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機械仕掛けのレクイエム

【ロボット工学三原則】 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。 また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、 自己をまもらなければならない。 (出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾(おび)芙佐(ふさ)訳、早川書房) ―――――――――――――――――――――  暗い裏路地に悲鳴が響き渡った。  絶望的な恐怖を帯びた悲痛な叫び。  急迫した生命の危機が、悲鳴の主に及んでいる事は明らかだった。  該当する地点は、表通りから離れた廃ビル跡地。そこにロボットの反応が一体。周りに人間の反応が五人。  ロボットが暴走し、人間を襲っているようだ。救いに駆けつけた人達も、ロボットの防御力攻撃力には歯が立たないらしい。  彼は一瞬で状況を読み取ると、最速で現地に向かった。 「ほら、逃げ回れよコラ。どうせお前は逃げられねぇんだ。もっと泣き叫んで楽しませろよ」  男の声が聞こえると同時に、その声をかき消すような女の悲鳴。  彼が現場に到着した時、哀れな被害者は服を切り裂かれ身体のあちこちに傷を負った姿で塀際に追い詰められていた。  その光景に、彼は違和感を感じた。  一体のロボットが、女性をいたぶっている。そんな光景だ。  ロボットの腕には強力無比なマニピュレーター。人間の身体などあっという間に握り潰すことが出来るだろう。足部の形状からして、ホバリングによる高速機動性能を有している事も明らかであった。一方的な虐待の現場である。  悲鳴を上げているその女性は、まだ少女と言っていい年齢に見えた。ロボットと共にその少女を取り囲んでいるのは大柄で力強そうな男性四人――。しかし、その四人が少女を助ける気配はない。  いくら屈強な男性であっても、強力なロボットに立ち向かう事など出来ず、彼女を救いたくても救えない状況――。だが彼の判断は違った。 「さぁて、そろそろクライマックスと行こうか」  そう言って一歩前に出たスキンヘッドの男。その視線はぎらついて、少女の肢体を睨め付けている。  この男達こそが、ロボットを使って少女を嬲りものにしようとする元凶だったのか。  それにしても不自然だった。いかにロボットが命令に忠実であるとは言え、【人間に危害を加えてはならない】という第一原則は、【与えられた命令に服従しなければならない】という第二原則に優越する筈だ。  だとするなら、彼らの使うロボットは、ロボット工学三原則のうち最も重要な第一原則を組み込まれていない、つまり違法に製造されたものだという事になる。  彼は、今まさに凶行が行われようとしている廃ビル跡地に、一歩足を踏み入れた。  彼の名はPAB―521。警察所属の人型ロボットである。ロボットである彼に、事件の被疑者を捕まえる事は出来ない。逮捕する事自体が【人間に危害を加えてはならない】という第一原則に反するからだ。  だが、それでも彼はさらに歩を進めた。凶暴なロボットの排除。生贄に捧げられようとしている少女の救出。第一原則では、人間に迫る危機を看過する事も禁じられている。  しかし、彼がこの事態に介入しようとしている理由は違った。 「いよお、お巡りさんじゃねえか。お巡りさんが俺たちに何の用だ?」  彼の方に首を回し、そう声をかけたのは凶暴なフレームをむき出しにした大型ロボットだ。彼――PAB―521はもう一度確認するようにその巨体を眺めると、頭を下げた。 「いえ、あなた方への用向きは特にありません」  彼はいつも人間に対してそうするように、丁寧な言葉で言った。  そう。警察のデータベースから拾い出された情報によれば、少女を襲っていた男達は、全て人間だったのだ。その強力なフレームを持つ大型の機体も含めて。  彼――PAB―521と、哀れな少女のみが、その場に存在する「ロボット」だった。  その少女は、そこにいる誰よりも人間に見えた。夜目にも美しいブロンド。透き通るような青い瞳。引き裂けた服から覗く素肌は白く、痛々しく走る傷口と、流れる血の赤さを際立たせていた。  しかし、どんなに人間に見えようとも、彼女がロボットであることは間違いなかった。 「だったらとっとと仕事に戻んなよ。ここでは犯罪なんか起きてねえんだよ」 「お前らロボットお巡りの仕事は、困ってる人間様を助ける事だ。人間様の楽しみを邪魔する事じゃねえ」  男たちの言葉が正しい事は、彼のAIも認識していた。そもそもロボットには、犯罪者であっても人間を逮捕する権限は与えられていない。どんな理由があっても、第一原則に反する事は許されていないのだ。  それでも彼の歩みが止まらなかったのは、彼のAIが、また別の結論を出していたからだ。  人間が、自らの所有物である少女型のロボットを破壊する。ただそれだけの事だ。醜悪な趣味である事は間違いない。だがあくまでそれだけの事であり、犯罪性はない。だが、彼のAIはこの事態への介入を決定していた。  彼のAIには、殉職した警察官の思考パターンが組み込まれていた。基本アルゴリズムの一部は、その正義感あふれる有能な警察官のパーソナリティそのものであった。  彼がこの事態を放っておけないのは、AIの中のその部分、言うなれば彼の正義感とも呼べる部分が強く働いだのだろう。  男たちに対してできる事は何もない。だが彼女を、あの可愛そうなロボットを守り、助ける事は出来るはずだ。  それはあまりにも無意味な、不合理な判断に見えた。もしその判断に理由をつけるとすれば、現状、彼女の型番が不明であった事だろう。  通常、全てのロボットは、オーダーメイドも含めて全ての機種に型番や製造番号が付与されている。それがないという事は、違法に作られたロボットである可能性が高いという事だ。 「おい、お巡り! お前どういうつもりだ!」  大型のロボットフレームをそびやかしながら威嚇的に叫ぶ男の声。しかし彼――PAB―521はその言葉が耳に入らないかのように、少女型ロボットへ歩み寄っていった。 「あのロボットは、違法に製造された疑いがあります。もしそうであるのなら、三原則を組み込まれていない可能性があり、あなた方人間に危害を及ぼす恐れがあります。私は、市民の安全確保のため、当該ロボットを回収しなければなりません」  平静な口調でゆっくりと言いながら、彼はむしろその歩速を上げた。男たちが黙って彼の行動を見逃す筈がないという事もわかりきっていた。  彼のすぐ目の前の足元を、レーザーの光が焼いた。  発射したのは男たちのうちの一人。ロボットフレームの男ではない。 「邪魔すんなって言ってんだろ。これ以上あの人形に近づいたら、今度は外さねえぞ」  そう言った金髪の男。その顔は、既に人間の顔である事をやめていた。  左眼のあるべき場所から、望遠レンズのようなものが突き出していた。  そして彼に向けてまっすぐに伸ばされた左手。  その手のひら中央部から顔を出している口径5センチ程の砲口が、彼に狙いを付けていた。その砲口にもレンズが輝いている。先程撃たれたレーザーはここから発射されたものだろう。  続けて他の男たちの身体にも変化が生じた。  金髪の男のように左眼がカメラレンズになり、腕から電磁パルスを発生させる者、レーザートーチによる刃を発生させる者、腕から電磁鞭を伸ばす者……。  ロボットフレームの男は各所に搭載されたガトリングガンやミサイルランチャーをスタンバイさせている。  生身に見えていた男たちも、その身体の99.9%が機械であった。 「お巡りよぉ。わかってんだろ? 俺達のボディはそこらの人間とは違うって事だ。一介のお巡りロボが敵う相手じゃねえんだよ!」  スキンヘッドの男が右半分の顔でニヤニヤ笑う。その右半分でさえも、一皮剥けば機械の塊なのだ。  サイボーグ手術。  病気や怪我などで欠損した肉体を補完する義肢。その技術は飛躍的に発展し、今や代替えの効かない部分は、わずか十数グラムの中枢神経細胞のみであった。  そして、その十数グラムのあるなしが、人間とロボットを分ける境界線となっていたのである。 「市民の安全確保だぁ? こんな人形にそんな力があるわけねえだろ」 「それとも何か? 俺達がよちよち歩きの赤ん坊だとでも言いてえのか?」  男たちのその声を無視し、彼は少女をかばうように間に入った。絶え間なく続く男たちの威嚇攻撃も、彼を止める事は出来なかった。当てる気がない事はわかりきっていたからだ。特段の理由がない限り、警察ロボットへの攻撃は重罪である。  それにしても男たちに搭載されている武装は、明らかに常軌を逸していた。無論、ある程度の武装は銃の携帯と同様に認められている。だが彼らの武装は強力に過ぎた。彼らが本気で争えば、それは局地戦の様相を呈するだろう。  彼らが金に飽かせて自らを強力に改造している事は明白だった。  年老いた大金持ちが、最初は義肢として次々と身体をサイボーグ体と交換していき、強力にカスタマイズしていくのはよくある事だ。若くて強力な肉体への回帰願望が、不必要なまでの武装化につながる事も珍しくない。  そして、その大富豪の子弟が、自らの超人願望を満たすために高性能なサイボーグ体を手に入れるケースも増えてきていた。この場合、その幼いメンタリティから、見た目にも強力で威嚇的なロボットフレームが用いられる事も少なくない。  つまり、今ここで展開されているのは、大金持ちが、所有する少女型のロボットを虐待して破壊する、醜悪な趣味の現場というわけだった。 「とっとと消えろ。これは命令だ!」  ロボットフレームが金切り声を出した。  第二原則【与えられた命令に服従しなければならない】。彼がロボットである以上、その命令には従わねばならなかった。  しかし彼のAIは、その命令への服従を選ばなかった。それは、警察ロボットとしての任務――つまり第二原則の中において最も優先されるべき【命令】があったからだ。  犯罪に対する情報収集と証拠の確保。  彼は、人間である男たちに危害を加えぬ範囲で、その任務を遂行しなければならなかった。  無論、男たちがどれほど高性能なフレームを用いても問題はない。だが、過度な武装は法律で禁じられている。  そして、その少女型ロボット。  型番も製品番号も付与されていない謎のロボット。彼女の出自に違法性があるのではないか。  逃げる事もせず、ただ震えている少女型ロボットをスキャンした彼の分析結果は、予測されたパターンの中で最悪のものと言えた。  体組成の95%が、人間と一致。  再生医療技術をもとに発展した人体の培養技術。彼女の身体はその培養された体細胞で作られていた。唯一、その頭脳のみを除いて。  頭部に収まっている高性能AI。それ以外は全て人間であると言えた。ハイシリコン製の人工皮膚を備えた【完全人間型】のロボットは数多く作られていたが、ここまで人間そのもののロボットは彼も見た事がなかった。  いや、ロボットと言ってよいものなのか。  彼女の肌も、眼も口も鼻も、筋肉も骨も内臓も。そのすべてが「人体」なのだ。  それでも、AIを搭載し、電子頭脳で動く彼女は、ロボットなのであった。  無論、彼女のような存在は違法である。人間が自らの欲望を満たすため、金を積んで作らせた存在。機械を用いず、人体そのものの肉体を持つロボットの製造目的が、通常の用途ではない事も明らかだ。  違法な武装の搭載。そして違法ロボットの所持。  この少女型ロボットそのものが、犯罪立証の有力な証拠である。彼としては、何としても彼女を守り切らねばならなかった。 「このロボットを押収致します。重要な証拠物件ですので、ご協力を……」  彼の言葉は異音に遮られた。  金髪の男が撃ったレーザーが、彼の右肩口に命中したのだ。響いた異音は、レーザーによって彼の右肩が大きく破損した音だった。 「次は外さねえぞ、サツのロボットが……!」  金髪の声は、居直った物の冷静さがにじんでいた。 「お、おい、じいちゃん! サツを攻撃すんのはまずいんじゃねえの?」  ロボットフレームが慌てた声を出した。警察ロボットへの攻撃は、警官の武器を奪うのと同様、重罪である。 「おたつくんじゃねえ! 俺達は狂って暴れ出した警察のロボットから身を護るために、やむなく破壊したんだ。コイツの電子頭脳を破壊しちまえば経緯はわからねえ。そうすりゃあもみ消すのは簡単だ。お前ら、このお巡りロボット野郎を逃がすんじゃねえぞ!」  男たちがそれぞれの武器を構え、彼を取り囲むように移動した。  人間。ロボット。  圧倒的な立場の差。  この二者を分ける物は一体何なのだろう。  彼を取り囲む男たちは人間だ。身体の中にある【人間の部分】が、十数グラムの神経細胞だけであろうと人間だ。  そして彼女は。  頭脳の中枢こそ電子部品で構成されているものの、その他の部分は人間そのものなのだ。  一体、どちらが人間だと言えるのか。  だが彼にはそんな疑問を抱く機能は持たされていない。動かなくなった右腕の状態をモニターし、この状況をどうやって切り抜け、証拠である少女ロボットを署へ持ち帰るか、様々な方法をシミュレートしていた。  だが、状況は絶望的であった。 「そっか。それならあいつ、やっちゃっていいんだな? じいちゃん。俺の力でポリ公ロボット潰しちゃっていいんだな?」  ロボフレームが彼に向けて機動を開始する。彼は逃げるように走り出した。 「逃げんじゃねえぞコラ!」  男たちが彼を追う。火器を使わないのは、ロボフレームが彼を捕らえ、その強大なパワーで掴み潰す楽しみを与えるためか。  ロボフレームは足部のスラスターノズルを作動させ、その身体を僅かに浮遊させた。そして一気に加速をかけ、彼に肉薄する。あっという間に彼を追い抜き、振り返ってその強力なアームを広げた。  トップスピードで走っている彼が、そのアームから逃れる事は既に不可能なタイミングだ。 「ほおら、捕まえ……っ!?」  勝ち誇って彼に掴みかかったロボフレームの目の前で、彼――警察ロボPAB―521が、消えた。  イサム・ハヤミが目覚めた時、彼は全ての状況を把握していた。PAB―521が蓄積しているデータはイサムにとっては自身の記憶と等質なのだ。  目前に迫る大型のロボフレーム。違法装備を満載したサイボーグだ。その強力なアームに掴まれれば、いかにイサムが強力なロボットの体を持っているとはいえただでは済むまい。  だがイサムの脳裏には一抹の焦りもない。  その0.5秒後、イサムはロボフレームの背後に回り込み、その首に左腕を巻きつけていた。当のロボフレームには、イサムの身体が掻き消えたようにしか見えなかっただろう。  イサム・ハヤミ。それがこの、警察ロボPAB―521に装備された【緊急発動システム】そのものである。  正義感溢れる有能な警察官だったイサムは殉職後、その思考アルゴリズムが警察ロボットのAIに追加された。  だが、それだけではなかった。  イサムの中枢神経そのものを組み込んだ【緊急発動システム】。  警察ロボPAB―521は、【緊急発動システム】を搭載した唯一の存在であった。  ロボフレームが消えたイサムを探そうとした時にはもう、その身体は動かない鉄の塊と化していた。声を出すこともできず、ゆっくりと傾いていくロボフレーム。  駆け寄ってきた男たちが見ている前で、ロボフレームが盛大な音を立てて倒れた。 「てめえ……。今、そいつに何をした……」  金髪が一歩前に進み出て言った。 「俺の大事な孫に何をしたって聞いてんだ!」 「……このフレームの出力は違法だな。それにあんたらの武装もだ。警察ロボットの腕を一発でおしゃかにするような威力は、善良な市民には必要ないだろう?」  金髪の激高した声を無視し、イサムは平然と男たちを見回した。その口調はそれまでの警察ロボPAB―521のそれとは明らかに異なっていた。 「だからお前ら全員を逮捕する。安心しろ。脳神経の維持装置は生かしておいてやる」  男たちに戦慄が走った。この警察ロボットは尋常ではない。人間に歯向かい、危害を加えているではないか。ロボット工学三原則の中でも最も重要な第一原則を、平気で無視できるロボットなのだ。 「人間に逆らいやがって……! 俺達がスクラップにしてやるよ、この……狂ったロボット野郎が!」  スキンヘッドは自らを奮い立たせるように怒鳴ると、猛然と走り出した。両手に備えたレーザートーチに光刃を形成し、一気にイサムとの距離を詰める。  明確な殺意を込めて水平に振るわれる光刃。その長さは急速に伸び、広範囲を一気に薙ぎ払った。逃れる術などない、スキンヘッドの必殺攻撃であった。  しかし、その必殺の攻撃は空を切った。再び掻き消えたイサム。その左腕が、スキンヘッドの首に巻き付いていた。 「狂ったロボット……? 違うな」  イサムの声が静かに響く。巻き付けた左腕の先で、人差し指に長い針が形成された。その先端に散る青い火花は電磁スパークだ。 「俺は、人間だよ。お前たちと同じ……な」  イサムはゆっくりと、その針をスキンヘッドの首に刺し込んでいった。パシッ、と乾いた軽い音。同時にスキンヘッドのボディが硬直した。  スキンヘッドの首に刺し込まれた針が、そのボディを制御するシステムを焼いたのである。体内のシステム配置を正確に走査(スキャン)し、その部分だけを適確に焼く。その最小限にして精緻な攻撃も、【緊急発動システム】の持つ能力の一つだった。 「人間だと……?」  スキンヘッドのボディを振り捨てて、彼ら三人に歩み寄って来るイサムを見て、金髪はじりじりと後ずさりしながら腕に仕込まれたレーザー砲を向けた。 「そうだ。人間だ。だから、お前たちを逮捕する事もできる。当てが外れたな」 「なら……殺してやるよ。てめえの頭脳を焼いちまえばそれで終わりだろうが!」  金髪のレーザーが発射された。イサムはさっと身をかわすと、右から近づいて来ていた男に駆け寄った。拳に電磁パルスを纏わせた男はその両腕でイサムを捕えようと向かってきた。イサムの背後で、電磁ムチの男がイサムの足を絡め捕ろうとそのムチを振った。金髪のレーザー砲が、援護するようにイサムの周囲に弾幕を張った。さしものイサムも避けようのない連携攻撃だった。  異音。  そして二つの破壊音。  一瞬の間に、耳をつんざくような三つの音が響いた。  イサムの右腕が地面に落ちた。  そして、男の苦悶の声が響いた。  苦悶の声を上げているのは、拳に電磁パルスを纏わせていた男。だがその両腕はぶらんと垂れ下がり、拳からは異臭のする煙が立ち上っていた。  イサムの足を襲った電磁ムチが、男にヒットしたのである。その全身を電磁スパークが襲い、両拳に発生させていたパルスと過干渉を起こし、破壊したのだ。  苦悶の声を上げながら立ち尽くす男の首に、イサムの左腕が巻き付いた。  二人の男を行動不能にした針が男の首筋に食い込んだ。  次の瞬間、金髪の発射したレーザーが、イサムの頭部を貫通した。  イサムの動きは止まった。いかに強力なサイボーグとて、その頭脳を破壊されてしまえば無害な人形と化す。金髪は衝動にまかせ、ひきつったような笑い声を出した。 「たしかに、おめえの超高速機動はやばかったぜ。使い物にならねえ右腕を盾にしたとは言え、あの弾幕から逃れるなんてなぁ。でもなぁ、それも長くは使えねえ。0.5秒って所だろ。だからおめえが加速を使ったその直後を狙ってたんだよ!」  金髪の笑い声に、電磁ムチの男も安心したように肩を落とした。 「旦那、俺、体が動かねえんだ。このクソロボット、取ってくれよう」 「てめえ、情けねえ声出してんじゃねえ! 少し体が冷えれば動けるようになるだろ。自分でやれ。こいつのボディも持ち帰って、あの加速機能を調べなきゃなんねえからな。あいつらも回収しなきゃならねえし、とんだ災難だぜ全く」  金髪は、既に動かなくなっている二体を顎で指して言った。この警察野郎が言った通り、二人の神経細胞は無事なのだろう。ならば回収して修理してやらねばなるまい。  金髪が倒れている二体と、遠くで震えている少女型ロボットに視線を向けた時、背後で男が叫び声を上げた。 「ひ、ひいいいいいっ! 旦那、旦那、た、助けてくれよ! こいつ……」  金髪が振り向くと、イサムを背負った男が恐怖にかられた声を上げていた。その首に食い込んでいた針が、じりじりと、ゆっくり刺しこまれていく。 「なにっ!? まさか……!」  金髪がレーザー砲を構えるより一瞬早く、電磁ムチがイサムを襲った。  恐怖に囚われた男の声が途切れ、イサムの身体が消えた。  イサムを襲ったはずの電磁ムチが、動かなくなった男のボディを再び襲う。 「お前らの油断のおかげで、充分に冷却時間を確保する事ができたよ」  声と同時に、背後から首をホールドされた。金髪は、首元にひやりとした不気味な感触を味わいながら、自らの敗北を悟っていた。  しかし、一体何故――。 「……それにしても、俺の頭脳が頭部にあるなんて、誰が決めたんだ?」  聞こえてくるその言葉を最後に、金髪の意識は途切れた。  数分後。  残る電磁ムチの男も制圧し、イサムは少女型ロボットに寄り添うように立っていた。  正直、やりきれない気分だった。こんな少女がロボットで、あの薄汚い男たちが人間だとは。身体の構成からしても、この少女の方がよほど人間らしいじゃないか。  さらに彼の気を重くしているのは、ボディの各所に不具合が発生していたからだ。落とされた右腕だけではない。過負荷のかかったボディの各所が悲鳴を上げていた。  瞬間高速機動――これもまた、【緊急発動システム】の持つ能力の一つである。機体強度の問題や、システム加熱の問題により、0.5秒で加速は強制的に解除される。その後再び加速するには、ある程度の冷却時間をおかなければならなかった。充分に冷却できぬまま加速を繰り返せば取り返しがつかない事になる。 ――しかも、今回は5回も加速を使わされた。システムだけでなくボディにもダメージが残って当たり前か。  彼は苦笑気味にそう考えると、全ての記録をまとめて署に送信した。間もなく回収のための車両が到着するだろう。イサムの仕事は終わったのだ。  【緊急発動システム】がシャットダウンすると、警察ロボPAB―521は、少女を護衛する従者のように姿勢を正した。  金髪の一味は、禁止されている人体組成を用いたロボットの所持、そして自らのボディに対する違法改造の罪で送検された。  地元の名士でもあった彼らの醜聞は瞬く間に広まっていった。もう二度と、陽の目を見る事はないだろう。  判決が出た翌日、警察でも一つの動きがあった。  PAB―521の廃棄処分。  一つの悪事を白日の下にさらけ出す事に大きく貢献したPAB―521を待っていたのは、完全なる廃棄処分命令だった。  確かに彼が行ったことは正義だ。だが、この社会で力を持つ者にとって、その正義が邪魔になる事もある。  極秘のうちに決定されたその処分は、速やかに実行された。  警察ロボPAB―521は登録を抹消され、鉄クズとなった。 ――人間ってのは、なんなんだろうな。  暗闇の中で、イサム・ハヤミは思考を続けていた。  今回の事件が、イサムの心に大きなしこりを残していた。  イサムが今いる場所は、天国や地獄の類ではない。もっと残酷で汚くて、そして美しい――現実の世界。  彼は小型の電化製品のように梱包され、極秘裏に輸送されていた。  イサムは事件直後にPAB―521から取り外され、別の地区へ輸送されていたのだ。新しい土地で、別の警察ロボットに組み込まれるために。  彼が所属しているのはいわゆる一般の警察機構ではない。  司法、立法、行政の三権から一定の距離を保ち、独立性を確保した国家機関【特務警察】。それが彼の所属する組織である。  ロボット技術の飛躍的発展と共に、貧富の格差は拡大し、また、金の持つ力はますます強力になっていた。金を出せばサイボーグ手術により寿命すら克服できるようになったのだ。ますます階層は固定化し、有力者たちはこの世の春を謳歌していた。  自らをサイボーク体でよろい、または強力な武装を用いて行われる凶悪犯罪。富める上級市民たちはその醜悪な欲望を満たすためにのみ、「趣味の犯罪」を犯していた。  人間の警察では対抗できなかった。犯罪者が使う武装が強力すぎるのだ。軍隊でなければ対抗しえないだろう。  また、警察ロボットでも対抗できなかった。相手が生身であろうとサイボーグであろうと、「人間」を相手に手を出すことはできないからだ。  警察にもサイボーグが必要であった。犯罪者に対抗しうる強力な体を持つ、「人間」が。  しかし、警察サイボーグの導入は不可能だった。  仕事のために身体をサイボーグ化させることなど人権上不可能だ。また、そんな不都合な存在を「上級市民」たちが容認するわけもなかった。  司法、立法、行政から独立し、そこに関わる者たちの腐敗を暴く――。そんな触れ込みで発足した【特務警察】だったが、その主目的は警察機構の手に余る凶悪犯罪への対応である。  だが、それにはやはり、高性能サイボーグが必要であった。  【特務警察】が極秘裏に【対凶悪犯罪用特務サイボーグ】の開発に着手し、その神経細胞提供者を募集した時、すでに【特務警察】の一員となっていたイサムは一も二もなく志願した。増える凶悪犯罪とその醜悪さ、そして現状対応する事ができないもどかしさが彼にそうさせたのだ。  もっとも、彼自身の死に関して、彼がそれほど実感を持って考える事が出来なかったというのもあるだろう。  普段は【特務警察】の身分を隠して、警察官として死と隣り合わせの毎日ではあったが、常に慎重に準備をして大胆に任務を遂行するイサムは、実際に自分が死ぬ事などあまり想定してはいなかった。  数年後、サイボーグによる凶悪犯罪を捜査中、犯人集団の罠にはまったイサムは凶弾に倒れた。  心停止後、イサムの脳細胞が死滅する前に中枢神経が取り出されたが、その時はまだ、イサムが移植されるべき高性能サイボーグは完成していなかった。  そこで急遽作られたのが、【緊急発動システム】である。  【緊急発動システム】は、イサムの脳神経をベースにした高性能電子頭脳、そして瞬間高速機動システムを中心とした内蔵追加装備である。  通常の警察ロボットに内蔵し、ハードウェアをいくつか交換するだけで、警察サイボーグとして運用できるようにするこの【緊急発動システム】は、スペックとしては当初想定していた高性能サイボーグに遠く及ばないが、それを補う利点も数多く存在した。  まずはランニングコストの問題。一体の高性能サイボーグに比べ、警察ロボットは安価にメンテナンスができること。  次に秘密保持の問題。高性能サイボーグを運用する場合、その存在が犯罪者達に知られればまず彼らの標的として狙われ続ける事になるだろう。現に、【緊急発動システム】を搭載した警察ロボPAB―521は、廃棄処分とされてしまった。  また、正体の露見したサイボーグが犯罪者達にマークされてしまえば、サイボーグの目の届かないところに隠れて犯罪が行われてしまう可能性もある。【緊急発動システム】を通常ロボットに搭載する場合、犯罪者達がそれをマークする事は不可能に近い。マークされたら、別の機体に乗せ換えれば良いだけだからだ。また、この方式だと、必要時以外は通常の警察ロボットとして運用できる。  以上の理由から、【緊急発動システム】は【特務警察】の切り札とも言える存在になっていた。載せる機体のスペックによっては、瞬間高速機動システムの負荷に耐え切れず、制限が大きくなるなどまだ改善すべき問題は残っていたが、それでも彼――イサムの存在は、確実に犯罪者たちの脅威になりつつあった。 ――人間ってのは、なんなんだろう。  暗闇の中で、イサム・ハヤミはもう一度その疑問を繰り返していた。  90%以上が人間であったあの少女型「ロボット」。たった十数グラムの神経細胞以外はすべて機械で出来た「人間」。  本当にそれが正しいのだろうか。  たった十数グラムの細胞、それが「人間」の証だというのか。 ――だが、それは俺も同じだ。  イサム思った。ため息をつきたい気分だった。だが、彼にそんな機能はない。  この思考だって、ほとんどはAIの補助を使って考えている。この感情だって、AIの計算結果ではないと誰が言える?  俺はあの男たちを逮捕した。だがあいつらに比べて、緊急時にしか覚醒しない、ほとんどの時間をロボットとして動く俺は、さらに人間に値しない存在ではないのか。  ロボット工学三原則の一、【ロボットは人間に危害を加えてはならない。】  俺はロボットに、その原則を逸脱させるための免罪符でしかないんじゃないのか。 ――人間ってのは、一体なんなんだ。  イサムの思考が緩やかになっていく。  いや、それは俺が考える事じゃない。俺は凶悪犯罪者を逮捕できればそれでいい。  俺を殺した連中を壊滅させられれば……。  まぁいいさ。俺は一仕事終えたんだ。  次の任務が俺を起こすまで、眠っていれば良い。眠っている間だけ、俺は人間に戻れる――。  何もない暗闇の中で、速水勇は長い眠りについた。

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