日曜日、眠りについたあなたは神の遊戯へ誘われる。
ぱちりと、目を覚ましたあなた。時計は朝の7時を指している。
始まったんだ。
不思議そうな顔をしたあなた。
家の窓を開け、外の世界を見渡す。
……。
いつも通りの街並みに、青い空。
特に元の世界との相違はない。
あなたが元々いた世界と、神の遊戯の世界。外観的違いはないようだ。
しかし、鋭敏になったあなたの感覚はこの世界に漂う不思議な気配を捉えた。
可視化できない不思議な力……あなたの中にもその力が存在することから、おそらく魔力か氣。もしくは別の何か。
そういった不思議な力が集積する場所。それらがこの世界に点々と存在するようだ。
強力なものではここから数百キロメートル以上離れているような気がした。いや、地球の反対側にある気配すら感じ取ることが出来る。
はて。あなたは首を傾げる。
ステータスによる感覚が優れているのか、それともこの集積地の気配があまりにも強大なのか。判断に困ったためだ。
いや、現状はどちらでもいいか。
あなたは思考を切り替え、身近に感知した気配に気を向ける。
純粋な殺気を放つ、明らかに人間とは思えない異形な気配。
この気配が、プレイヤーの生存を妨げるために神々が用意した何かなのだろうか。
あなたは靴を履き、玄関から外に出る。それから、体に満ちるエネルギーのままにアスファルトを蹴った。
急激な上昇。風を切り、5メートル、10メートルを超え。あなたは空に飛び上がる。
すごい。あなたは月並みながら、そんな感情を抱いた。
浮遊感。それからあなたは重力に引かれて、落下を始めた。
スタッ、と。あなたは隣の家の屋根に落ちる。
あ、ごめんなさい。
あなたは人の家の屋根に飛び乗ることに、罪悪感を抱いた。
あなたは再びジャンプした。
ステータスの影響なのか、力を意識して屋根を蹴れば、重力などないかのごとくあなたは空を跳ぶことができる。
また、蹴った屋根がへこまないように、力加減に気を付ける。
そういった力加減を巧みに扱えるようになっていたのは、技のステータスのおかげだろうか。
風を切り、空を跳ぶ。
ジェットコースターのような疾走感に、あなたは自然と楽しい気分になった。
電信柱や標識を踏み台に、あなたは空をぴょんぴょんと駆け回る。
くるりと空中で一回転し、高い電信柱の上に着地した。
そしてあなたは、一番近くにいた異形な気配の持ち主を目視する。
白いマネキン?
その異形な姿を見たあなたは、それに対してそんな感想を抱いた。
全裸のマネキンをペンキで真っ白に塗りつぶしたかのような人型。
怪物、モンスター、魔物。そういった生物的なものというよりは、どこかプログラム的で無機質な印象。
あなたはこれをエネミーと呼ぶことにした。
エネミーの形は人型だが、その人形染みた無機質的な雰囲気は、あなたの命を奪うことに対する躊躇いをなくした。
あなたは魔術を使ってエネミーを倒してみることにする。
【火矢】の魔術を意識すると、脳内に不思議な文字を使ったプログラムのような文章が思い浮かぶ。
【火矢】の手順は熱の発生、制御、術式付与、射出。
威力を弱めに調整し、あなたは魔術を発動する。
――魔術【火矢】
あなたの頭上に形成された業火がその名の通り矢のように射出され、エネミーを飲み込み、そのまま地面を貫く。
残されたのは直線上にえぐり取られた無残な道路だった。
……。
非常に軽く撃ったのにこれなら、全力で撃ったらどうなるんだろうとあなたは考える。
試してみようか?
周囲の被害が大きそうなので止めておくことにする。
――それにしても、この破壊の跡は現実世界にも残るのだろうか。
あなたは恐ろしい可能性に青ざめる。
いや、きっと遊戯が終わったら戻るだろう。うん、きっと。本当に。お願いします。
希望的観測を抱いて、あなたは考えるのを止めた。
次にあなたは魔法を試してみることにした。
不思議なことに、あなたの魔法は魔術と違い、発動しようと考えたときには既に発動していた。
魔術とは全く違う発動プロセス。今のあなたには魔法がどのように発動しているか、全く理解できなかった。
理解するためには知などのステータスが足りないのだろうか。
なんとなく、魔法とはその名の通り世界に法則を一つ増やすようなものだと理解できたが、それ以外は理解できなかった。
しかしそれだけでも、魔法がとても恐ろしいものであることは理解できた。
つまり、魔法とは法則なのだ。大きい質量に質量が引き寄せられる万有引力の法則があるように、絶対の法則を世界に創造する。
引力は抗うことができるが、引力が発生するという事実はどうあがいても止めることができない。
あなたの魔法はあなたの感じる限り、【誰にも干渉されず、快適に平穏に暮らしたい】という願いを元に作られている。
例えばであるが、【全てを燃やしたい】や【人を自由に操りたい】などの願いを元に魔法が作られたら。
想像するだけで、恐ろしい。
将来起こりえる可能性に憂鬱な気分になりながらも、魔法への考察を一端打ち切り、あなたは今自分が発動した魔法へ意識を向ける。
あなたが体感したもの、この空間はまず空気が違う。
この空間にいるだけで、とても心地が良い。
しかし周囲を探ると驚くことに、空気が一切存在しない。この世界は真空なのだ。
本来、世界には空間中の物質を一定にする力が存在する。
例を挙げるなら、理科の実験などで出てくる真空瓶などが分かりやすいだろうか。
真空瓶とは瓶の中の空気を抜いて真空を作り出す瓶のことだが、瓶の中に真空を作り出した後に、瓶の中と外を遮ってきた仕組みを外すと、瓶の中に急激に周囲の空気が入り込む。
これは瓶の中の空気がない空間と、周囲の空気がある空間のどちらにも同じような量の空気があるように、均一化する力が働くから起こる事象だ。
故に、本来真空に等しいこの空間に生身をさらされたら、体中の気体や液体が体外に放出される力が働き、鼓膜などを筆頭に体中大変なことになるのだが、それが一切無い。
ステータスが何らかの性能を発揮しているのかとあなたは考えたが、呼吸が問題なく行えていることから、ここはそういった法則そのものが存在しない摩訶不思議な空間なのではと予想する。
そもそも、この空間では呼吸ができるのだが、呼吸をしたときに吸っているこの空気は一体どこから来ているのだろうか。
いや、空気を吸っていると錯覚しているだけなのか?実際に吸ってはいない?
疑問が尽きない、とても不思議な場所だ。
それに、あなたが魔法を使う前と使った後の風景は一切変化していない。
しかし、あなたの足は足場にしていた電信柱にほんの少しめり込んでいる。
あなたが移動を意識すると、体は真下に下降した。あなたの肉体はまるで存在しないかのように電信柱をすり抜けている。
……。
あなたは思わず無言で驚愕する。
まるで幽霊になったかのような気分。
意識すれば移動できることも、壁をすり抜けられることも何もかもが異常である。
だが少し思う。
何これ楽しい。
移動に関してはどうやら行きたいところに自由に行けるようだ。
いくらか動き回り、最後に空中で特に何の力を使うこともなくあなたは制止する。
意思関係なく、この空間ではあなたは物体をすり抜けるようだった。本当に幽霊のようだ。
では魔術はどうだろうか。
あなたは【火矢】の魔術を、最小限まで火力を抑えた状態で、試しに道ばたのちょっとした石に放ってみる。
――魔術【火矢】
火矢はまっすぐ射出され、石を、その先の土の中をすり抜け、見えなくなった。
ふむ。
どうやら魔術もすり抜けるようだ。
ここなら全力で魔術を撃っても良さそうだとあなたは考え、試しに【火矢】に現状で込められる全ての力を込め、右手を空にかざして、魔術を放つ。
――魔術【火矢】
音はしなかった。そして、目にも止まらなかった。
あなたの手から放たれた、炎といってもよいのか不明なほどの圧倒的熱量は、凄まじい速度でレーザー光線のように空を貫く。
その面積はまるで空を覆い尽くさんばかりに広大で、あなたはもっと収縮すれば良かったなと考えた。
そして思った。これを地面に向けて撃ったら地球が消し飛ぶのでは?と。
魔力消費は総量のだいたい5%くらい。現状の技量ではこれ以上力を込めたら術式が壊れる。
あなたのステータスは魔力4000。
極振りをするなら、計算的には1つのレベルアップで10ポイントのステータスポイントを得られるので、400レベルほどで地球を消し飛ばせそうな熱量を出せる。
もしくは何か魔術を補助する道具やより優れた魔術を使えば、さらに低レベルでもおそらく国を国土ごと消し飛ばすには十分な火力を得られるだろう。
核兵器より大規模な厄災をもたらす、歩く人間破壊兵器。
あなたはプレイヤーの存在が政治に与える影響を考えただけで目眩がした。
もし、テロリストなどにこの力が渡ったら、好戦的な国がプレイヤーの力を手中に収めたら、紛争地帯でプレイヤーが現われたら。
あなたは携帯からプレイヤーランキングを見る。
しかし残念なことに、プレイヤー名が何語か理解することが出来ても、どこの国のプレイヤーかは正確に把握することができなかった。
国名と使う言語が一致している国は割と少ないのだ。
それにしても和国の漢字ではない、核国とみられる漢字のプレイヤーが多い。
流石は人口が13億以上もいる国家といったところだが、あなたの住む和国と、核国は一つの島を巡って領土問題を抱えているため、色々と面倒なことになりそうだと考える。
幸いなのは朝光語がないため、好戦的なことで色々と問題がある北朝光国にはプレイヤーがいないと考えられることだろう。
ふと、あなたは興味深いプレイヤーを見かけた。
<七一位 ゆう 1日>
ひらがなだ。どうやらあなたと同じ国のプレイヤーのようだ。
あなたは少しだけほっとした。
これなら、あなたが将来プレイヤーとして名乗り出なくても大丈夫そうだ。
1億2000万ほどの人口を持つ和国なら、1人プレイヤーが見つかれば将来的に行なわれるだろう捜索の手も緩むはず。
それにしてもと。あなたはルーシー語のプレイヤーがいないことを不思議に思った。
かの北の大国ルーシーは人口が多かったはずだし、ルーシー語圏も広かったはずだ。運が悪かったのかも……?とあなたは考察を適当に打ち切り、今後どのようにするかを考える。
数秒思考し、あなたは結論を出した。
とりあえず戦闘経験を積もう。実力を身につけることが役に立たないということにはならないだろう。
それとこの世界の探検。まず魔力が集積している場所へ行ってみよう。
あなたは強い魔力を感知した方向へ移動を開始する。
移動のためにあなたはエネルギーを一切使用していないが、その速度は尋常ではない。
この空間では、あなたが想像できる範疇で際限なく加速できるのだ。想像さえできるのなら、おそらく光より早く移動することもできる。
これはある意味夢と同じような性質を持った世界ともいえる。
あなたは凄まじい速さで空を飛び、魔力の集積地へ向かった。
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