込まれた。華道に関しては大人も参加するコンクールで賞を取れるほどの実力だったが、暗殺にまつわる体術や技術は恐ろしい程身につかなかった。 「もう八歳やっていうのに、琥珀は技術が身につかんなぁ。大丈夫やろか」 そう訝しげに琥珀の母親である玻璃は言った。母の期待に応えようと琥珀は懸命に努力を重ねたが、どうも上達する兆しは見えなかった。それに、琥珀の二歳年下の弟である翡翠は、こと華道の実力に関しては二年前の琥珀の足元にも及ばなかったが、他方でもう既に体術に至っては現在の琥珀と肩を並べている。もしかしたら琥珀よりも翡翠の方が優れているかもしれないくらいだった。 歳を重ねていくうちに、次第に琥珀よりも翡翠へと家族の期待が向くようになった。そう、出来の悪い長男よりも未来ある次男の方が大人は可愛かったのだ。もちろん琥珀はそんな大人の心情をひしひしと感じていた。 琥珀が十歳になる頃には翡翠との差は大きく開いていた。技術においても、家庭での扱いにおいても。家の中では華道だけが取り柄となっていた琥珀は、体術に長けた翡翠と常に比べられ、実の母親にも虐げられる生活を送っていた。 「なんであんたみたいなんが瀧華家の長男に生まれてきたんやろうな、このお荷物が」 琥珀にとって玻璃に殴られたり蹴られたりする程度は日常茶飯事で、酷い時には体術の訓練で玻璃に殺されかけた事もある。面と向かって罵詈雑言を浴びせられることにももう慣れてしまいそうな程だった。 「ほんま、あんたなんか産まんかったら良かったわ」 吐き捨てられた玻璃の言葉は、幼かった琥珀の心を支配した。次第に琥珀自身が「自分など生まれなければ良かった」と思うようになるくらい、実母からのその言葉は力を持っていた。 狭い世界に生きる琥珀にとって、母親というのは最も近い一番の権力者だった。その玻璃に「産まなければ良かった」と言われてしまえば、琥珀には生まれたことを後悔する以外に選択肢を与えられなかったも同然だった。 玻璃に認められることが琥珀が瀧華で生きていく為に必要なことだと思っていたのに、玻璃は琥珀よりも翡翠のことが大事で、琥珀は一切見向きもされなかった。 「琥珀くん、こんな簡単な事でつまづいてるん?弟の僕でもできんのに」 ケラケラと琥珀を嘲笑いながら冷たい目で翡翠が言う。幼い子供というのは時に無邪気に人を傷つける。もしかしたら母親のしていることを真似しているだけなのかもしれなかった。母親が虐げるような兄に敬意など払う必要がないと、嘲っても構わないと、翡翠は幼いながらに認識したのだろう。玻璃のように物理的な暴力こそ振るわなかったが、冷たい目線と鋭い言葉で翡翠は琥珀を追い込んでいった。翡翠は“出来の悪い兄”の琥珀を心の底から馬鹿にしていた。 「琥珀くんはお花を生ける事以外なんにも取り柄ないもんね?」 残酷な翡翠の言葉が琥珀の胸を切り刻む。琥珀は母親とも弟ともまともに会話した記憶は残っていなかった。記憶にある琥珀に投げかけられた全てが嘲り、見下し、軽蔑したような酷な言葉だった。 琥珀も最初のうちは玻璃や翡翠から救ってほしいと助けを求めていた。しかし父も祖父も誰も助けてくれない事などしばらくすればわかった。 当主だった祖父の蒼玉は出来の悪い琥珀を嫌っていた。翡翠や玻璃程あからさまではなかったが、時折嫌味を言われた。父の珊瑚は玻璃の機嫌を取るのに精一杯で、琥珀の叫びを無視し続けていた。それどころか——玻璃に脅されてか珊瑚自身の意思かは琥珀には知る由もなかったが——次第に琥珀を居ないものとして扱うようにすらなっていった。それでも時々玻璃も翡翠も誰もいない、珊瑚と琥珀二人きりになった時だけに小さく「ごめん」と呟かれたから、琥珀は珊瑚に縋りたくなってしまったのだ。珊瑚が玻璃や翡翠から助けてくれるはずなんてないのに。 結局玻璃や翡翠がいれば珊瑚はいくら琥珀が「お父さん」と呼んでも表情一つ変えず無視するだけだった。琥珀にとってそれが堪らなく辛かった。味方だと思っていた人に裏切られるというのは、元々敵だと認識していた人に攻撃されるよりも辛いのだとそのとき琥珀は知った。 それでも琥珀の世界は瀧華の中だけにしかなかった。どれだけ怪我をさせられても、どれだけ罵られても、どれだけ無視されても、家の中に居場所がなくても、琥珀の世界は瀧華の家しか無かった。琥珀には他に選択肢を提示してくれるような存在は居なかった。 だから琥珀は必死に瀧華の家に居続ける為に血の滲むような努力を続けた。華道の腕前だけは努力すればその分伸びていく。他方で体術もじわじわと伸びてはいたものの、翡翠に追いつく事は到底不可能だろうと琥珀本人ですら思っていた。それでも琥珀は日々の鍛錬だけは欠かさなかった。努力までしなくなれば、いよいよ瀧華に琥珀の存在価値はなくなってしまうと幼心にわかっていたからだった。ただでさえ琥珀は「生まれなければ良かった」のだから。 琥珀は玻璃の言葉に呪われたまま空虚な二年を過ごした。家族にとって自分よりも“大切”な弟の影に隠れ、独り花と向き合っていた。

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