目が乾く時間帯になりつつあった。喉から上ってくる眠気に抗うために、登笈はぺちんと自分の両頬を軽く叩いてみせる。
突然の行動にルーンが驚きを示し、ライアはというと、また馬鹿なことをと鼻で笑っていた。
現在、この三人はヴェステン公爵家が用意した雪馬車に身を預けている。目的地はアテリア王国ステンネル領セントホルン、そしてレアンド領ウインタニア。登笈とライアの実家があるところだ。
しかしながら連日走り通すわけにもいかず、急ぎではあるものの、中継地としてヴェステン領のあるスノウエンデで途中泊をとる予定になっている。
「……さて、と。挨拶は交わしたけれど、詳しい話はまだだったわね。———あぁ、眠たければ少し目を閉じていても構わないわ。他愛のない雑談のようなものだから」
出発してから暫し。外の様子を観察していたアルフィディクスは、横並びに座る三人に改めて向き合った。登笈、ルーンがそれに対してしゃっきりと肩を起こして背筋を伸ばすも、彼女は楽にしてくれと手で制す。
良いと言われてじゃあ寝るかと目を瞑る性格ではないので、二人ともお構いなくと首を横に振ったが。
「私、というかうちが動いた経緯についてはマーナリカちゃんから一通り聞いているはずよね」
「っス。臨山都市のシーボルトさんがお手紙をそちらに送っていただいた、と。実際、自分達だけではこの雪の嵐を超えることは出来なかったでしょうから、あの人にはもう何度感謝の言葉を述べても足りません」
アルフィディクスが目配せをすると、ソファから軽く身を乗り出したライアが返答する。
シーボルト=リテッド。聖王国の騎士で、レベリオ襲撃後のネサラから登笈達を救出した部隊の隊長である。
彼がいなければ、ここにいる三人———いや、レイドやスイヨも含めればもっと。十人に満たないかもしれないが、それだけの人数の命は途絶えていたであろうほどの人物だ。
「そう。貴方達にとっては救世主よね。あの子からの連絡が無ければ、私達はそもそも事態を把握してすらいないのだから。その場合は、時間をかけてうちか貴方達の実家に連絡を取るしかなかったんじゃないかしら」
神妙な面持ちで、アルフィディクスは力強くそう語る。
突如として大陸各地を襲ったレベリオ。その目的が分からない以上、軽はずみに情報を打ち明けられないということで、登笈達生存者のことは関係者以外には伏せられていたのだ。
「他はともかく、ネサラを襲った理由だけはなんとなく……分かるでしょう?」
ネサラの街は確かに聖王国の中で最も大きな都市だが、あそこはただの街ではない。大陸第二位と評される教育機関の学習院があった場所だ。正直な話をしてしまえば、それ以外は変わった特徴も無いただの巨大な街でしかない。
あの街を襲ったレベリオの目的が大量の人口を減らすことでもない限りは、狙いは学習院にあったと見てほぼ間違いないだろう。
実際に、登笈は対面したディザイアから生徒の死が目的の一つだと直に聞いている。
「貴方達の保護を決めたのは、シーボルトちゃんと交流が深かったからじゃないわ。それもあるけど、一番は未来を守る為。
学習院には色んな子がいたでしょう。アテリア、スリージ。帝国の子も、南国ギリアの子も。そして、今はちょっとごちゃついている東陽三国の子もね」
「……未来」
「若い貴方達には馴染みの無い言葉よねぇ。学習院は大陸の未来を担う次世代が集う学び舎。入寮式で同じようなことを学長のコールマンさんから聞かされなかったかしら?
その希望を率先して潰しておこうなんて、正直笑えなかったわよ」
「その、アルフィディクスさん……というかヴェステン公爵家は、レベリオという組織……団体? についてどういったイメージを持ってるんですか?」
「イメージ、かしら?」
目を細め、口をへの字に歪めて真剣に考え事をするライアの傍で、おずおずとルーンが挙手をすると、アルフィディクスは、そうねぇ、と顎に白く細い指を当てて、応えを選ぶ素振りを見せた。
「結論から言うと、即刻排除すべき害虫ね」
そして、きっぱりとそう発言する。
「ネサラを攻撃したことからも分かる通り、彼らは今を標的にしているわけではないのよ。他に襲撃されたところも、武器の輸出量が多い街とか大国の主要港とかだもの。別にどこかの王様を殺したり、それこそ四大公が狙われたってわけでもないじゃない?」
「———なるほど。だから未来を守ることに繋がる、と」
「良い気付きね、登笈ちゃん。お偉いさんが狙われたならそれはそれで面倒なんだけれど、次世代がごろっと消える方がもっと大変なのよねぇ……」
「ただ……次世代を狙ったという観点で考えるなら、王立学院が襲撃を受けなかった理由はなんスかね。あんだけ色んなとこを壊滅させた連中が、今更警備が厳しいとかで断念するってのもおかしい気がする」
「ライアちゃんも良いこと言ったわ。将来有望ねぇ貴方達。そ、王立学院が狙われなかったのは何でかしらね。私がジン———ヴェステン公と考えた限りでは、有力な可能性は三つ。何だか分かる?」
大陸の未来、次世代を担う者達を狙った。武器の生産量を激減させたかった。主要港を潰すことで一時的にでも交通機能を停止させたかった、あるいは消耗させたかった。
あくまで襲撃地点から逆算したレベリオの目的だが、それが仮に正しいとすれば、自ずと王立学院———いや、そもそも一番の大国なんて呼ばれるアテリア王国が狙われなかった理由も見えてくる、とアルフィディクスは指を三本立てて示してみせる。
「まず真っ先に思い付くのは、単純にやっぱ規模の違いっスよね。今回、レベリオは各地を殆ど同時に攻撃してる。一つ一つちまちまやってたらその内に対策も立てられるし、動き難くもなる。だからこその同時襲撃。けど王立は戦力を分散させた状態で落とせるような脆い場所じゃなかった———とか」
最初に口を開いたのは、口元に拳を当てながら考え続けていたライアだった。
誰でも思い付くであろう可能性。生半可な力では、アテリア王国の守りは突破出来ないのだと。現に、エイトリー領は即座に領地の玄関を封鎖している。国内で何かが起きていれば、おそらく全公爵家が同様の措置をとっていたはずだ。そうなれば襲撃者の逃げ道など無い。
「僕は、ちょっと言い辛いけど……レベリオの母体がアテリアにあるから、とかかな」
次に考えを述べたのは、ライアの言うことに頷いた後の登笈だった。推測、推論の域すら出ない妄想ではあるが、これもアルフィディクスはなるほどと受け入れる。
母体というと少し複雑だが、要するにレベリオ自体がアテリア王国が作った組織で、他国の戦力や国力そのものを削ぐ為に大規模な襲撃を行ったという考えだろう。可能性としては有り得る話だ。そうなると、国内のどこまでがそれを知っているかという疑問も出てくるが。
「どっちも考えとしては正解だわ。よく考えられている。渦中にいるのは紛れもなく自分達だとちゃんと理解しているようね」
やはり、見過ごしていい種子ではなかった。と、彼女は満足した表情を見せる。
二人の考えを咀嚼した上で、再びアルフィディクスは顔を前に向けて、他にはないかと視線を散らした。
「……んー、単純に王立学院には興味がなかったとかどうだ?」
「ライア。それも無しじゃないけど、じゃあどうして興味が無いのかが必要じゃないかな?」
「そりゃそうだ。あ、ルーンは何か無ぇの?」
「え———っ私!? うーん、うーん。んんん……」
ライアが適当に意見を言うと、親友がそれを見抜いて言葉を返す。指摘を受けて、鼻にコルクを詰め込まれたように目を泳がせる彼は、その後、肩が触れる距離にいる隣の彼女に意見を求めた。
いきなり振られたルーンは、数秒の間だけ眉根を寄せて必死に想像力を働かせていたが、何かが舞い降りたらしく、急に表情を元に戻す。
「アテリア王国のことは講義で教わった内容くらいでしか知らないんだけど」
「うん」
「もう必要が無かった……とかは?」
読んでいただき、ありがとうございます。
質問があれば是非ともお書きください。今後の展開のネタバレにならない程度に回答させていただきます。
長文でも一言でも何でも感想お待ちしています。筆者にエネルギーをください!!
ちょっとだけややこしいかなと思った街の名前の表現などを説明させていただきますね。
街や都市は、基本的には『国名+街の名前』で表されます。
例:スリージ聖王国ネサラの街
エドラス帝国帝都エドラスティア
でもそれがアテリア王国の場合だけ少し特殊になって、
街や都市が『国名+領地の名前+街の名前』と複雑になります。
例:アテリア王国ステンネル領セントホルンの街
アテリア王国ヴェステン領スノウエンデ
アテリア王国レアンド領ウインタニア
などなど。これはアテリアが他国と違って四人の大きな領主と一人の王による連合・連盟みたいなつくりをしているからなんですね〜。
ただ、全てはあくまで正式名称を呼ぶ場合にのみ適応されるものなので、単純にセントホルンとかスノウエンデと覚えてくださって大丈夫です!!
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