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いつか荒野のガオケレナ ~されど薬師はカルテをつづる~

読了目安時間:7分

第三章・第十一節<後編> 愚弟子と薬屋

「これは、現王配としての依頼でもあり、同時にひとりの国民としての願いです。疾師様、そしてハナ殿、《初代女王の呪詛》が失われたのち、イズン陛下とベルーデル殿下が一日でも長く生きられるよう、お手をお貸しいただけないでしょうか。われわれはそのために、あなた方をこの国の最初の薬師として迎え入れる用意がございます」 「!?」  フォルストの願いそのものは、ハナもすでに考えていたことだった。  《呪詛》の喪失(そうしつ)十一視蝶(テュクロプシア)の消滅。それによって持病の発症を抑えられなくなったイズンとベルーデルは、国がどう転ぼうが関係なく命の危機に(ひん)することとなる。すでにベルーデルと(りん)(ぷん)に頼らない治療法の捜索(そうさく)を約束していたハナにしてみれば、()われるまでもなく、やってのける必要性が現実味を帯びてきたに過ぎないとも言える。  しかし、そのためにハナたちを薬師として迎え入れたいというフォルストの申し入れは、魚籠(びく)(ぞこ)にヘビを見つけたような思いがけない話だった。都合がいいとも悪いとも言い切れずに、ハナはたちまち動転した。 「ケヒヒッ。交換条件のように言いよるねど、ウルらを誘い込みたいのもそちらの都合よねぁ?」  ウルウァが目ざとく指摘してからかう。 「《王家の丸薬》が失われて最も民どもを(あお)るのは、病に通ずる者がだれひとりおらぬこと。しかもエルヴルはほまれ高き無病国として、流れの薬師どものあいだではとうに広く認知されちおる。()()()()()()()と国の外にまで知れ渡り、医療者が自ら寄りつくようになるまでには、相応に労苦を要することよ」 「おそれながら……」と、フォルストはつつしんで肯定(こうてい)し、 「われらとて、手をこまねいていたわけではありませんでした。流浪(るろう)の薬師たちの(きょ)(てん)である『薬師の里』という地の話を聞きつけ、なんとか渡りをつけようと尽力していたこともございます。しかしながら、使いを送れそうな段になって、その場所から()(おん)なうわさが流れてくるようになりましてな。以来、こと医療者の引き込みに関しては、手が詰まっている次第です」 「そりゃあ頼る先を間違えたねぁ」 「…………」  また思いがけない名前を聞いたことで、ハナは少し冷静さを取り戻す。ただ、同時に(いん)(うつ)な気持ちになることも避けられなかったが。  《(うろ)》。薬師の里。ハナの故郷。思い入れは決して深くない。だが、こうして実際に頼ろうとする人々がいたことを思い知らされると、《(いん)(せい)》という麻薬にある意味で(おぼ)れていた里の姿に、出身者なりのやり切れなさを覚えずにもいられない。  それに、《洞》がいかがわしいとなれば、《洞》にゆかりのある者が多い旅薬師たちに対しても、慎重(しんちょう)にならざるをえなくなったことだろう。元々自国民を《呪詛》の効果範囲外には()(けん)しづらいため、外からやってくる商人などから場当たりに情報を買うほかなかったというのもあったはず。医療者探しが暗礁(あんしょう)に乗りあげたことも、薬師でなく疾師とその弟子を名乗るハナたちに、会ったばかりで()(せい)(しゃ)自ら国の命運の一端をゆだねかけていることも、無理もないように思えてくる。  今はもう、薬師の里は《陰清》から解放されている。ハナ自身が証人になれるその(ほう)は、エルヴルに福音(ふくいん)をもたらせるだろうか。だが、深く寄りかかっていたものを()くした里の混迷ぶりは楽観視できない。それこそ、《丸薬》を喪失(そうしつ)するエルヴルの未来の姿そのもののようなっているかもしれない。それを思うと、ハナはいっそう固く唇を()んでいるよりほかになかった。 「無論、エルヴルに残ってくださるのなら、新旧ともに国をあげ、できるだけのことをさせていただきます。王宮の外に医院を望まれるとあれば、建物、人手ともにご用意いたしましょう。国の変革にあたってご不便をおかけしないことをお約束いたします」  フォルストの(しん)()な申し出にも、ハナはやるせなさと申し訳なさを感じてしまう。どう答えることが正しいのか、話を聞けば聞くほどにわからなくなっていくようだった。 「たわむれでも()(めん)じゃのぅ、薬師としての招致(しょうち)なぞ」  ウルウァは拒絶した。ためらいないどころか、鼻先で一笑にふすような言いぐさで。 「ウルは疾師。疾師は疾師ぞに。(かか)るべき病から()()()()で逃げおおせちおった連中が、(こえ)()めに落ち、のたうち回る様なぞ、手をたたいて祝いこそすれ、(あわ)れんで手をさしのべようちするはずがあろうかゃ。汚い汚い」  (いや)しく(わら)い、半面どこかなじり飛ばすように、疾師は吐き捨てた。(はな)から薬師としてしか誘われないことに矜持(きょうじ)が傷いたとでもいうのだろうか。さすがにフォルストもおののいたように目もとをこわばらせている。  が、しかし、 「――と言いたいところじゃったがのぅ」  と、急に面倒くさそうな声が付け足す。 「あずかり知らんところでおんしら(エルヴル)の《呪詛》に消えられては困る事情がウルらにはある。王族の病をどうにかすることについては、ウルのすばらしき(えい)()を特別に貸し出しちやってもかまわん」 「……()(よう)ならば、ありがたく存じます。国民の感情を思えば、十分に――」 「ただし――生きたままのイシヅエをウルらに引き渡すこと。それも薬の工面(くめん)ができ次第、ただちにねぁ」 「……!?」  フォルストが瞠目(どうもく)する。色を失くす気配。ハナもまた眉をひそめる。  たしかにウルウァの言うとおり、エルヴルの事情だけに合わせられない。ハナたちにはハナたちの事情がある。十一視蝶を持ち帰り、アーシャの治療を完遂(かんすい)するまでは、十一視蝶をこの世に存在させている《初代女王の呪詛》を廃棄させるわけにもいかない。  そしてアーシャの治療の課題はただひとつ。いかにしてアーシャ当人を《初代女王の呪詛》の効果範囲に連れてくるか。  アーシャ自身を連れてくることは不都合の方が大きい。十一視蝶を守る《呪詛》をイシヅエごと持ち帰ることの方が、この場合は理にかなっている。  しかしそれができるようになるのは、エルヴルの改革が成り、十一視蝶の卵である《丸薬》をエルヴルの国民が必要としなくなってからのこと。悠長(ゆうちょう)に待っていれば、ウルウァが《呪詛》をもってしてまで延ばしているアーシャの余命であっても、十一視蝶を届ける前につきてしまう可能性が高くなる。  だからといって「待たない」という宣告は、実にウルウァらしかった。嫌なら女王たちの薬を調合し終わるまでに国民を説き()せろという、(おど)しじみた要求にもほかならない。土台無理な話であっても、彼女には関係などあるはずがなかった。 「そう気張るなや、()婿(むこ)よ」  まるで見ているかのように、呪具(みみ)頼りのはずの疾師が嘲笑(わら)う。 「ひとりの国民として? ケフフッ。本当のおんしは民どもと肩なぞ並べちおらん。耽溺(たんでき)する妻と娘の身がかわいいだけの、一介の男児ぞに。為政者の資格など、(はな)から望んぢおるまい?」 「……(かな)いませぬな」  王配の顔が自嘲(じちょう)するように(ゆが)む。疲れて諦めたような、それでいてどこか安心したような、ここに来てまた初めて見せる表情だった。 「あなた方への提案は、まだほかの執政官や補佐(ほさ)らには話していない、私個人の願望のようなものです。彼らを納得させられるかは、私の努力次第ということですな」 「ケッヒヒッ。気張りや、(おう)婿(せい)」  今言ったばかりのことと全く逆の言葉を投げかけるウルウァ。ハナにはもてあそんでいるようにしか聞こえなかったが、フォルストは口の端を持ちあげてうなずいただけだった。 「おお、そうじゃ」思い出したようにウルウァがつづける。「ウルはウルの()(どう)が尊いねど、そこにおる()()()の身の振り方まではあずかり知らぬ。薬師なり情婦(じょうふ)なり、どうとでも仕立てれば()いぞに」  ハナとフォルストは、ふたたび顔を見合わせる。フォルストはその目に光を取り戻したようだったが、ハナはただ戸惑っていた。濁流(だくりゅう)に身をゆだねかけたところで、突然木の(こずえ)に打ちあげられたような心地だった。どの枝に移れば降りられるのか見当もつかないというのに、降りることを求められてもいる。  またハナは、(くち)()のように黙り込んだまま見つめる視線を、ウルウァが口を開いたあたりからずっと背中に感じつづけていた。冷たく急き立てるでもなく、生ぬるく見守るでもなく、ただ見開かれただけの()(はく)(いろ)双眸(そうぼう)が、今も首すじを貫いているようだった。

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  • かえるさん

    こおりもち

    ♡1,000pt 2021年5月12日 7時23分

    旅をする者にとって、患者は無形の檻にもなることがありそうですね。ハナの人生におけるトリアージをどうしていくのか興味深いです。それとフォルストの感情はとても自然で、だからこそ強固な意思なのだろうなと感じました。

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    こおりもち

    2021年5月12日 7時23分

    かえるさん
  • 殻ひよこ

    ヨドミバチ

    2021年5月12日 22時13分

    ご感想ありがとうございます、こおりもちさん(*´`) フォルストのように居場所をわかっている者は、感情に任せても一つの最善を選べるのかもしれません。逆に文字通り以上の根無し草であるハナは、これからの選択がいつか立つ場所を決めていくことでしょう。いかに転ぶか、乞うご期待です✨

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    ヨドミバチ

    2021年5月12日 22時13分

    殻ひよこ
  • ひよこ剣士

    ぎんぺん

    ♡500pt 2021年4月3日 19時42分

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  • 殻ひよこ

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