-東陽三国 東陽の国 東都-
木造の円卓がぎしりと音を立てる。並び合う七つの席、各々が異なる思想と感情を持って臨む会議———通称を七門会合という集まりが、たった今、大男の拳によって幕を閉じた。
窓の無い部屋に集う七人は、それぞれが一騎当千の猛者。東陽三国の中でも指折りの実力者達である。
彼らは守る者。国の境界に立ち、他国の侵略を防ぐ役割を担う者。境界線、関門。言い方は様々だが、まるで門番のように立ち塞がる彼ら彼女らのことを人は———『七門臣』と呼ぶ。
「ヌゥ。不可解だ……」
円卓に拳骨を打ち落とした大男———四十万鉄滓は、眉間に皺を寄せたまま、もう片方の手もぎゅうと握りしめる。
「何故、こうもつまらぬ争いを続ける。思想の食い違いなど些細なこと。わざわざ国を三つに分かち、内々で人口を減らすなど愚の骨頂であろうに。……貴様もそう思わぬか、千里」
「……今更だ」
鉄滓が隣の席に視線を向けると、千里———と呼ばれた男は、一度だけ鉄滓の目を見てから、面倒臭いのに絡まれたとばかりに、肩で息をした。
「思わぬのだろうな。貴様も白虎も、招船も時津風も、自国の民を殺すことにお熱なのだからな」
「鉄滓。別に、俺はこの内乱を続けたいわけではないよ。雄花様には悪いが、勝つ気も無い」
「ならば東陽に戻って来れば良い。旗頭たる貴様らがいなければ、いずれ内乱も鎮まるだろう。貴様らがおるから、民衆は貴様らを頼りにする。違うか」
「それは違うさ。何でか知らんが、黒桜軍はどうあっても枇杷の国を潰したいみたいだからな。
俺と走薇は、劣勢でしかない枇杷軍に助力してあの国の民を守っているだけだ」
側から見れば内乱を助長しているように見えるのだろうが。と言い残して、一人また一人と七門臣が離席する中で、千里もまた話を終えて立ち上がった。
見れば、残っていたのは鉄滓と千里の二人だけである。
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道端を転がる石ころを、つま先でかこんと加速させる。だが足元のそれに目を向けることもせず、白髪の女侍は露店で買った大福に頬を染めていた。
彼女は時津風走薇。齢二十代前半でありながら、七門臣の席に名を連ねる豪傑である。豪傑と言われると少しムッとする程度には、乙女な面もあるけれど。
「んーっ、やっぱり東都の大福は最高だね。お土産に爆買いしていきたいけど、腐っちゃったりするのは嫌だしなぁ」
「ご機嫌だな、走薇」
大好物の餡子がぎっしり詰まった大福をもちーんと伸ばして堪能していると、背後から歳のいった男性の声。それは、とても聴き馴染みのある知り合いのものだった。
唇に付着した片栗粉を舐めとってから振り返れば、やはりそこには声から予想した通りの人物が立っている。
東陽三国(ここらへん)ではありふれた黒髪黒目に、程よく筋骨の備わった肉体。人懐っこい小動物のような相貌をしていながら、芯のある力強い目付きの男。
彼のような年齢の男性のことをおっさんと呼ぶのだが、残念なことに、走薇から見れば彼は先輩という括りに入るため、その呼び方は喉の奥にしまい込まれた。
「相変わらず団子とか餅とか、そういうの好きなのな」
にへらと表情を崩す彼の名は、宮城千里。走薇と同じく七門臣に名を連ねる侍の一人だ。
「餡子が好きなんですよ。それも豆感の残っていない、舌触り最高な漉し餡が。小豆は嫌いですけどね」
小豆餡子の中には、豆の皮が少し残った粒餡とそれすら全て無くした漉し餡との二種類が存在する。どちらも違ってどちらも良いが結論ではあるものの、特に走薇はざらりとした食感の方が好みなのだった。
ただし、大元の小豆は嫌いであるという。そんな主観前提の好物の話に、千里は、どっちも味は同じだろ、と適当に言葉を発してみせる。
「そりゃ、そうですよ。けど食べ物って実際は舌で味わうだけじゃなくって、視覚とか嗅覚とかでも感じるものでしょう?
五感のどれかが拒否したら、もうそれは無理なんです。小豆の場合、見た目がだめです。私、豆系嫌いなんです」
「へいへい。お前の趣味は分かったよ。まぁ好き嫌いなんざ誰にだってあるもんだ。んなもんはどうでもいい———ってのはアレだが、今とやかく話すもんじゃねぇ」
「……あぁ、そういえば。帰り道は方向一緒ですが、先輩は先程まで鉄滓さんとお話しされてましたよね。何故、私を追いかけてこられたのです?」
四分の一ほど残っていた大福の欠片を口に放り込んで咀嚼しつつ、ごくりと飲み込む。まだ手提げの紙袋には串団子やら最中やらが入っているが、それはお土産用。一先ず食事を終えてから、彼女は軽い疑問を、隣を歩く先輩に投げかけた。
「追いかけたわけじゃねぇよ、空見上げてぼーっと歩いてたら間抜けな後ろ姿が見えたんだ」
「間抜けって言いました?」
「でも話すことがあるのは本当だ。話ってか、頼みごとだが」
「間抜けって言いましたよね、いま」
「すまん悪かった。本音が出た。それでまぁ頼みごとなんだが、聞いてくれるか?」
頭を軽く下げて謝る千里もとい威厳の無い先輩に軽いため息を零しながら、走薇は、ええ、と一言。
「人が悪いですね。大恩ある先輩からの頼みごとを私が断れるわけがないと分かっての話ですか」
半ば呆れつつも、自分を七門臣という東陽三国で最高位の侍になるまで鍛えてくれた千里の言葉に、走薇は微笑んで耳を傾ける。
それを聞いた千里は、すまねぇな、と苦笑い。
「なら遠慮無く頼ませてもらうが……。走薇お前、"俺の息子"の師匠になっちゃくれねぇか」
だが、繰り出されたのはやはり頼みごとの範疇を超えた謂わば命令のようなものだった。断れるわけがないでしょうとか軽はずみに口にした走薇の想像力が足りていなかったのか。
一瞬にして途轍もなく面倒臭そうな表情に変わる彼女と、返事を待つ千里。
仕方ないと首を縦に振る前に、しかし走薇はそういえばと腕を組む。
「先輩の息子さんって、あの時の子供くんですよね。今は中央の王国で暮らしていると聞いた覚えがありますが、こちらに帰ってくるってことですか?」
彼女の疑問に、うむ、と千里は頷いた。
五年も前の話になる。内乱の最中、最愛の妻を失った彼は、枇杷の国が劣勢であること、仕事柄どうしても一緒にいてやれないこと、まともな教育を受けさせてやれない可能性があることなど諸々を考えた結果、実の息子を母方の実家に預けたのだ。
息子側の気持ちなど考えずに行ったことだが、それでも良家に預ければ少なくとも戦乱に巻き込まれて死ぬことはないだろうと。
「いや、帰ってはこない」
「え?」
「けどアイツもそろそろ一六歳かそのくらいだ。となれば、やっぱ護身術くらい持たせてやりたくてな。養育費とか土産とかはちょくちょく向こうに送っちゃいるんだが、ほら、向こうは騎士文化が強いだろ?」
「はぁ。そうですね」
「けど、俺は侍としての技術も教えてやりたくてな。俺が出向いても良いんだが、何か息子が弟子の弟子ってちょっと憧れる展開だと思うんだ」
「……はぁ」
「あ、騎士と侍の両方の力を会得するとか凄いと思わねぇか? ……これは最強の剣士が生まれる気がする」
「うーっわ」
これが親バカというものなのか。と、今更呆れるもクソももう限度を超えてしまっているのだが、とりあえず頼みごとを聞くと言ったからには断るのも侍としてどうかと考える走薇。
しかし、帰ってくるならいざ知らず、当の息子ご本人は大森林を超えて遥か西の異国の地であるときたものだ。
「……え、私に王国まで行けと?」
嫌な汗を首筋に感じながら尋ねると、千里はやはり頷いてきた。
「けど、まぁ頼みごととは言うものの、少し聞いてみただけだ。俺からの頼みをお前が断れないのも知ってるしな。冗談だ。忘れてくれ」
が、あまりに嫌そうな顔をする走薇に、千里は肩をとんと叩いてそう告げた。
自分で決めたことだから仕方がないとはいえ、息子に一切何もやれていないことを少し気にしていたことと、誰かと息子の話をしたかったこと。その二つが重なっただけだと。
そんな風に珍しく父親らしい優しい笑みを見せる千里と、口をへの字にした仏頂面はそのままな走薇。
本日行われた七門会合でも話されたように、この国は、いやこの地方は三つに分たれて内乱を繰り広げている。
東陽の国。南東の黒桜の国。そして南西の枇杷の国。
千里と走薇は、枇杷の国に助力している状態であった。なので、均衡を保つという面も含め、国から長く離れることは出来る限り避けたいというのが本音だった。
「……いえ、行きましょう」
だが、走薇はこれを快諾した。渋々ではない。命令だからでもない。
単純に、千里を人として尊敬しているからだ。頼んでからやっぱり良いよと言うのは中々に卑怯な手順だとは思ったのはさておきだ。
「本来は国を守る立場の私達ですから、ここを離れるのもあまり褒められたことではありませんが……戦争の予兆も無いですしね」
内乱はずーっと続いてますけど。と続けて、走薇は千里の胸にとんと拳を当てる。
「少しだけですよ。長くても数ヶ月ですから。なので、その間は任せます」
「……あぁ。こちらこそ、息子を任せた。いや、お願いします。
向こうの公爵さんには文を送っておくよ。七門臣がお忍びで出向くとえらいことになるから、あちらさんに話を通しておいてもらわないとな」
「はーい、お願いされました。というか、何だか楽しみになってきたんですよね」
「楽しみに? そりゃ何でだ」
「だって先輩の子ですよ。育て甲斐がありそうじゃないですか」
走薇は安心しろとばかりに、にへっと、言葉通り楽しそうな笑顔を見せた。
かくして彼女、時津風走薇がステンネル公爵家のあるセントホルンに向かうことが確定したわけだが、二人はまだ知らなかった。
何がって、その息子は未だ雪馬車に揺られてスリージ聖王国の大地を駆けている最中だということを。
読んでいただき、ありがとうございます。
質問があれば是非ともお書きください。今後の展開のネタバレにならない程度に回答させていただきます。
長文でも一言でも何でも感想お待ちしています。筆者にエネルギーをください!!
今回は東陽三国のお話でした。
千里は登笈の実父です。走薇はその元弟子という立場。今はお互い同じ役職についているので、先輩後輩という図式が成り立つわけですね!!
・七門臣について軽く補足
名称はそのまま意味に繋がっていまして、国の臣下である七人の門番、といった役職です。
簡単に言うと、東陽三国で最も強い七人の侍のことです。それが東陽やら枇杷やら黒桜やら紛らわしいぜってなってるわけですが、七門臣という職は「元々の大きな東陽って国」を守るシステムとして続いているため、特に争う理由も争っちゃダメな理由もありません。
彼らが仕事をするのは、東陽三国が他国(アテリアだったりスリージだったり帝国だったり)に攻撃を受けた時だけです。
また、彼らが罰せられるのは、他国から侵略を受けている際に防衛以外の行為をした時だけです。
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