魔法使いの日常

読了目安時間:5分

真綿で優しく包まれるように

「まず、改めて現状を説明いたしましょう」  最も大柄の親衛隊兵さんが地図を広げてそう告げる。着陣早々みんなの代わりに迎撃に出ただけの火の魔法使いは、確かに今の状況がわからなかった。いや、ある程度は事前に情報は持っているものの、ここに来る前に変化したこともあるだろう。願ったり叶ったり。此方も改めて、ありがとうと感謝すると、やわらかな笑顔で頷かれる。守護の親衛隊兵は、二人は家の前に立ち、残り一人は調理場で何かを作っている。魔法使いというだけで、指折りの四人が付けられるだけでもこそばゆいのに、ここまでされると否が応にも活躍したい欲求が高まっていくというものだ。尤も、そういう心情を汲み取られ、それは若気の至りですよ♪ なんて言われそうになるのだが。 「我らは、付近の住民たちの懐柔と工作に加えて、彼らの内、望むものを志願兵として徴募、訓練しつつ、後方に送り込む」 「ふむふむ……」 「前線での敵領地の住民を、戦わずして殺さず略奪もせず、奪取、無力化を図ります」 「ふむふむ……?」 「その後に残存の町村は迂回進軍。そうして再度、同じことをしていきます。徐々に自然と領地を奪う。これが任務です」 「……うわぁ」 「ははは、引かないで下さい?」 「やー、でもー」  火の魔法使いの少女は、それらを聞いて少しの苦笑い。こんな内容を、綺麗な笑顔で応えてみせる親衛隊兵さんにも、内心冷や汗たらりな状態である。なかなかエグいことをやっていた。 「戦争の被害を最小限に防ぐ、安全確保のためですから」 「安全確保」  兵力確保の間違いだろとか突っ込みそうになるが、確かにこの【()】は、近隣住人にとっては安全で住み心地が良いのも事実。その上兵士に守護もしてもらえるし畑も田んぼも水も住処もある。領民に加え食い詰め者なんかも自然と集まってくるのかもしれない。そしてその延長線上にある、()()、自然の脱走が真の狙いだというならば、なかなかに有効な攻撃的工作である。と同時に、逃げたやつが悪いわけであり、此方側は陣に引きこもって農作業して暮らしてるだけなので、避難民を受け入れただけで悪くない、むしろ逃げるような政治をした上にこちらの陣地をその住民たちに提供して住処代わりにしなくてはならなくなり、我が国としては真に遺憾である! などとか胡散臭い最低ラインの言論外交防衛も引いている。向こうが抗議したり挑発に乗って攻めてくれば、不法侵入として、迎撃も出来るわけで。存分に減らした後で、増強された軍で進めば、最低限の被害で進軍可能となるわけだ。 (元から住人がいた村や町を、兵派遣で占領した場合ならば反発も生まれる……けれど、こうして逃げてきた住人なら此方が元の住人扱い。常に主導権はこっちが握っている、か……)  序にその元領民は、ここにいる間は食料武具生産従事者として役に立つし、後方に送れば兵士として、何れは武器を防具を纏い、使えるようにもなる。土の魔法使い達を始め、次の陣地整備へと向かっていった彼女達は、往く先々で同じような前線陣地を作るのだろう。そうして、先の神国軍が強行偵察気味に攻め寄せてくるのも、前線で何が起きているのかを調べる上では当たり前の行動。となれば……次の陣地もその次の陣地でも……その手のそれ(先の先)で起こる事象を考えると、火の魔法使いの、うわぁ、は正しく正しい反応であった。 「えぐい」 「ふふっ、ですねぇ我らもそう感じてます」  攻め込まない分際で人だけ奪っていく。そのくせ取り返そうものなら先のように蒸発である。真綿で延々養分を吸い上げていくが如く、(まこと)にいやらしい戦法である。蒸発させた当人としては、流石に敵兵達が可哀想になっても来るが、こんな戦争ふっかけて、住処を追われ両親も殺され親が仕えていた領主も殺したのは向こうなので、やっぱり同情は消え去った。  その、恨み持ちも含めて選別派遣されたのが、火の魔法使いの少女ではあるが、彼女の思考は、今はまだ、そこまでに至らない。数多の魔法使い宜しく、火の魔法使いの少女も頭は切れるが、まだまだ若く経験不足。その経験を積む意味でも、比較的安全な前線へ、つまりはここへの派遣理由の一つであったりするのである。二重にも三重にも四重にも五重六重、戦場とはかくも深謀遠慮が渦巻く場所。気付けないうちが、純粋な花でもあった。 「住人たちの訓練ってどのくらいまで行うのでしょう?」 「本格的な訓練は、後方の第七軍が請け負う感じですので、我らが行う範囲は、精々が行軍方法、撤退方法を叩き込む所までですね」  通りを歩いていた時に遠目に見えた訓練兵は、そのためのものだったようだ。成程と同時に少女には疑念も浮かぶ。 「なるほど、領民たちからはここの守備兵にはしないと。……あの、ここの兵力自体は、増強はしない方針なのですね?」 「……はい。ここの司令の考えでは、兵を増やせば敵も察して増強する、との事です」  少し口角を上げ、説明してくれる大柄な親衛隊兵さんの言葉に、最後の疑問も納得もいった。大量の増援を送れば、それだけ送ってでも守り抜きたい重要な何かが存在する、と喧伝するようなもの。あくまで、住民懐柔の策通りに、静かに陣地()を運営するわけで。あくまでここは、沢山ある前線陣地の一つというスタンスのようだ。こうなると、ここの駐屯所は精々町規模の少数で維持し続ける必要があり、その防衛のためにここまで強固に造り上げたのだろうなと行き着いた。本命の、草原方面で滞陣している第一軍や第二軍方面に向ける兵は減らせない。寧ろ後方への兵を増やす意味でも、此方での任務は重要でもあった。 「数を補うための頑強な設備、なのですね」 「ご明察。加えて、万が一放棄する際も、少数ならば地下施設にも籠もりやすく、そこから後方への基地へ逃げられやすい。それに――」 「この施設は、我々が落とさせない、です?」 「ふふっ……よく、出来ました」 「わぷっ!?」  笑顔で軽く、くいと寄せられ、親衛隊兵さんの割と豊かな胸に抱きとめられ、よしよしいいこいいこされる。見た目の豪快さとは裏腹に、丁寧で穏やかで優しく柔らかな彼女に、緩やかに包まれよしよしされて、暖かく癒やされて。 「ふぁ…………ぁ……あの……」 「……うん、やはり移動から戦いから座学と続いてしまって、相当にお疲れのご様子……暫く、こうして失礼しますね」 「ふゅ……ぅ……」  振りほどこうと思うよりも、このまま彼女に身を預けて、何時しか少女は微睡んで。少女の最初の日は、そのまま彼女に抱かれて過ぎ去っていったのだった。

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