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夏を叩く

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夏を叩く

 ドン、と大輪の花が夜空を叩いた。  海岸に程近い通りには、派手な色使いの屋台たちが所狭しと並んでいる。普段の静けさが嘘のような人混みだ。食べ物の香ばしい匂いが漂ってくる。潮の香りは、今日はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。  ドン、ドン、ドン。ざわめきは花火の開花音でぶつぶつと途切れる。世界が一瞬ずつ切り取られているみたいだ。私はその数瞬の間を、ラムネを二本抱えてすり抜ける。下駄が軽やかにアスファルトを打ち鳴らす。からん、ころん。  祭り会場から少し離れたところに、小さな波止場がある。この辺りまで来ると、喧騒はすっかり遠のいて、夜の静けさが肌に沁みる。波止場の先に建つ灯台が、無人の海をぼんやりと照らし続けている。  彼は波止場の先端に座り込んで、私の帰りを待っていた。花火の光がぱっと花開いた瞬間に、海を眺める彼の横顔が闇の中に現れて見えた。 「夏也!」  花火に遮られて聞こえなかったようだ。もう一度、「夏也!」と声を張り上げると、幼馴染はやっとこちらを向いた。手を振る彼のもとに駆け寄る。うっかり躓いて海に落ちないように、浴衣の裾に気を付けながら。  夏也はコンクリートの上に腰を下ろして、海の方にぶらぶらと足を投げ出している。私は浴衣を汚したくないので、立ったままラムネを一本手渡した。 「帆花、ありがと。使いっ走りさせちゃってごめんね」 「いやいや、どう考えても夏也が買いに行くのは無理じゃん」 「それはそうだけど」 「だからいいの。ほら、さっさと飲もう」  そばに置かれていた松葉杖をこつんと下駄でつつくと、夏也は少し困ったような笑顔で、「ありがと」と繰り返した。  夏也の柔い微笑みが好きだ。私はこの笑顔を見るために、幼いころから何かと夏也の世話を焼いた。幼稚園でいじめられっ子だった夏也を庇っていたのも、私だった。夏也は意地悪を言われようが叩かれようが、泣きも喚きもせずに「困ったなぁ」と呟いているだけだった。  夏也はいつもぼんやりとしていて、自己主張が薄い。私はそんな夏也を放っておくことができず、つい構ってしまうのだ。不注意で右足を骨折した夏也が、退院早々に「夏祭りに行こうと思うんだ」と言い出した時も、例によってこうして付き添ってしまったのである。 「ね、夏也」 「ん?」 「足、あとどれくらいで治るの?」 「え? あー、まあ、夏休みが終わる頃までには」 「ふうん、よかったじゃん」 「うん」 「え、なんであんまり嬉しそうじゃないの?」 「うーん……」  ドン、と花火が光る。ちらついた夏也の視線は黒い海を曖昧に彷徨っていた。  しばらく沈黙が続いた後、夏也はラムネを開けた。あたふたと手間取っているうちに、Tシャツに泡が零れる。私はそれを笑いながら、自分のラムネを開けた。 「あーあ、何やってんのよ夏也」 「うう、冷たい……」 「もう、どんくさいんだから」  夏也は、困ったなぁと呟いた。  私は自分のラムネを足元に置いて、巾着袋に入れていたハンカチを取り出し、夏也のTシャツの胸元をはたいた。 「夏也ってばほんと不器用だよね」 「うん……帆香は器用だよね。浴衣も一人で着付けたんでしょ?」 「まあね。うちの親、旅行中でいないし」  夫婦仲が円満な両親は、毎年夏になると北海道やら沖縄やら、ハワイやらラスベガスやらとあちこちに旅行へ出かけて行く。昔は私と姉も付いていったが、私ももう十七歳、親と旅行に行く年でもなくなった。姉はとっくに家を出て、今は職場の寮で一人暮らしをしている。私は一人で数日間を過ごしているというわけだ。  ひゅう、ドン。ドンドン。ぱらぱらぱら。夏也はラムネのせいでベタつく手を持て余して困り果てていた。首筋にじっとりと夏の汗ばみが浮き出ているのが見える。ぽたり、と汗が垂れて、コンクリートに吸い込まれていった。  夏也は毎年、私が家に一人でいる時期があると知っていた。尚且つ、幼馴染の私たちは互いの家に行って、二人きりで課題をしたり暇を潰したりすることもざらにあった。それでも夏也は、決して私に手を出そうとはしなかった。だからこそ夏也と安心して付き合うことができたわけだけれど、物足りなさを覚えたことがないとは、言い切れなかった。  私に魅力がないってわけ? 夏也のくせに、生意気。  心の中で毒を吐くけれど、こんなことは死んでも私から言ったりできない。プライドが許さない。 「夏也ぁ」 「ん?」 「頑張って早く足治してよ、夏休み中にさ。どっか行こうよ」 「うーん……」 「……夏也?」  ひゅうひゅう、ドン、ドン。  夏也の歯切れの悪さに、妙な引っ掛かりを覚える。視線を送るが、夏也はいまだ夜の海を見つめていて、目が合うことはなかった。 「あのさ、帆香。ちょっと聞いてほしいんだけど」  カラン、とラムネ瓶の中のビー玉が固い音を立てる。 「僕ね、好きな人ができたんだ」  ドン、と大輪の花が夜空をぶった。  私の心臓の柔らかいところも叩かれた。不意を突かれた臓器は一瞬で破裂した。そんな錯覚を覚えた。 「入院先の病院の看護師さん。すごく優しくしてくれて、親身になってくれたんだ。そりゃあ、仕事だから当たり前なんだろうけど。それはわかってるんだけど、でも、好きになっちゃった」  うるさい破裂音が遠のいていって、私の耳には夏也の言葉だけがはっきりと聞こえていた。  本音を言うと、聞きたくない。でも、唐突な告白が受け入れられなくて、裏切られた心地がして、悔しくて堪らなくて、変に強がって話の続きを促してしまった。自分の首を絞めることになると、わかっているのに。 「ふうん。それで、どんな人なの?」  夏也は少し口ごもりながらも、嬉しそうに話し始めた。 「えっとね……すごく素敵な人なんだ。黒髪のショートカットで、看護師の白い服が似合う雰囲気で。笑う時、唇の端を少しだけ上げて控えめに笑うんだけど、目はぎゅっと細められてるの。そういうところが、好きなんだ」  私の頭の中に、黒髪ショートで白い服の似合う、控えめで男を立てるタイプの女が現れた。私はその女の頬を張った。 「僕はまだ高校生で、あの人は社会人だから、難しいのはわかってる。でも、こんなに好きになっちゃったのは初めてなんだ。できれば気持ちを伝えたいなって思う。帆香は、どう思う?」  照れているのか、夏也は海の方を眺めたまま話し続けた。耳の端が紅潮して見えるのは、花火の光のせいではないと思う。  こんな夏也を見たのは初めてだった。私が知っている夏也は、いつも自己主張が薄くて、いつも困ったような顔で笑って受け流している、そういう奴だった。私が面倒を見てあげないといけない、庇護する対象。 「何やってんのよ夏也」  いつものお決まりの台詞と共に、私は大げさに溜息をついた。私が夏也の世話を焼く時に吐いていた口癖。 「相手にされるわけないからやめときなって。向こうも患者に好意持たれたても迷惑でしょ」  夏也と視線が交わった。振り向いた夏也は――少し困った顔で、笑っていた。  困った夏也を救ってあげるのが、私。そのはずだった。  ドン。  大輪の花が夜空を叩いた。  私の手は夏也の背中を押していた。  夏也が波止場の先端から落ちていく。ラムネ瓶が宙を舞う。Tシャツが白旗のように翻る。伸ばされた夏也の手を、私は掴まなかった。落下していく一瞬の間、私と夏也の視線は結ばれていた。見開いた夏也の瞳の中で、大輪の花が破裂する。  ドン、ドンドンドン、ドン。  ばしゃん、と水飛沫が音を立てた、気がした。花火の音にかき消されてよく聞こえなかった。  もがいたり、叫んだりだりする声は一切聞こえなかった。私が見下ろす先には、ただ黒い海が物々しく波打っている。  ぱらぱらぱらぱら。  一瞬の満開を迎えた後、花火はすぐさま散っていった。明かりの残り滓が消えゆくその時、コンクリートの上に置いていかれた松葉杖が照らされた。  私はそれを見て、やっと自分が何をしたのか気づいた。

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