今日から魔王はじめました

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今日から魔王はじめました

 熱が出たようで、体温計に表示されたのは[37.3℃]だった。  どうして体温計は持ち歩いていて、カバンの中に飴玉を入れてなかったんだろう?  ストールでも持っていたら、夜の間を少しは安心して過ごせたんだろうに。  森の拓けた場所は、以前誰かが使ったかのような雰囲気だった。  そして枯れ木とカバンに入れていた新聞をねじったやつ、ライターで火を灯した。 「びっみょ~、な、数値やな」  体温計の表示のことを言ったその男は、気配もなく案外と私を驚かせた。  少し体勢を退いてしまった私をよそに、男は鼻歌をくちずさみながら火にかまう。 「ふんふん、うるさい・・・」 「ん?」 「なんでもない・・・」  また鼻歌がはじまって、うるさいって言ってるのに、と小さな声でぼやく。  木の枝で器用に魚の内部を処理して、焼きだした彼。  昨日の夕刻にこちらに来て、森をさまよって、彼を発見した。  ひとりで何をしているのかと言うと、人を待っている、とのこと。  つまりは自分も迷っているひと、みたいに言っていた。  説明のできそうもない境遇に、彼は火を起こす道具をどこかに落としたらしかった。  そこでカバンに入っていた、新聞紙とライターが登場。  文字が書いてある紙を珍しがった彼は、枯れ枝をその片手に少し持っていた。  拓けた場所に案内されて、夜をここでこすつもりだと言う。  暖を取らせてもらって、なんだったら身体のことを覚悟しようと思った。  酷くしないひとだといいけど、と思って近づいたのに、スープを分けてもらった。  身体が弱くすぐに熱がこもる体質なのだが、警戒体温が[37,3℃]だ。  昨晩から変わらないその態度で、今度は焼き魚までくれた。 「近くの川におりはんねん。これは食べれるうえに美味しい、で」  ここ数日、「ここらへん」に現れるはずの約束の相手を待っているそうだ。  周辺を行ったり来たりしているらしいが、あながち周辺に詳しくなってきたとのこと。  美味しいお魚をいただき、味がすることに感謝を久しぶりに思い出した。 「そう言えばあんたさん、お名前、なんていいはるん?」 「あ。ヒメです」 「・・・なんて?」 「ヒメ」 「なに言うてるのっ?どこの回し者??」  動揺しているらしく、立ち上がってあたりをきょろきょろとしだした彼。  待って、を多用。  そうとう動揺をしている。 「なぜ?」 「あんたさん、ヒメって名前やのん?ほんまやのん?なんやのん?」 「なに、なんで?」 「ヒメって名前は、わしの待ち人の名前やが、わしが仕える『魔王』やぞ。男やぞ」 「ちょっと待って、私は男性ですよ?」 「なんてっ?」 「私は、苗字がヒメって言います。二十七歳のサラリーマンですけど?」 「言ってる意味がよく分からんが、あんたさん『ヒメ』って名前なんやな?」 「そうです。珍しがられます」 「預言書にあった通りだとすると、ここらへんに来るヒメって名前のひと・・・」 「・・・え?」 「あんたさんは、今日から魔王やっ」  ハグを促す仕草をされて、スープと焼き魚のお礼に少し受け入れる。  案外と短いハグに、これくらいでいいのか、と思ってしまう。 「あの・・・魔王って、なに?」 「ここって、魔法領国やん?」 「いえ、知りません。ここって本当は、どこ?」 「森の拓けたところや」 「森の、名前とか・・・分かりますか?」 「知らへん」 「なんで?」 「地図あるねんけど、文字読めへん。「ここらへん」って丸印されてるから、いる」 「地図、見せてもらってもいいですか?」 「ええけど」  地図を見て、唖然。 「あなた、出身はどこらへんなの?」 「どういう意味?」 「地図のところ、指さしてみて?」 「知らへん。魔王に仕える者として兵士畑から栽培されたんじゃい」 「ん?うん、え、うん・・・なんかごめん」 「今まで在位してなくて、ってことっ?」 「え、なんでっ?」 「ヒメ・・・ヒメ~~~っ」  忠誠のポーズらしきものをされて、その数秒後、後頭部がぱりぱりと痛くなった。  平気な静電気に触れたみたいな違和感でいっぱいで、謎の男を見る。  視界が変わって、その男の額に独特な印を見つけた。 「《 面をあげよ・・・ぬし、の、名は? 》」  自分の口を借りて、頭の意思が喋っているのが分かった。  顔を上げた謎の人物が「リリ」と名乗る。  あなた様のために、まだどちらも選んでいませんと言われた。 「《 なんのことだ・・・? 》」 「今は男性型をとっていますが、女人への変化もできますんで」  麗しいリリの顔を再度認識して、内側にいても少しの動揺と高揚があった。 「《 位はどこにある? 》」 「額印が証。我、魔王の王妃になる者也」 「《 ほう・・・しばらく脳は黙って見守ろうぞ。本人に戻す 》」  視界が変わり、自分に戻ったような気がした頃、手を開いたり閉じたりしてみた。 「ヒメ、わしが守ったるきに・・・」 「どうしよう?一緒に、この森を抜け出しましょう?」 「あっち、あっち。あっち、魔法領国やないらしいけど・・・あれ、こっち?」  これが王妃とのなれそめの一部。  書き出す分、多分嘘みたいな話だと思う。  異世界へトリップして、いきなり運命の相手とかけおち状態。  リリが男の体から女性に変化するまでの期間の旅は、ここでははしょっておこう。  正直、えげつない。  私が、だ。  色んな思いをしたような気がするが、記憶が遠かったり近すぎたりする。  この文面を誰が読むと言うのだろう?  まさか魔王がみずから王妃との馴れ初めを書き出して、  作家になるなんて前例がなかろうて。  せめて両親に宛ててみようか。  小さな中華料理店を営む別世界の両親へ向けて。  本日、即位。  今日から、魔王はじめました。  【 記述:魔王ヒメ 】  -おわり-

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