RELACION 〜有力貴族の居候となった少年とその数奇な人生を〜

読了目安時間:7分

エピソード:32 / 108

最後の放課後 ②

「あり? 登笈(とおい)の奴、昼から外出かぁー?」  丁度、登笈(とおい)極狭(ごくせま)の道を抜ける決断をした頃。徹夜明けで今しがた目覚めたばかりのライアは、ノックしても出てこない彼の部屋の前で独り言を呟いていた。  部屋にいれば一秒もかからない内に返事が来るのだが、それが無いとなれば、まぁ出掛けたのだろうと、少し残念がりながらも、諦めて、一度ドアノブをぐっと捻ってみてから、ふぅと息を吐いた。 「……いないか」 「当たり前だ。何してんだお前」 「あ、レイドじゃんかよー。いやな、実は寝てたりしねぇかなって思って」  ライアが彼なりに納得していると、横から聞き慣れた説教が飛んできた。低いながらもよく通るその声の方へ振り向くと、そこには黄檗色(きはだいろ)の髪と涼やかな目付きが特徴の男子生徒がタオル片手に立っていた。  この、男でも不覚にもイケメンだなと舌打ちしたくなる容姿の持ち主は、レイド=ギアス。派閥闘争に敗れた帝国貴族の生き残りで、ライアの親友の一人である。 「お前じゃないんだから、寝てるわけがないだろうが。———まぁいい。俺は疲れたんだ。軽く昼寝する。どけ」  言いながら、レイドはタオルで首元の汗を拭う。その様子から見るに、剣術師範(けんじゅつしはん)のグリザリオ=ロティスとまた朝から訓練に励んでいたのだろう。  彼はここ一年、講義時間外であってもグリザリオに時間を作ってもらって度々指導を受けていた。 「えぇー、折角会えたんだから一緒にナンパでもしに行こうと思ったんだけどなぁ。しゃーねぇか」 「悪いな。少ししたら起きる。人と会う約束もしているからな」 「気にすんな」  そうこう話して道を譲ると、レイドはふらふらとした足取りながらもさっさと自室へと消えてしまう。  手を振って彼を見送ってから、ライアは、よし、と自らもその場を離れて、階段を降りて、バッと勢いよく振り返った。 「人と会う約束ぅ……?」  仮にグリザリオとならば、ロティスと、と言うレイドが、人と会う約束とは。あの堅物真面目がひとと。また不思議なこともあったものだと、荒く鼻息を吐いて自分の考えに相槌をうつ。  男子寮を出たまではいいものの、特にすることも行くところも決めていなかったライアがとりあえず向かったのは、外門近くの一般開放エリアにある大食堂(だいしょくどう)だった。  溜まりに溜まった課題を消化するために徹夜をして今さっき起きたばかりなので、自然と身体が食事を求めたというのもあるだろうが、なんとなく、この時間帯に誰かと会えそうなのはそこしかなかった。  ———。  重い扉を引き、中へ入ると、そこは空腹な生徒でごった返しの賑やかな食事処。食欲を(そそ)暖色(だんしょく)のカーペットに、白く清潔に保たれた壁や柱。幾つも混じった料理の香りと、かちゃかちゃと銀食器を動かす音。そして適度に騒がしい生徒や近隣の奥様方の話し声は、妙な居心地の良さを感じられる建物だった。  大食堂の内装は至ってシンプルだ。六人がけの横長テーブルが一定の間隔でずらりと並ぶ、面積を一番広く使っている食事用のスペースと、その奥にある注文受け付けカウンターと受け取り口。あとは大体通路で、カウンターの辺りは人が列を形成していたり、何にしようかと友達同士で話し合っていたりする。 「おばちゃん。かぼちゃのサンドイッチ、ひとつ」 「あいよー」  少しの間だけ並んで、順番が回ってきたところでいつも通りサンドイッチ系の期間限定メニューをオーダー。現在は時期もあって、かぼちゃやさつまいもを使ったものが多い。  受け取り口からサンドイッチの乗ったトレーを手渡しで貰い、代金を払ってからきょろきょろと空いている席を探し始めた。正午近くなら全席埋まっていることも珍しくないが、三時前の今ならちょこちょこ空席は存在するから、探すのは容易だった。因みに、席が空いていなかった時はトレーだけ返して外のベンチで食べることもままある。 「……うん、ちょい甘いかなぁ」  かぼちゃのサンドイッチは、かぼちゃの甘さが嫌な方向に効いた料理だった。だが食べ進めるとそれも慣れてきて案外美味しいな、と思いながら咀嚼(そしゃく)していると、 「お、スイヨ。奇遇(きぐう)だな」  伸びた背筋に、長い浅葱色(あさぎいろ)の髪。顔からしてもう真面目だというオーラが漂う女友達を見掛けたので、ライアは手を挙げてアピールしつつ彼女の名前を呼んだ。  そんな彼女———スイヨ=アルバーナは、敢えてスルーしていたのにといった表情で、仕方なさそうにこちらへやってきた。 「よっす。えっと、一昨日ぶりか?」 「ええ、そうね。……その適当な空気から察するに、課題は終わったみたいで良かったわ、ライアくん」 「おう、ありがとな」  ライアがお礼を言うと、彼女は特に何を言うでもなく、隣の座席を引いてそこに座った。  それに対して(いぶか)しんだ視線を向けると、スイヨは一口大にカットしたホットケーキを口に入れて数秒。飲み込んでから、対抗するような目付きを返してくる。 「何よ、文句でもあるの?」 「いや、ねぇけど。自分から俺の隣に座るなんて珍しいなーって思った。そんだけだよ」 「なんだ、そういうこと。別に、わざわざ別の席を選ぶのも感じ悪いでしょう。それに、なるべく知り合い同士座った方が他の方の迷惑にならないし」  至極当然のように、スイヨがそう語る。  サンドイッチを頬張りながら、ライアはそれを聞いて少しだけ嬉しそうに目元を緩ませた。 「———なぁ、全く関係ない話していいか」 「良いか駄目かで言えば、嫌だわ。けれど、話を聞くくらいはしてあげる」  どうせ食べ終わるまでの娯楽だもの。と付け加えるスイヨに礼を言って、ライアはサンドイッチ最後の一口を頬張った。  終わってみると名残惜しい料理というのは、味関係なく良いものだというのが彼の持論であったが、今回食べたかぼちゃのサンドイッチはまさにそうだった。最初こそ変に甘くて無糖のコーヒーか紅茶が欲しくなるものだったが、いつの間にやらまた食べたくなってくる。そんな不思議な魅力があった。 「いや、だーいぶ前、半年くらい前かな。そんくらいの時期に、登笈(とおい)から将来のことを聞かれたことがあってよ。んで、スイヨってどう考えてんのかなーって」  問われて、スイヨは食事の手を(しば)し止める。  将来のこと。学習院(がくしゅういん)を卒業してから、国に戻ってどうするのか。どうしたいか。決して一言では表現出来ないことを、彼女も一度、ここにはいない少年から似たようなことを聞かれたことがあった。  スイヨが元々ここに入学したのは、親に何もかも決められる人生が嫌だったからだ。それが仕方のないレールだったとしても、家のための道具として使い潰されるのが耐えられなかったから。ある意味では、次男という立場から貴族として生きることを嫌ったライアと少し似た在り方をしているのが、スイヨ=アルバーナという少女。  だが、将来についてはノータッチというか、そこまで深く細かく考えていないというのが彼女の正直な本音だった。とりあえず逃げ出してきたという言葉が相応しいだろうか。  故に、スイヨは少し返答に悩んでいた。 「質問に質問を返すようで悪いのだけど、貴方はどう考えているの?」 「ん。俺かぁ。俺も、うーん、俺は、そうだなぁ」  言われて、ライアの視線は天井を向いた。とはいえ、あまり悩むようなほどでもない。彼の場合は、方向性が既に定まっている。この学習院(がくしゅういん)で、一人でも生きていける術を学び、それを活かして一人で金を稼いで過ごす。それを具体的にどうするかというビジョンが無いだけで、回答はシンプルである。 「家に帰るつもりは()ぇし、このままこの国か、違うどっかで生きていくだろうな。両親はともかく兄妹のことは好きだから、出来ればたまーに会えたらいいなぁなんて都合の良いこと考えたりもしてるけど」 「そういえば、妹がいたんだったわね。……ライアくんの妹、かぁ。可愛いの? やっぱりやんちゃさん?」 「いんや、大人しくて賢くて、すっげぇ良い子だよ。俺よか兄貴に似てんのかなぁ、あれは」  思い出を振り返るように、ライアは昔を懐かしみながらそう話した。  それから少しだけ互いに口を開かない時間が過ぎて、見計らった様子でスイヨはフォークで刺した一口サイズのホットケーキを咀嚼(そしゃく)する。 「……そ。奇遇ね。私も実家に戻る気は無いわ。いつかそうすることになったとしても、出来る限り自分の力で、自由に生きていたいの」 「へぇー、何だ優等生サマの発言とは思えねぇな。てっきり実家に戻って親に決められた結婚相手と結婚して子供産んで穏やかに生きるもんだとばかり」 「私自身は優等生であろうと思ったことは一度もないのだから、当然でしょう。好きに生きた結果がたまたまそう見えているだけよ」  堂々と、胸を張って答える彼女の言葉に、そりゃそうだ、とライアは柔和な笑みを見せて頷いた。 「じゃあ、卒業してからもどっかで会ったりするかもなぁ。ギリアとスリージじゃ、遠くてもう会う機会もねぇもんだと思ってたが……」 「会えるわよ。会いたいなら、ね」

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