涙ハラハラ

読了目安時間:1分

エピソード:1 / 3

松風寿三郎

「お久しぶりです。教授」 「やぁ、ええと…………」 「今村ナオです。8年前の先生のゼミでお世話になりました」 「8年前……そうか、あの学年の生徒か。いや、すぐに思い出せなくて失礼した」 「いえ、目立たない学生でしたから。この度はご退官おめでとうございます」 「ありがとう」 「本日は受付担当させていただきます。どうぞよろしくお願いします」 「お世話かけるね。よろしく」  そう言って、松風寿三郎は、宴会場の方へ入っていく。私は引き攣った笑顔のまま固まった表情筋を、両手でほぐす。 「先輩、大丈夫ですか?」  心配そうな顔で覗き込んでくる白川カナデ。この子は松風退官前の、最後の教え子だ。一緒に受付担当となった。 「え? 何が?」 「松風先生と話すの、やっぱり緊張しますよね。私も結局最後まで目を見て話せませんでしたから」 「ああ、そうだよね。ごめんね、ありがとう。もう大丈夫だよ。さ、仕事しよか!」 「ハイ!」  緊張しているのか? こんな若い子に見透かされるようではダメだ。しっかりしなくちゃ。  卒業して出版社に勤め出し、週刊誌を扱う部署に配属された私は、ひょんなことから松風の黒い噂を耳にした。そこには、私の同級生の自殺にまつわる噂も含まれていた。私はデスクに頭を下げその噂を記事にしたいとお願いし、あちこちで裏を取り、そしていよいよ記事になる、その直前で記事は潰された。諦めてくれ、とまだ新人の私に頭を下げたデスクの、悔しそうな顔が忘れられない。  今日、退官パーティがあることを知った私は、友人のツテをたどり、こうやって手伝いの名目でここにやってきた。大学のお歴々や、数多くの卒業生が集まるこの席で、私は松風の今までの悪事を、白日の元に晒すんだ。あの子のためにも。 【続く】

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