Doll or Alive -人形の森編-

読了目安時間:7分

人形化症候群

人形化症候群。それは人を人形のように変えていく病気だ。 既にヨーロッパの方で被害が起きていたが、水面下どころか深海に潜ってるんじゃないかって情報であり眉唾物だ。陰謀論のレベルで信頼できないものであり、それを信じるなんて馬鹿げている。 だが真実は違う。兄貴が調べたところ、とある医者が遺体フェチ?らしく、それで人形となった遺体を掘り起こしたということがあった。それだけなら余りにもぶっ飛んだ内容であり、信じるに値しないとも言える。 けれど見つけてしまった。まるで生きているかのような人間の人形を……今度は人形フェチの医者が。 医者って異常性癖しかいねぇのかとか言いたかったが、それが原因で真実だと分かったのだから笑えない。 人形フェチの医者は理解できてしまった、これが元人間なのだと。人形では起き得ない体温が存在したり、脈らしきものもあったらしい。 つまりは人が人形になっていた。だがそれが真実と言ってしまうと、誰が人間で誰が人形なのか分からなくなり国家が危険に陥る。それ故に医者は公言しなかった。 だが今は状況が変わったらしい。公言しなければならない状況になり、日本にも告げないといけなくなったのだが……調査している兄貴もSNS発信する一人として使える人物だと判断され、その調査内容を渡された。 そして人形化症候群にはいくつか段階があるはず、とのこと。言い切れないのは症例の発見が困難だから、と書かれていた。 書いているレポートには少なくとも三段階はあると記載されている。 一段階目。食欲の減衰か何かによりエネルギーを取らなくても問題なくなっていく。常に動くような人物なら減衰はしないかもしれないが、代わりに何か異常が起きるはずだ。 二段階目。触覚感覚が薄れていく。例えば熱さや寒さを感じられなくなったり、水に触れたようなことを感じられなくなる 三段階目。人間の五感感覚がなくなり、身体が動かなくなる。人形と人間か分からなくなり、この段階になったら助かることはない。 寒さを感じられない、水が濡れているのに気づかない……心当たりは、ある。 心当たりはある。だが、これが本当なのだろうか?眉唾物から来ている情報なのだ。信用できるようなものではないはずだ。 仮に兄貴が調べた結果であり、それが真実だとしても……これを、俺に橘さんへと教えろって言うのか? これを伝えるということは言わば死刑宣告であり、苦しんでいる橘さんを傷つけるどころか、いろんな医者を探し回っている橘さんの家族を混乱させかねない。 ……兄貴が言っていたのはそういうことか。これを伝えること自体が自分たちだけの問題ではないと。 「まーた複雑な顔してら」 「……裕也」 学校でも昨日読んでいた兄からのレポートが頭から離れない。授業が始まってからもずっとそうだった。今が何時なのかも分からず、ずっと頭の中にグルグルとそれだけが反響している。 けれど橘さんに関わることなのだから当然のことだ。悩まない方がどうかしているのだから、間違った道を進んでいる訳じゃない。 「もう放課後だぞ。また橘さん関係か?」 「まぁ……そんなとこだ」 曖昧な返事に、裕也ははぁと一つ溜息をつく。いつもつるんでいる友達が女に靡いていくことに憤慨でもしているのだろうか。それそのまま裕也が彼女できた時の俺とおんなじことなのだけれど。 「ま、俺に相談できるなら相談しろって言いたいとこだけどよ。二人だけの秘密ってのもあるなら言えねぇだろうよ。あ、まさか妊娠とかいうなよ?」 「ああああるわけねぇろ馬鹿!」 顔を真っ赤にして否定する健司。裕也は最大限のからかいのつもりで言ったのだが、反応を返せるくらいの余裕はあるのだとところに安心を覚える。 「よかった、それだけはなかったか」 ホッとする裕也にプイっとそっぽを向く健司。だがそっぽを向いた後、そのまま視線が俯くように下へと沈んでいく。 一人で悩んでいても解決しそうもない悩み。一人では無理なら相談……相談するも重すぎる話だ。親友である裕也に相談してもその重しが裕也にものしかかり兼ねない。 ……でもまぁ、聞くだけ聞いてはみるか。 「……裕也。一つ相談していいか?」 「お、なんだ。橘さんとのイチャつき方以外なら相談受けるぞ」 「真面目な話だ」 凛とした表情をする健司に、裕也はただ事じゃないと察する。いつもはだらしない顔をしている裕也も健司の表情に応えるようにその顔つきをビシッとしたものに変えた。 「……分かった。曖昧に話せ、お前は細かく言う癖があるからな。深入りするべきじゃねぇと見た」 「ありがとう」 健司はその言葉にものは試しでも相談してみてよかったと確信する。 俺がこの重すぎる話を全て話すことは……おそらく当事者である橘さん以外にはできない、だが詳細に説明しないと理解できない話だ。 それを曖昧な話にしろと言う。それならまだ相談できる余地はある。 「伝えてはいけない程にヤバいことを知ってしまった。だが本人のことを考えるなら伝えるべきだと俺は思ってる。どうすればいいと思う?」 曖昧な言い方ではあるが、本人のことなんて言っているから察しのいい裕也なら気づいてしまうだろう。誰かのことで悩んでいるか、ってことくらいは。だがそこまでだ。それ以上は曖昧さに阻まれて知ることはできない。 「伝えたらダメなのか?」 「伝えられないくらいにヤバいことだぞ」 素直に疑問に出してきた裕也へ伝わっていなかったかと確認する。ドでかい爆弾を抱えている状況で、そのまま爆発させるなんて選択肢にはないだろう。 裕也は俺たちの状況を知らない。だからこそ純粋に疑問に出してくる。自分自身の確認という意味でも非常に助かるところだ。 「じゃあ伝えなかったらどうなるんだ?」 「それは……」 返事に言い淀む健司。純粋な疑問にすら回答できない程に追い込まれていたことを知る。 伝えなかったらどうなるか、それは……最悪のパターンは橘さんが人形になる未来だ。それも家族とも離れ離れになり研究材料にすらなることだろう。 兄貴の言っていた話は眉唾物だが、それらを揃えるとそうなる。俺はそんなことにはさせたくない。これらのことを知ったときの……橘さんも同じ思いだと信じたい。 「伝えたらお前は後悔するけど、伝えなくても後悔するだろうよ。それならさ、相手と話し合ってからにすればいいんじゃねぇか?」 「それが、メンタルやられるくらいのことでもか?」 裕也は真面目な雰囲気から笑みを浮かべたものに変わっていく。もう真面目な話はできただろうと言わんばかりだ。 だがまだ話は終わってない。この事実を信じてしまうならメンタルやられてもなんらおかしくないのだ。鬱になって引きこもっても納得できるものがある。 「最初っから全部がバレなけりゃいいんだよ。もしかしたらくらいの感覚で言って、それならバレてもまだ可能性はありそうだろ?」 「もしかしたら、か。……そうだな、もしかしたらそうなるかもって言い方ならそんなに傷つかないか」 信じられるかどうかを曖昧にすればいいという親友の言葉に、納得できるものがあった。確かにその通りだ。万に一つそういうことがあるかもね、なんていう言い方なら当てはまったとしても偶然だよとか言って誤魔化せる。 悪くない。そこから曖昧さを混じりながら言えばそこまで攻めるようなことにはならないはず。 そう納得した健司に、裕也がどうにもならないならと前置きしてさらに続けた。 「それに最悪の場合、俺が言っての全部嘘だって言え。男が見せる嘘は、女を悲しませるためにあるんじゃねーぞ?」 目を見開き驚愕に身を固める健司。驚いたのはそんな言葉を裕也が言ったという事実だ。 裕也は友情に生きるタイプの男だ。彼女がよくできるとはいえそこにずっと変わりはない。だからこそ……いや、だからか。 友情も、恋も捨てたくないからこその言葉だ。自分を卑下することで皆を大事にする。親友の一側面を見られたことに思わず笑みを浮かべてしまう。 「はっ、お前が言うか?」 「言ったな!?」 ふふふと笑い合う二人。そこには重苦しい雰囲気などどこにも無くなっていた。あるのはただの男子高校生の日常的風景。 健司がチラリと廊下の方へ視線を向け、裕也がそれに気づいて座っていた椅子から立ち上がる。今日も裕也は一人で帰ることになっているのだから。 荷物を持ち、教室の出入口へ歩いていく裕也。健司にはその背中がいつもより頼もしく見えていた。 「ありがとよ」 「いいってことよ。これでも俺はお前の親友だって思ってるんだぜ?」 裕也が教室を出、その数舜後に橘さんが教室へと入ってきた。きょろきょろとしているのは裕也を探しているのだろう。ここんところ俺と橘さんを茶化して帰ることが多いから。 「俺もだよ。親友さんよ」 そんな親友へと、届かない声を飛ばした。

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