両手一杯のカルミアを君に

泥濘

「ーーーーで、晴れて彼女はスヴェン君の元へ嫁いだと。なるほど、相手が彼なら得心いったよ。短絡的に見えるが、それに反して思慮深い若者だ。将来性も申し分ない」  閉館した図書館で本をめくりながら、シル・レガートは世間話を交えながら友の話に耳を傾けていた。  ヴィオが【文学都市ジアス】を訪れたのは夕刻を過ぎてからだった。シルも忙しい身であり、閉館するまで待って欲しいとの事でこの時間となった。  零時を過ぎた館内は相変わらずの静けさに包まれており、シルは安物の豆で引いたコーヒーに舌鼓をうっている。ヴィオは土産として貴重な豆を持ってきたのだが、シルはそれを大事に棚に保管したのだ。彼曰く「大事なお客様が来たら出させてもらうよ」と笑っていた。  味音痴だと自称するシルだが、そんな彼の柔らかな雰囲気に、ヴィオはつかえていた胸の内が幾分空く様な気がした。 「それよりユノさんの体調は?もう少し先だとは聞いていたけれど」 「ああ、母子ともに健康だよ」 「病気の影響は無いようだね。すまない、まだ僕の方でも有効な治療方は見つかっていないんだ」 「謝らないでくれ。あの病気の治療法が見つかる可能性は……」 「君が諦めてどうする。僕は諦めが悪いんだ、だからこうして抗っているんだ」  本を閉じると、眼鏡を外して天井を仰いだ。 「さて、そろそろ君が訪ねてきた本当の理由を聞いても?」 「ただ友の顔を見にきたでは駄目か?」 「ふふ、君が言うと確かにそう思えてくるけれど、生憎、僕は人の心の揺らめきが見えるらしい。心此処に在らず……と言った所だね」 「……手厳しいな。だが私が相談出来る相手は、なかなか少ない」 「暴君の事かい? それとも、これからの事かい?」 「その両方だ」とヴィオは息を吐きながら言い、閑散とした館内の壁を見つめた。  領主として、家族の長として、そして父親として。  ヴィオは折り重なる重圧の中で、それでも自らが為し得なければならない目的が有った。 「一口に奴隷制度の撤廃と言っても、それは砂漠に水を撒くのに等しいね。身売りは罪だが、それによって救われる人も居るし、売られた側だって救われる場合もある。それをどう解釈するかは、その人間の倫理観によるけれど」 「人には尊厳も権利もある。それを尊重出来る世界を作ればいい」 「それは言葉にするより遥かに難しい。だから君は此処へ来たのだろう?」 「……ああ、知恵を借りたいのもあるがーーーー」  目を伏せ、今一度、シルを見据えた。 「〝もしもの時〟は……君に私の後を託したいんだ」  その言葉に、シルは細い目を見開いた。

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