FriendsCircle WeelOfFortune

2話 幕間~凶夢断章~

――或る少年の見た夢――  泣いている。  誰かが、啜り泣く声が聞こえた。  見知らぬ場所だった。どうやら季節は冬のようで辺り一面銀世界だった。俺はここまで積もった雪を見たことはない。結市に雪が降ることはあるけれど大抵は日くらいで溶けてしまって、雪だるまも作れないから。空気は冷えきっていた。 夢の中だというのに思わず体が震える。  少し歩いていくと雪の上に不自然な色の染みがあるのに気付いた。時間が経ったせいか黒ずんでいるがこれは間違いなく血だ。 もしかして声の主は痛みで泣いているのだろうか?  俺はその染みを辿って歩き出す。風に乗って聞こえてくる泣き声には嗚咽が混じりだす。近付くほどに声は大きく、染みはその濃さと幅を増して。  その突き当たりに人影を見つけて俺は足を止めた。 そして思わず息を呑んだ。その男の頭からは角が生えていた。もちろんそのことには驚いたけど言葉を失った理由はもっと別だ。  男の腕の中に少女が抱かれていた。その顔は血に染まり、服はところどころが裂かれ、その露になった肌にも固まった血の跡が見えた。先程の染みの主はどうやらこの少女のようだった。  年は俺と同じくらいだと思う。緋色の髪の美しい少女。息をしている様子は……ない。  なんだか炎みたいだ、と思った。燃え尽きてもなお美しく、気高い―― 「誰だ?お前も彼女を殺しにきたのか!?」 「!?」  男は俺に気付いて鋭い視線を投げてきたが、少しすると安堵したかのように表情を和らげた。  黒髪に緋色の瞳。この人も炎みたいだと思った。 永遠に燻り続ける決して消えない―― 「そうか、キミが僕の 半身(ハルプ)か。僕とは正反対そうだけど」 「……えーとごめん話が見えない」  男は俺の言葉に微苦笑する。 仕方ないだろ。半身(ハルプ) っていきなり言われても俺には何のことだかわからないんだから。 「……ああ……すまない。今はまだわからなくてもいいよ。だけど――」 「……っ?」  男は急に俺の体を引き寄せる。意外に力が強くて振りほどくことはできない。  そしてそっと俺の耳元で囁いた。 ――キミは僕からは逃げられない。キミは僕のものだよ―― ―― 「離せよこの変態ヤロー!俺にはそういう趣味はねえええ!」  少年はそう叫んで飛び起きて、 「ふう良かった……夢か」 夢であることに心から安堵した。 ――これもまた或る少年の見た夢――  深い霧に包まれた世界。 目の前にはそびえ立つ城と妖しく開け放たれた鉄の城門。咲き乱れる薔薇は血のように赤く、そして夜のように黒く、雪のように白く。 「お待ちしておりました。我らが「王」<スリシ>。さあ中へ」  出迎えたのは黒い兎。何かに似ていると思った。 「……アリスのようだな」  あの物語の主人公の少女は兎をおいかけて不思議の国に迷い込んだ。夢の中とはいえ、不思議の国に違いはないだろう。ただひどく歪んでいるような気配はするが。 「……トランプのマークを模したつの扉か」  兎に連れられて扉をくぐりぬけていく。城は不自然なほどに広く、先は見えない。 「そういえばあの子が一番好きな物語がアリスだったか」  病気がちでベットから外になかなか出れず本の世界で冒険するしかないあの子は―― 「着きましたよ」  そう言って兎が足を止めた先には玉座があった。そこには野ばらが鎖のように全身に絡みついたままで玉座に座り眠る少女の姿があった。 真っ黒な床まで届く髪。閉じられた瞳は僕と同じ色をしているに違いない。 「……藍璃」  何故ならばその少女は僕の良く知る、たったひとりの妹だったから―― 「……そうあなたが……王なのね」 「……!?」  しかしその唇から紡がれた声は僕の知る妹のものではなかった。 「初めまして。私は――。この子は私の半身(ハルプ)。だから私が貰い受けるわ」 「……ふざけるな……!お前はあの鏡の――」  拳を振り上げて叫ぶが、急に霧が深くなる。自分の姿さえも見えない深い霧に呑まれ。僕はそのまま意識を手放した。 ――これもまた同じ時に或る少年の見た夢――  淡く灯る光の渦が薄暗がりの世界を照らし出していた。 それ以外には何も見えない。支配するのは濃い闇だけだ。この場所の名は星の闇という。総ての命が生まれ還るところ。 生まれ落ちた者たちの記憶の奥底にあるふるさと。 (星の…闇…)  何故だろう。その場所には見覚えがあった。 「……見たことあるはず……ないのにな」  俺は何かに導かれるようにきらきらと輝く水のようなものの方へ歩いていく。  やがて畔のような場所にたどり着くと、 「……待っていたよ。君がこの時代での俺なんだね」  どこからともなくそう声がしてひとりの男が現れた。別に体が透けてるとかそういうことはないのだけど、なんとなく人とは違う雰囲気だった。 人ではなくもっと精霊とか精神体とかそういったものに近いような。 「……あなたは?」 敵意は感じられなかったので俺はそう尋ねてみた。 「俺は……グラウ。君の前世。そして罪に縛られ続ける魂の欠片。今はこれだけしか言えない。だけどこれだけは信じて。俺は君たちの敵ではないよ」 「……はあ」  ……と言われても。 正直何が何なのかはさっぱりわからない。 「……いずれわかるよ。全てはね。知りたくなくても知らされる。動きたくなくても動かざるを得ず 廻りだした歯車は終わりまで止まらないのだから……」 彼はそう言い残すと幻のようにかき消えた。 「……これはただの夢?それとも……?」  夢の中なのに胸騒ぎがするのは何故なんだ?……それに。  彼の言う通りだとしたら、前世での「罪」って一体――  夢から現実に引き戻す鐘の音ーもとい目覚まし時計のアラームによって彼の意識は現実へ戻って来た。眠い目をこすりながら、ゆっくりと体を起こす。夏の終わりを惜しむかのように蝉の声のシャワーが降り注ぐ。 「…………」 ――ただの夢だと片付けてしまえるのならば楽なのに。そう思わせない何かがその夢にはあった。  少年達の見た夢。そして語られざる彼らの友人達の見た夢。それらは終わりへの始まりの夢。 そして限りなく真実に近い虚偽。  歯車は回る。その時が来るまではゆっくりと、でも確実に。

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