RELACION 〜有力貴族の居候となった少年とその数奇な人生を〜

読了目安時間:4分

エピソード:94 / 108

現状

 海浜から街へと潮風が流れ漂っていた。ざらついたその風が肌に触れると、まるで手で捏ねた砂糖を擦り付けられたような感覚に襲われる。  影落とすカモメの鳴き声と、我が物顔で街を歩く漁師という名の荒くれ達。建物の隙間から遠くを見やれば、大きな大きな客船が見えるこの街の名はサウスホルン。アテリア王国ステンネル領に属する土地である。  因みに、セントホルンからは歩いて南へ一時間ほどの距離にある。 「チケットは買えたから、後は港で待っていようか」  隣を歩く走薇(そうら)の声に、登笈(とおい)は頷きで返事をする。  本邸を出発してここサウスホルンに到着してから、二人は東陽三国(とうようさんごく)に停泊する旅客船の早朝便に乗るべく準備を進めていた。具体的には、まずチケットを購入したり、軽食をとったり、時間まで軽く散策を楽しんだりである。 「師匠って、祭りは好きですか?」  港近くの屋台で買ったホットドッグを頬張りながら、登笈(とおい)がそう聞くと、走薇(そうら)は、いきなりだね、と返し、そうだなぁ、と軽く首を捻った。 「小さい頃は花火祭りとかよく見に行ってたんだけど、最近は忙しくって中々ねぇ」  侍としての鍛錬の日々、七門臣(しちもんしん)として緊張の糸を張り続ける毎日。分刻みであれやこれやと動き回るわけではないが、立場を忘れて好き放題出来るような時間は無いのだと、苦笑いしながら彼女はそう話す。 「……もしかして、一緒に祭りに行きたいとか?」  興味があるのか尋ねるなんて、お誘いの口説き文句か何かだと。質問の意図を呆気なく見抜いてみせた走薇(そうら)に対して、看破された側の登笈(とおい)は照れ臭そうに頬を掻く。 「まぁ。そんな感じです。だいぶ先になるんですけど、聖王国(せいおうこく)で大きな祭りをやるって話を聞いたことがあって」  西端のスリージ聖王国(せいおうこく)で、建国を記念した大規模な祭りがあるのだと登笈(とおい)が言うと、走薇(そうら)は、 「暇してたら行ったげる」  と、割とそっけない返事をするのだった。 「枇杷(びわ)の国のこともそうですけど、何か最近はゴタゴタで、そんなの全部忘れて楽しめる時間があれば良いなって思うんですよ」 「それは私も同感。だから、まずは柳花(りゅうか)様を助け出さなきゃね」  目下。枇杷(びわ)の国に戻る理由、招船(よびふね)(かすか)に捕らわれたと思われる彼女の奪還を最優先にする。と、そう告げる師匠の意思に弟子が賛同すると、港から汽笛のような大きな音が鳴り響き、それが街の端まで広がっていく。乗り込み可能を告げる合図だ。 「……」  石畳の道を足裏でなぞりながら、登笈(とおい)は今から再び離れることとなる王国の風景を目に焼き付けていた。 「出港したら帯刀を忘れないでね。遅くても船を降りる時にはいつでも戦える準備をしておくように」 「え? 剣は屋敷に置いてきたんですけど……現地調達出来るかなって思って」 「大丈夫。君には私の予備を後で渡すから。この布袋には刀が三本入ってる。重たいんだわー、これが」 「へぇー……。わかりました、ありがとうございます」  △▼△▼△▼△    寂しい場所だった。硬い石の床に、木製の格子。到底手の届かぬ位置にある小窓が一つ。あとは簡素な敷布団のみ。猿でも分かる牢屋の一室。その中心、檻の内側には若い女性の姿があった。  (ひたい)が露出するように短く切り揃えられた前髪に、カールのかかったくりくりの後ろ髪。(まぶた)と眉毛の距離が近く、気の強い印象を受けるが、人並み以上に整った顔立ち。 「……」  囚われの身の彼女———久能(くのう)柳花(りゅうか)は、最早何度目とも知れぬため息をついた。  何でこんなことになったのか。枇杷(びわ)の国の中心である湖都(こと)にいた自分が何故。その理由の全ては、彼女の眼前、格子の向こう側にいる七門臣(しちもんしん)にある。  その”童女”は、檻の中の柳花(りゅうか)を見て満足そうに口角を歪めていた。 「今日で三日目となるが、気分はどうじゃ? 囚われの姫よ」  見た目だけで表すなら、それは街中を歩けばどこにでもいる成長途中の少女である。だが、それの纏う空気、瞳から感じ取れる思慮の深さ、洗練された立ち振る舞いは、まるで老練な女帝のようであった。 「……ええ。お陰様で、かなり慣れてきたわ。硬い床で背中もお尻も痛いけれど。壁を這う蜘蛛とももうお友達だわ」  瞼の下は目に見えて青黒く染まっており、疲労が表れているのは確かなのだが、努めて呼吸を正常に保ちつつ柳花(りゅうか)は強がりを口にする。 「気力は存外鍛えられておるようじゃな。(わらわ)も、お主を苦しめるのが目的ではないからの。そのまま静かに虜囚の立場でいてもらえれば助かる」 「殺されないだけ温情だと捉えて、言う通りにしているわよ。質素だけれど食事もあるし」  現在地すら分からない状況で抵抗したところで、体力を無駄に消耗するだけ。最低限の衣食住が保証されている以上は従うと、柳花(りゅうか)は言葉通り諦めた様子で息を吐く。 「賢い考え方じゃな。安心せよ。お主はあの時津風(ときつかぜ)宮城(みやぎ)を誘う餌でしかない。解放がいつになるかは、あ奴ら次第じゃがな」 「私を助けに千里(せんり)さん達が来るのを待つと? ふふふ。それでは、貴女(あなた)はあの二人と正面から衝突して勝つ自信があるというのですね。———招船(よびふね)(かすか)」 「……」  老練な童女———七門臣(しちもんしん)の一角を担う呪術師、招船(よびふね)(かすか)は、虜囚の姫の覇気の込もった言葉に対して、やはり薄く微笑を形作るのだった。 「既に世界は変わり始めている。(わらわ)は少しばかり、漸進的でありすぎたのやもしれぬな?」

読んでいただき、ありがとうございます。 質問があれば是非ともお書きください。今後の展開のネタバレにならない程度に回答させていただきます。 長文でも一言でも何でも感想お待ちしています。筆者にエネルギーをください!! サウスホルン→ステンネル領の南部、海岸沿いにある街 湖都→枇杷の国の首都 枇杷港→枇杷の国の主要港

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • リューザの世界紀行

    少年リューザの旅物語

    1,400

    0


    2022年5月28日更新

    辺鄙な山中に位置する小さな湖畔の漁村、フエラ村。この村では何時も平穏な時間がゆったりと流れているのだった。 そんな村に住む少年リューザは、ある日のこと湖岸の洞窟で薄ら蒼く光を放つ不思議な金属の棒切れを見つける。その光に導かれるがままに進んでいった湖畔の深い森の先でリューザと幼馴染の少女ブレダが目にしたのは荘厳かつ神聖な佇まいをした神殿だった。二人は好奇心からその神殿へと侵入する。 そこで見つけたのは、不可解な文字列に奇妙な生き物を描いた絵画、挙句の果てに不気味に光る光源が現れる始末だ。 この先、何が二人を待ち受けているのか……。 お人好しな少年リューザと、我儘な村のお嬢様ブレダの不思議な冒険が今始まる。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:5時間11分

    この作品を読む

  • 虹の騎士団物語

    ちょこちょこ&ほのぼの進むファンタジー

    2,100

    0


    2022年5月28日更新

    昔々、神様は世界をひとつにできる架け橋、虹を作りました。 けれど、いつまで経っても世界から争いはなくなりません。 悲しんだ神様が流した涙が虹に落ちると、虹は砕け、空から消えました。 それから、虹が空に現れることはありませんでした。 でもある日、虹のカケラが、ある国の9人の少女の元にとどきます。 虹の騎士団と呼ばれた彼女たちが世界をひとつにしてくれる、最後の希望になった。そのときのお話です。

    読了目安時間:3時間12分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 遺書と言って渡されたのはライトノベルでした。

    小説投稿サイトを舞台に繰り広げられる物語

    46,200

    4


    2022年5月28日更新

    葬儀はしめやかに行われた。 友人は余り多く無かった様で、 本人も家族もそれほど信心深い方では無かったのか 家族葬という形で静かに行われた。 私はその死をとても受け入れられずにいた。 ・・・ それから暫くして家にある男が焼香に現れた。 そして一束の小説原稿を私の前に差し出した。 その男は言った。 「これは彼女の遺書です」 それはライトノベルだった。 私は何をふざけているんだと憤った。 そして男を睨みつける。 すると男は真剣な顔で言う。 「そして彼女の生きた証です」 その真剣過ぎる姿に私は怒る気も失せた・・・。 ************** 小説投稿サイトを舞台に、とある女性の死を中心に そして一つのライトノベルによって伝えられる想いから 繰り広げられる物語。 *************** ※このお話はフィクションです。 大事な事なので2回言います。このお話はフィクションです! 追記: 私の作品リストに掲示板用の作品を作成しました。こちらにコメントし難い場合はそちらをご利用下さい。 ※ライトノベルの定義について:明確な定義はないそうですが、 本作に置いては『軽い文体でわかりやすく書いた小説』とさせてください。

    読了目安時間:3時間28分

    この作品を読む

  • 最終決戦 壮大に何も始まらない

    頭の悪い勇者と頭が痛い魔王の最終決戦です

    204,600

    1,640


    2022年5月28日更新

    人類の希望、世界の希望を背に魔物に立ち向かう勇者。 全ての魔を統べる王――魔王。 長きに渡る人間と魔物の最終決戦が――壮大に、何も始まらない! 何故なら勇者のパーティ、何か変だから!

    読了目安時間:2時間43分

    この作品を読む