白金のイヴは四大元素を従える

読了目安時間:8分

9 鉄の筒

「鉄の大きな筒?」  ニーナが聞き返すと、大岩のようなトロールが頷いた。 「鉄の筒が爆発するの?」  問いを重ねると、トロールは今度は首を振って唸りを上げた。ニーナは眉を寄せ、首をひねる。 「爆発があって、鉄の塊が飛び出す? その筒から?」  しばらく考え込んでから、ニーナはシルキーを見た。 「昨日見た爆弾は、筒になんか入ってなかったわよね。となると、また違うもの? シルキー、なにか分かる?」 「さあ、わたくしにも皆目(かいもく)……」  シルキーも首をひねり、ニーナは唸った。  場所を変えたところ新たな情報を得ることができたが、相変わらずどれも具体性に欠けた。実際の目撃談なのだから、もっと詳細が見えてもよさそうなのだが、これがトロールの限界なのかもしれない。 「ハルバラドは爆弾以外にもなにか隠し持ってるのかしら」 「一度、砦に戻ってみますか? あそこならハルバラド兵がたくさんおりますし、もっとなにか分かるかもしれません」  シルキーの提案に、ニーナは天上を見上げた。葉の間から見える空は鮮やかであり、日差しも真上から差していた。 「そうね。ちょうどいい具合にお昼どきだし、食事を貰いながら聞いてみるのもよさそう」  言いながら、ニーナは座っていた地べたから立ち上がった。 「話を聞かせてくれてありがとう。またなにかあれば来るわ」  協力してくれたトロールにニーナは手を振り、シルキーは礼儀正しく頭を下げてから、二人は揃って地面を蹴った。  ほどなく帰り着いた砦ではちょうど、兵達が昼休みをとっていた。食事時の喧騒と、食欲をそそる匂いが陣内を満たしている。そんな中で、ニーナは昨日まで置かれていなかったはずのものを塀の近くに見つけ、口を開けて立ち尽くした。 「……鉄の筒ね」 「……鉄の筒ですね」  他になんとも言えず、二人は黙って、並ぶそれらを見据えた。食事をしながらハルバラド兵から話を聞くつもりだったが、その必要もなくなったようだ。  砦の出口に近い塀の前に、人の身長は超えるだろうほど大きい鉄の筒が並んでいた。筒は片方の端に蓋がされており、蓋のない方に向けてやや細くなっている。黒光りするそれが、金属で補強された木の土台に固定され、土台の左右には太い車輪がついていた。 「ニーナ」  筒をつぶさに見ていると、後ろから呼ばわる声がしたが、ニーナは振り返らなかった。ニーナが反応しなくても、声の主は勝手にそばまでやって来る。 「戻っていたのか。朝からどこへ出かけていたんだ」  ニーナは答えなかった。代わりに、たった一言だけ発した。 「これはなに?」  エリヤは一瞬訝しんだが、ニーナの視線の先に気付き、納得したようだった。 「これは大砲という、対トロール用の武器だ。これがあれば、剣を通さないトロールにも対抗できる」 「ふうん……」  エリヤの淀みない説明に、ニーナは声を低くする。 「エリヤ」  ニーナの短い呼びかけに、エリヤが隣で振り向く。長身な彼に、手の動きだけで屈むように示した。不審そうな顔を見せながらも、エリヤは腰を曲げてニーナに目の高さを合わせる。  次の瞬間、少女の右手が若者の左頬に叩きつけられた。突然の衝撃に、エリヤは仰け反って瞬いた。 「なっ、なんで」 「エリヤの馬鹿! もう知らない!」  泡を食うエリヤをこれでもかと怒鳴りつけ、ニーナは背中を向けた。  肩を怒らせてずんずん歩み去るニーナの後ろ姿をしばらく見詰めてから、シルキーは呆然とするエリヤへと視線を移した。 「今のは、エリヤ様が悪いです」  シルキーの呟きに、わけが分からないと言いたげにエリヤが振り向いた。しかし彼女はそれ以上はなにも言わずに、ニーナへと目を戻し、その後を追った。  取り残されたエリヤは、すぐには思考も行動もままならずに立ち尽くした。 (なんだったんだ、今のは……)  エリヤのなにに対してニーナが怒ったのか、さっぱり分からない。彼女の行動が理解しがたいことは珍しくないが、今回は特にそれを感じた。大変理不尽なような気もしながら、エリヤはじんと痛む頬に手を当てた。 「若君」  アーサーがエリヤに気付いて歩み寄って来た。エリヤが振り向くと、ハワード家の私兵隊長は眉をひそめた。 「頬が痛むのですか」 「いや、そういうわけでは」  なんとなく焦って、エリヤは顔に当てたままだった手を離した。すると、いつも冷静なアーサーが珍しく目を丸くした。 「どうしたんですか、それ」  アーサーの反応から、赤くなっているだろう頬を慌てて隠すように、エリヤはもう一度顔に手を当てた。体裁悪く目を逸らす若者に、アーサーはため息をついた。 「一体なにで、お嬢さんと揉めたんですか」  図星を指され、エリヤは気まずく口を歪めた。 「それが……どうしてニーナが怒ったのか分からないんだ」 「なにか鈍いことでも言ったんではないですか」 「これはなにかと聞かれたから、答えただけだったんだか」  目の前に並ぶ大砲を見ながらエリヤが言えば、アーサーも唸った。 「ご婦人というのは、男には理解しがたいことで怒り出すこともありますからな。若の言い方で、なにか気に入らないことがあったのでしょう」  そうなのだろうかと、エリヤは真剣に考え込んだ。しかし考えて分かるものでもなく、エリヤは顔を上げた。 「どちらへ?」  突然歩き出したエリヤに、アーサーは不思議そうに問うて来た。エリヤは歩を緩めずに早口で答えた。 「ニーナのところへ行ってくる」 「また叩かれますよ」 「嫌われるよりましだ」  本気でそう考えながら、エリヤは少女がいるだろう天幕へ早足に向かった。  目的の天幕に着くと、黄色い髪の少女がちょうど出て来た。エリヤはすぐに、彼女へと駆け寄った。 「ニーナは中にいるか」  振り返ったシルキーはエリヤの顔を見上げ、複雑な笑みを見せた。 「いらっしゃいますよ。今は少し落ち着かれましたので、入っていただいて構いませんが、お気を付けください」 「分かっている。ありがとう」  短く返して、エリヤは天幕に踏み込んだ。  ニーナは、一番奥の寝床でこちらに背を向けて横たわっていた。エリヤが入って来たことには気づいていると思うが、微動だにせず、いかにも不機嫌な空気を醸している。入口で少しためらってから、エリヤは恐る恐るニーナに歩み寄った。敷布に広がるプラチナの髪と、少女の柔らかな腰の曲線が目に入り、やや鼓動が速くなる。  エリヤがすぐそばまで近寄っても少女は動く素振りを見せず、かたわらに座り込んでもまったく反応しなかった。 「……申しわけなかった」  なにを言ったらいいか分からないまま、エリヤは謝罪を口にした。だがすぐに返答はなく、どことなく気まずい空気が天幕に広がる。完全に無視されたのだと思い、エリヤがいたたまれない気分になっていると、不意に少女の声が鼓膜をかすめた。 「……なんで謝るのよ」  戸惑うエリヤの前で、ニーナは体勢はそのままに深く息を吐き出した。 「なんであんたが謝るの」  言いながらニーナはおもむろに上体を起こした。だかエリヤに背中を向けたままで、振り向こうとしない。うなだれた少女の背中を見ながら、エリヤは抑えた声で答えた。 「わたしはまた、君を怒らせることを言ってしまったようだから」  エリヤが素直に言うと、ニーナはまたため息をついた。 「あんたが謝ることじゃあないわ……叩いてごめんなさい。ただの八つ当たり」  ニーナから謝罪を聞くことになると思わず、エリヤは目を見開いた。 「……君は、なにをしようとしているんだ」  ずっと喉につかえていた問いをエリヤが吐き出すと、ニーナはようやくわずかに振り向いた。しかし彼女はなにも言わず、再び沈黙が訪れる。まずいことを聞いただろうかとエリヤが危ぶんでいると、長い間を置いてやっとニーナは口を利いた。 「多分、あたしだからできること」  呟くように言って、ニーナはエリヤに向き直った。 「でも、本当はあたし一人では無理なのかもしれない……ううん、無理なのよ。それでも他人には頼れない。自分で気付いて貰わないと」  エリヤはニーナの琥珀の瞳を見詰めた。その底にあるのは、強い意志。 「わたしにも、頼っては貰えないのか」  ふと、ニーナが小さく笑んだ。それが寂しげに見えたのは、気のせいではないだろう。 「そうね。それじゃあ今すぐトロール討伐なんかやめて、ディーリアに帰って」 「それは……」 「無理よね。分かってる」  エリヤが口をつぐむと、ニーナは表情を崩した。 「そんな顔しないでよ。本当に馬鹿なんだから」  苦笑いしながら、ニーナは寝床から立ち上がった。 「この話はもうおしまい。お昼食べに行きましょう」  いつもの調子に戻って、ニーナは天幕の出口に足を向けた。少女が横を通り過ぎる瞬間、エリヤは素早く立ち上がり、彼女を後ろから抱き締めた。 「そんなにわたしは頼りないか?」  驚いた少女の強張りが、腕に伝わって来た。そしてエリヤ自身も、自分の行動に驚いていた。感情の波が押し寄せ、せき止め切れずに溢れる。 「わたしとて、男で騎士だ。少しでも君の力になりたい――君を守りたいんだ。そう考えることが馬鹿だというのなら、それでも構わない。だから教えて欲しい。どうしたら君は、わたしを頼ってくれる」  自身の心臓の音が、耳の中でやかましくなっているのをエリヤは意識した。  ニーナが抱えるものを、エリヤは知らない。少なくとも、レイモンド王が彼女に託すと言っていた以上、それは一国の王ですら負い切れなかったものだ。腕の中の少女はこんなにもちっぽけだと言うのに、その背に余るものを彼女が背負っているとしか、エリヤには思えなかった。だからこそ、ニーナを助けたいと願ってやまないのだか、彼女がそれをさせてくれないのでは、どうしたらいいか分からない。  緊張の間の後で、ニーナがぽつりと呟いた。 「エリヤが騎士である限り、あたしはあんたに頼れない……ごめん」  最後の言葉と共に、ニーナはそっとエリヤの腕をはずした。そして今度こそ、彼女は天幕を出て行った。一人になったエリヤは、空になった自分の腕を静かに見下ろし、無力感に顔を覆った。

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  • 闇百合ちゃん

    n00ne

    ♡500pt 2020年3月23日 19時57分

    エリヤの心情描写、本当にニーナをなんとかしたいと不器用ながらに思っていて、とっても良きです……はてさて、この顛末はどこへ向かうのか!

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    n00ne

    2020年3月23日 19時57分

    闇百合ちゃん
  • 燃え尽き先生(制服ver.)

    入鹿なつ

    2020年3月23日 20時25分

    不器用なエリヤはしばらく空回りです。この試練をどのように乗り越えて行くか、ぜひご注目ください!コメントありがとうございました☆

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    入鹿なつ

    2020年3月23日 20時25分

    燃え尽き先生(制服ver.)
  • みりたりステラ

    中村尚裕

    ♡400pt 2020年2月21日 23時55分

    エリヤの不器用な立ち回り、遠回りですがいいですね。巡り巡って他意のないことを証明しているわけではあります。ただし相手(つまりニーナ)が人柄をある程度把握することが大前提ではありますが(汗)。 これからも頑張って下さい!

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    中村尚裕

    2020年2月21日 23時55分

    みりたりステラ
  • 燃え尽き先生(制服ver.)

    入鹿なつ

    2020年2月22日 14時42分

    上手な立ち回りはできなくても、思いだけは大きくて誠実なエリヤなのです。空回りっぱなしの彼ですが、ぜひ見守ってやって下さい!コメントありがとうございました☆

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    入鹿なつ

    2020年2月22日 14時42分

    燃え尽き先生(制服ver.)
  • コウテイペンギンさん

    双子烏丸

    ♡50pt 2020年2月22日 1時25分

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    続きを楽しみにしてるよ

    双子烏丸

    2020年2月22日 1時25分

    コウテイペンギンさん
  • 燃え尽き先生(制服ver.)

    入鹿なつ

    2020年2月22日 14時40分

    ※ 注意!この返信には
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    うれしぬ

    入鹿なつ

    2020年2月22日 14時40分

    燃え尽き先生(制服ver.)

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