Doll or Alive -人形の森編-

読了目安時間:11分

朱音の両親

場所は変わって朱音の家、そのリビングルームだ。 そこで俺は…… 「君が健司君かね」 「は、はい」 険しい顔をした朱音のお父さんの目の前に座らされていた。 「緊張させてはダメよ、お父さん」 「お母さんもだよ!」 さて、俺は何故こんなことになっているのか、それは……まぁ朱音の言葉に誘われてしまったからという一言で済ませられる。 家に入ってすぐリビングで座っておくようにとやんわりと言われ、そのまま座っていたらいきなり目の前に朱音のお父さんが座ってきた。 そして今に至るのだが、どう見ても怒っているようにしか見えない。心当たりは……全部、だろうか。 「朱音から話は聞いている。病気について調べてくれていると」 「は、はい」 一瞬びくりとするも、話はそれかと頭では理解する。 当然と言えば当然か。今の朱音の状況で付き合い始めた云々を話すのは間違いではないが、気になるのはそこだろう。何せずっと調べていたことを一介の学生が突き止めたなど、どう考えても何かの間違いとしか思えない。 「そして同時に要らない法螺も嘯いていることも」 「……」 「お父さん!」 朱音が叫んで父の肩を揺さぶるも、動揺する様子すら見えない やはり、か。というかそれが普通の反応だろう。人形化症候群という馬鹿な話を受け入れられている俺や兄、朱音の方がおかしいのだ。 そんな話を真っ先に信じた俺や兄貴が一番おかしい。だからこそ否定されるのは妥当だ。それに……ずっとかかりきりで調べていた人がいて、ポッと出が調べて分かったなど否定されるのが必然だ。 「朱音は黙っていなさい。お母さんもだ」 有無を言わさない迫力。たったそれだけで後ろに立っていた二人は口を閉ざした。 兄貴が脅迫してきた時とはまた別の威圧感がある。これが大人の真面目にかつ怒ったときのそれか。ましてや他人の親。信じることを拒否し敵対されることの恐ろしさがよく分かる。 「調べた内容について、ですね?」 「話が早くて助かる。あんな嘘を吹き込んで、朱音を弱らせてナイト気取りか小僧。大人の社会で詳しく調べていることに、子供が口を出すんじゃない!!」 視界の隅で朱音がびくりとしたのが見える。かくいう俺もその怒声を目の前で受けて身体に震えが走っていた。 怖い、恐ろしい。そんな感情が湧き上がる。何もかも投げ出して帰りたいとすら思考には上がってしまう。 だがそれだけだ。兄貴の脅された時みたいに、引けば何かを失うかもしれないという訳じゃない。自分の感情に負けるかどうか、それだけが今必要な考えだ。 反論するにも一つ一つ認めることが重要だ。兄貴との口論を思い出せ。からかうような言い方じゃない。まず相手の言い分を認めてから話す、そこからだ。 「子供。確かにそうです」 「ほう、わきまえているとは思えんがね?」 その通りだ。どう考えても子供の領分を超えていることを行っている。俺は自分を馬鹿だとは思っているけれど、それが分からないほどの馬鹿じゃない。 「大人が調べていることに口を出すな。その通りだと思います」 「……」 医者が匙を投げるなら病気は治らないで、命に関わるなら人生おしまいの可能性が高い。それくらいは分かるし、そもそも専門の人には知識や技術なんかは俺には知るべくもない。 だからそんなものはそもそも求めちゃいない。俺たちがやってきたのはそういったところであったけれど、今は既にそこからかけ離れたところにある。 つまり、病気は治らない前提で進んでいる。それでも希望を捨てないために生きているんだ。 「それでも、子供なりに抗うことを許してはくれないのですか?」 「それが朱音の望みを絶つことなら今すぐにでも殺してやるぞ小僧?」 「お父さん!」 殺意が見えたのと同時に朱音が叫ぶ。そんなことはさせたくないという悲痛の叫びだが、どちらの気持ちも分かるから俺には何も言えない。何より言葉にした元凶だ、何を言っても言葉の重みがまるで軽いだろう。 「お母さん。朱音を止めておいてくれ」 「……ええ」 朱音が羽交い絞めにされてソファの方へと連れられて行く。……パワフルなお母さんだな。わざわざ羽交い絞めにする必要あったか? と、思考が別方向に行ってた。今はお父さんに説明をしてるんだ。余計な思考してたら碌に口が回らないぞ。 俺の目的は元々人形化症候群を治すことじゃない。理想はそうだったけれど、本当の目的は朱音と彼女になって……そして、一緒に生きていきたい。そのための望みは絶対に捨てない。 「望みを絶つんじゃない。望みを求めているからです」 「それがあの病気かね?あれで望みを求めるなど正気とは思えんが」 「症状を元に原因を突き止める。問いという言葉ならどんなことだって同じはずです」 「その原因が問題なんだろうが!!」 テーブルをドンっと叩き、その昂ぶりを怒りへ体現する朱音の父。歯を剝き出しにし怒りどころか殺意すら垣間見える。その矛先が自分であり、向けられた衝撃に身体がびくりと反応してしまう。 身体が反応するのは仕方ない。びっくりした時と恐怖した時の感情が入り混じっているのだと自分に言い聞かせる。 それを受け入れろ。けれど目は背けるな。目を相手から逸らすことは男同士の会話では負けたことと同義だ。 その上で……俺のやることを話す。それが俺にできる最大限のことだ。 そう思ったところで心のどこかで笑っている俺がいるのが分かった。やはり兄弟だな、と。自分のやりたいことのために騙しを入れつつ押し通すのがそっくりだ。 「その原因から来る症状に、解決策が無いのなら……別の考え方があるはずです」 「何だと?」 朱音の父のさっきまでの怒りが勢いよく萎んでいく。 全く別の方向から考えるのは若者の特権だ。もっとも、これは治療による解決ではない。治療を諦める前提ならば考え方は変えるべき、という考えの元で考案された別の案だ。 とはいえこんな考えを実行しようなんて兄もよく承認したものだ。即覚悟決めた俺が言うのもなんだけど、正気かよとは頭の片隅で考えたのは事実だ。 「これを兄から渡せと言われました。兄は調査してくれた当人です」 「読もう」 昨日兄から渡されたレポートをそのまま朱音の父に渡す。おそらく兄はこうなることも考えて書いたレポートなのだろう。 何せ、俺が知っている情報も当然のごとく載せられているものであり、まるで他人に見せることを考えられている内容だったのだから。 そして何より顕著だったのは、「これは治療の為の資料ではない」という一文が書かれていること。そこ以外の説明が多いため、相対的に騙しかねない内容なのだ。 俺はそれを分かっていてスルーした。騙されるようならそれでいいし、騙されないならそれでもいい。気持ち的にはどっちが楽かってくらいの話だ。 渡したレポートを一枚一枚読んでいき、最後の一枚になったところでその顔色は大きく変えた。食い入るように目を近づけ、俺とレポートで視線を行ったり来たりさせていた。 俺は視線を向けられた目から逸らさない。そこに書かれていることは全て事実だということを示すために。 ……俺の、朱音への想いを覚悟に決めたことを示すために。 「……正気ではない」 「はい」 「……人道にすら反すると言える」 「はい」 「……覚悟は、本物かね?」 「俺には、あります。朱音のためなら」 きっと朱音は嫌だと叫ぶだろう。だけれど俺はもう決めたんだ。絶対に一緒にいるんだって。離れるような真似はしないって。 それが例え、俺が俺でなくなるかもしれない結果になったとしても。 「……はぁ、これが本当だと言うなら猶予は一週間もない。そして……子のことを想うなら親として選択肢はない」 「申し訳ないです」 どこか悲しげな、だが納得もしている顔で朱音の父は話す。その瞳はそこまでの覚悟を持っているなら、手を出すことはしないと言っていた。 そしてさっきまでの怒りの顔は何処へやら消え去る。消え去った後には穏やかな表情になって朗らかな笑顔を浮かべていた。 「今日は挨拶だけかね?」 これは、乗り越えた……と見ていいのか?だったら協力も取り付けられるか? マイナス印象からプラスになったならもう一押しだ。今の内に言っておかないと、後回しにできることじゃない。 「……いえ、今日は頼みたいことがあるのです」 健司はさっきまでと変わらない態度で頭を下げつつ頼み込む。変わらない態度が意味することは重要な話は終わっていないということ。 朱音の父もそれを察していた。だからこそソファにいる二人に声を掛けた。 「……朱音は部屋にいなさい。少ししたら健司君を部屋に向かわせる」 「ホント?なんかお父さん今日は当たり強いから私の部屋に連れていきたいんだけど」 「朱音。私が止めるから大丈夫よ」 「……ならいいけど」 母の言葉には流石に信頼が置かれていたからか、おとなしく朱音は自室へと歩いていく。 察してくれて助かった。ここから先は朱音に聞かれていたら面倒な話だ。朱音が意識しているとまるで詳細が掴めなくなってしまうのだから。 「ありがとうございます」 朱音の父の顔は怒っていた時ほどではないが、険しい。朱音がいては面倒な話となると、限られてくるからだろう。プライベートにかなり踏み込んだことか、それとも恋愛関係のごたごただ。 「して、頼みとは何かね?デキた、などとは言わないでくれよ。死体処理するなんて真似は一般人にはできないんだ」 「もちろん違います。内容としては簡単なことです」 ……というかさっきから朱音のお父さん過激だな!?娘に手を出したからぶち殺すっていう覇気が漏れまくってるぞ!? こほんと一つ息をつく。思考が明らかに別方向に走っていたのを修正するのと、伝えることを整理するためだ。 「日常に違和感を感じたら、朱音さんにコンコンとノックするように身体のどこかを叩いてほしいのです」 昨日兄貴から聞いたことはこういうことだ。 おそらく人形のように変化した身体は石か、それとも貴金属か、そういう物質に変わるのだろう。そうなれば叩く、もしくは触ることで明らかに感触や感覚が変わる。それこそが人形化症候群であるかどうかを確定できる証拠だ。 だが違和感がない時はまだ人のままなのだろう。だから違和感がある時だけしか確かめられない。事実俺と朱音が手をつないだり、抱き締めたりした時は何も感じなかった。これは違和感がなかったから分からなかったのだろう。 「……よく分からないな。日常に違和感とは?」 「朱音さんに聞きました。風呂上がりに乾かすのを忘れていた、パジャマ着るの忘れてたなどというドジ。これらは……かつての朱音さんにありましたか?」 視線を下へと向かわせる朱音の父と……母。その動作だけで心当たりがあるのだと言っていた。数秒ほど時間を空け、魂を絞るように声が漏れた。 「……。……ない」 その一言を出すのにどれだけの恥を忍んで言ったのか。俺には理解も及ばないだろう。だが言えるということが、大人なのだと感じ取ることはできた。 もしこれが俺だったら……あったと言っていただろう。俺の言葉を否定することで自身を守ろうとしたいからだ。 そんな羞恥を蹴飛ばして言い切れる。大人という存在がどれだけ大きいのかの一端を分かった気がした。 少し震える口をぐっと引き締め、説明を続ける。 「…ありがとうございます。仮に私の法螺があり得たら、その時にまるで人の皮膚のような感覚がしないと思われます」 「……なるほど。それで調べろということか。そして日常というところでは最も近しいのは私たち家族。君がやるなら私が顔面陥没するまで殴ってやるから不可能。確かに頼むほかない」 「え、えっと……はい。その通りです」 やっぱり過激だな!?流石に少し狼狽えたぞ!?顔面陥没するくらい殴るとか死体処理とか普通に怖いんだよ!俺ただの学生だぞ!?ヤンキーとかヤクザとか反社とかの部類じゃないんだよ! 狼狽え気味な健司に対し、どっしりと落ち着いている朱音の父。そこには学生と大人の余裕の差が明確に現れていた。 「断る。と、言いたいところだが可能性の一つならばそれくらい構わないだろう。なぁ、お母さん?」 「ええ。違和感はそこかしこにありました。その時に腕にでも触ればいいのでしょう?」 険しい顔から穏やかな顔へとその表情を映し、三人は一息をついた、健司も言葉を終わらせ、これで話すことは全てだとその態度で示す。 「それでは朱音の部屋に行きたまえ。階段を上がった先だ。名前がドアに書いてあるからすぐ分かるだろう」 健司が朱音の部屋の扉を叩き、入っていった音を聞き届けると二人は話を始めた。 「お父さん」 「お母さん、これを読んでみてくれ」 話す内容は渡された情報について。桐谷健司という高校生が調べたにしては、大人顔負けのまとめられた資料だ。 兄と健司は呼んでいたが、彼の者がとても優秀なのだろう。そうでなければ医者志望ですらないレベルの学生がこれほど病気のことを調べられる訳がない。 「これは……!」 「全く、今どきの子供は皆賢しいね?私たちの時とは比べ物にならん」 書いていた内容は病気についてであり、治療云々については対処不可とだけ書かれていた。だが問題はその後に綴られていた内容である。 それは言うなれば治療対象のアフターケアに該当する項目。朱音をどうやって延命するかではなく……朱音をどう生かすかことだった。 「ですが、羨ましいのではないですか?」 「羨ましい?違うと言いたいが、男としてはその通りだな。家族ともなれば否定しなければいけないことだが。こんな―」 そして朱音の父が引き下がることになったのはたった一文。そしてそれが本当であるかどうかを確かめた。本当ならば男として憧れるようなことであり、本当でないなら人間として当然のことだというものだ。 「―弟を同じ病気にしてやれば一人ではないなどという、狂人じみた覚悟などな」 一生を添い遂げる覚悟。例え人でなくなったとしても想いを持ち続けてやるという覚悟。男からすれば憧れを、女からは羨望を向けられるも当然のものだった。 「ところで二人が一緒の部屋だと不純なことは起きないですか?」 「……はっ。朱音に子供など早いぞぉぉぉぉ!!!」

ブックマーク、感想あると嬉しいです

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 青春するから応援よろしくお願いします!!

    ちょっと未来の中学生日常系✨

    375,250

    4,384


    2021年6月25日更新

    中学生の主人公があるプログラムを通し、良い大人になっていく一年の成長過程を描いた物語。 某会議室にて、プロジェクトがいよいよ最終段階に突入しようとしていた。国家は、国の様々な問題を抜本的に解決すべく、今までにない形の新しい制度の導入に踏み切った。その名も「より良い生涯を送るため 基本的力育成推進計画」、通称「良い大人計画」である。一般家庭で育った現在14歳で中学生の主人公も、そのターゲットの一人となっていた。 ”人生のイベント”を体験し、”大人になること” を学んでいく。 14歳の滝夜くんが「人生のイベント」を学びながら、価値観や考え方の違いを知り、「大人になること」を学びます。 個性的な友だちと、お泊まりしたり恋バナしたり、修行したり、泣いたり笑ったり、忘れられない日々がぎゅっと詰まっています✨

    読了目安時間:10時間25分

    この作品を読む

  • 猫耳幼女育児日記

    猫耳おねロリ。略称「ねこいく」

    1,082,367

    6,385


    2021年6月25日更新

    漫画家・猫崎神奈は愛猫・アメリと死別してしまう。 しかし、アメリは猫耳人間の幼女として生き返り、二人のほのぼの生活がふたたび始まるのであった。 神奈と一緒にお買い物したり、美味しいご飯を一緒に作って食べたり、物ごとを教えてもらったり、お友だちと遊んだり……愛され、のびのびと成長していくアメリをご覧ください! ひたすら優しい作品です。 ●イラスト提供:友人 ※現在160話でアンケートを採っています。ご協力ください。

    読了目安時間:21時間34分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る