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いつか荒野のガオケレナ ~されど薬師はカルテをつづる~

読了目安時間:3分

 おわり。

末節 丘の上の彼方

 おそらくハナは、十一視蝶(テュクロプシア)の一斉の羽化に()い、大量の(りん)(ぷん)を全身に浴びたのだろう。脇腹(わきばら)の大きな傷が、ふさがらないまま()()()()()()()()()()()()()のも、ほかにも全身に裂傷(れっしょう)打撲(だぼく)(あと)が見られたのに、骨や内臓の異常がなかったのも、考えられる理由はほかにない。おかげで、翌日(よくじつ)にはエルヴルを()つことができた。フィオールを連れて。  王宮はおろか、エルヴルの市街にも、やはりだれも残ってはいないようだった。晩餐(ばんさん)()(たく)を整えたまま、人々はどこかへ消えていた。フィオールとおなじように《丸薬》を飲んでいなかった者が残されているはずだったが、通りを歩いているだけでは見つからなかった。ハナはためらったが、フィオールの所持している(さなぎ)の数にも限りがあり、十一視蝶の成虫の短い寿命(じゅみょう)を考えると、あまり悠長(ゆうちょう)にもしていられなかった。  (しつ)()であるウルウァのことや、アーシャの《落果病(らっかびょう)》のことを話すと、フィオールは自分からハナについていくと言った。エルヴル(ここ)に残ってもできることはないし、いるべきではないからと。  行きよりも十日ほど余計にかかりながら、ハナはフィオールと、無事に疾師の棲家(すみか)まで帰りついた。        ◇◆◇  屋敷のある山のすぐそばに、木のない開けた高台がある。  そこを通りかかる道を選んで、()が沈む前にどうにかたどり着いたとき、頂上に士人の姿を見つけた。  数十日ぶりに見る彼は、またいつものようにくちばし型の面鎧(ハーフメイル)をつけて、()(うで)には包帯を巻いていた。半袖(はんそで)の軽装で、見える部分にはほかに火傷(やけど)(あと)もなく、五体満足で平然としているように見えた。  彼は包帯をした手で(くわ)を持ち、穴を掘っていた。  丘をのぼっていくと、その穴のそばに、(しら)()(ひつぎ)が置かれているのを見た。  ハナは引いていたフィオールの手を離すと、猛然(もうぜん)と走りだした。彼の大きな腹に全身でぶつかっていった。  取りついたまま、ハナはあらん限りの力で彼を(なぐ)りつけた。何度も、何度も。 「なんでっ……なんで、連れていったんですか! どうしてっ……!」  ――助けられたかもしれないのに。  こぶしの中で爪が皮膚(ひふ)に突き刺さる。それでもかまわず、()えず打ちつづけた。ハナごときの力ではよろめかせることさえできなかったが、彼は押し返すこともせず、ただ(だま)っていた。黙ったまま、その大きな体で延々と受け止めていた。 「うぅ……ぐぅぅううっ……ッ!」  やがて、嗚咽(おえつ)()み殺す力の方が強くなる。しびれて動かなくなった手と腕ですがりつき、額を打ちつけたのを最後に、膝から(くず)れ落ちる。  わかっていた。そんなのは嘘だと。ただ悔しかっただけ。(かな)えたかっただけだった。 「……エルヴルよりも早く(あさ)()を見て、長く夕暮れを眺められる場所」  そよ風の合間に声がして、ハッとする。  涙もぬぐえないまま振り返ると、そこに旅姿のフィオールが立っていた。  彼女は棺のそばで、まぶしそうに(ゆう)()を眺めていた。やがて士人の方を見あげると、あたたかく目と口をほころばせた。 「あなたが、ここへ連れてきてくれたの?」 「……」  士人は答えない。ただ静かに見つめ返す。  フィオールは「そう」と言ってうなずき、棺に目を落とした。二人並んで入れるような、少し(はば)の広い入れ物。むき出しの(しら)()ながら、(せい)()彫り細工(レリーフ)で彩られ、輝くまでよく(みが)かれている。 「いつか行けたらと、イズーニアに話したことがあったの。イズーニアは、きっと自分が代わりに見てくるからと、約束してくれたわ」  遠い日を(しの)びながら、かがみ込み、棺のふたをなでる。そのふちに打たれた(くぎ)のそばに、小さな()り傷を見つけると、フィオールはふっとほほえんだ。顔をあげ、その()(じゃ)()そうな笑みをハナにも見せて。 「ここで一度、あけてくれたのねえ」 「あ……」  ここで。この場所でなら。  エルヴルよりも、長く――  息がもれる。  どうしようもなくあふれ出していく。  夕陽の熱を頬に感じながら、溶けていく視界の中で、黄色い草原(くさはら)が輝いている。かたわらには、羽ばたく小さな青い(ちょう)。  金色(こんじき)(かみ)を風になびかせ、その人が立ちあがる。雲のない空よりも晴れやかにほほえんで、(よい)()げの鳥たちよりもほがらかに、彼女は(うた)った。 「さあ、お葬式(そうしき)をしましょう?」  第三章『エルヴル』、終章  ――了

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  • かえるさん

    こおりもち

    ♡1,000pt 2021年5月25日 22時58分

    イズンは母親として、ほんのわずかでもべルーデルに自由を見せたかったのでしょうか。その心境も理解しつつも、ヘイゼルに感情移入して読んでいると、ヘイゼルがどうにも憐れに思えてなりませんでした。多くある手で彼女が何もつかめなかったと思えばなおさら。彼女の魂に救いあれかしと思います。

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    こおりもち

    2021年5月25日 22時58分

    かえるさん
  • 殻ひよこ

    ヨドミバチ

    2021年5月25日 23時46分

    ご感想ありがとうございます、こおりもちさん。子を何より優先する母の愛と業についてしばしば考えます。ゆえにこそ、まことにヘイゼルこそ、エルヴルの王族と同等かそれ以上に悲劇の中核にいて、誰より悲壮に救いを求めたと思います。彼女に目を向けて頂けたこと、作者としては非常に光栄に思います

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    ヨドミバチ

    2021年5月25日 23時46分

    殻ひよこ
  • ひよこ剣士

    ぎんぺん

    ♡700pt 2021年4月16日 22時07分

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    全俺が泣いた

    ぎんぺん

    2021年4月16日 22時07分

    ひよこ剣士
  • 殻ひよこ

    ヨドミバチ

    2021年4月17日 0時47分

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    最高のお言葉です!

    ヨドミバチ

    2021年4月17日 0時47分

    殻ひよこ

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