両手一杯のカルミアを君に

消せない過去

 私がコートを羽織り家を出ると、既に迎えの馬車が待機していた。  見送りに来た皆と別れ、私が馬車に近付くと一人の男性が降りて頭を下げた。人の良さそうな、柔らかな雰囲気を醸し出す四十代の男性。上品に仕立てられたダブルのスーツと、整髪剤で整えられた髪が気品を匂わせる。 「やぁ、待たせてしまいましたかね」  私が挨拶をすると、頭を上げた男性は首を横に振った。 「いえいえ、寧ろヘルメス卿をお待たせなどすれば、私の首が飛ばされてしまいますので」 「では失礼するよ」  男に席へと促されると、私は質の良いシートに腰を下ろした。男も対面に座ると、馬車はゆっくりと動き出す。小窓から屋敷を見回すと、カルミアが小さく手を振っているのが見えた。  その様子を、男は興味ありげな表情で見ている。「あの子は奴隷でしょうか?」 「昨日買ったんだよ。メイドを増やそうと思ってね」 「そうですか。ヘルメス卿のお屋敷なら、もう少し多くても良いでしょうな」 「まぁ、追々ね」  適当にはぐらかし、片道一時間の旅路を静かに過ごす事にした。  ◆  目的の隣の街が見える頃には、私は出されたコーヒーを二杯飲み終えた頃だった。濃い目に入れられたコーヒーは香りも良く、酒以外の銘柄は疎い私でも、上質なものだと分かった。  馬車が停止し、扉が開くと、そこには大きな屋敷 (と言うよりモーテルに近い)建物が目に入った。白地の壁には、薄くレリーフが掘られており、その他の建物とは逸脱した存在感に包まれていた。  これも〝彼〟の趣味だろう。私には理解しがたい美的センスだ。  敷地内に入ると、彼の執事をはじめメイド達が出迎えてくれた。 「お待ちしておりました、ヴィオ・ヘルメス卿」 「ご無沙汰してます、マイル殿もお身体はどうです?」  年老いた執事に言葉をかける。 「ほほ、ヘルメス卿にご心配をかけるようでは執事失格ですな。これでもまだ、若いものには負けませぬよ」  ピンと伸びた腰を見るに虚勢でも無いらしい。彼は踵を返すと、私を屋敷の中へと案内してくれた。  中に入ると、前に来た時より屋敷の中は煌びやかになっていた。数々のオーナメントが所狭しと並べられ、ハッキリと言えば〝下品〟な領域に達している。  無数に存在する扉の前を歩き、拓けた廊下の先の大きな部屋へと辿り着くと、その扉をくぐって目的の男性の前に立った。 「よぅヴィオ、景気はどうだい」 「……変わりないですよ、ミゲル殿」 「それは儲かって何よりだ。まぁ座れよ」  促されたソファーに腰掛ける。  この屋敷の主であるミゲル・ライオットは、五十を前にしても爛々とした雰囲気を持つ、野心に溢れた男だった。現に両脇には若い女を侍らせ、絵に描いたような金持ちを具現化した様な印象を受ける。 「それで、今日の用件をお伺いしても?」  むせ返る香水の香りを我慢して、ここに招かれた用向きを問う。しかしミゲルは、執事に酒を持って来させると、それを並々と注ぎこちらに差し出した。 「まぁ飲もうぜ。移動でお疲れだろう?」 「いえ、私は遠慮しておきます」 「かっ、つれないねぇ。じゃあお前、飲んでいいぜ?」  ミゲルは傍の女にワインの入ったグラスを顎で示す。女は喜んでそれを飲み干すが、とても客人の前で行う素行では無いだろう。早く帰りたい私は、ミゲルに本題を切り出すよう言葉を促した。「どこか、新たに投資すべき相手でも居るのですか?」と。  それに対し、ミゲルはニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。 「アンタはいつもクールな奴だよヴィオ。実はな、俺が前から目を掛けていた奴が、漸く本格的に動くらしいんだよ。アンタには、経営が安定するまで、その面倒を見てもらいたい」 「面倒とは……それは投資だけでは無いと?」 「もちろん。その男ってのがまぁ、ゴロツキの寄せ集めみたいな連中の頭でよぉ。有能なブレインを探したんだが、俺の知り合いで知的な奴なんてアンタしか思い浮かばなかった」  馬鹿な、貴族が管轄外の人間に金を出すだけでも御法度なのに、更に運営に手を貸せと? 「では、この街を仕切るラドル卿には……」 「もちろん、伏せてあるぜ?」  ふざけるな。そんな事を平然と言ってくれるなと私は憤りを感じた。 「すまないが、今回は受けられない」  私は話にならないと立ち上がるが、ミゲルは机に足を乗せて、まるで帰るなと言はんばかりに音を立てた。 「おいおい、俺は相談をしたい訳じゃない。これは命令なんだよヴィオ」 「…………」  ミゲルは両脇の女に席を外させる。その姿が見えなくなると、葉巻に火を点けて、煙をこちらに吐き出した。鼻腔を嫌な臭いが掠める。 「お前よぉ、平和に暮らしていきたいんだっけなぁ? なら、俺の話を無碍にすると、それも保証出来ないぜ?」 「…………」 「それと、新しい奴隷を買ったそうだな?」 「⁉︎」  執事が酒を運んで来た時に一瞬、耳打ちしていたが、その事をミゲルに伝える為だったのか。 「俺もあの街は好きだぜ。小綺麗な公爵家の周りは掃き溜めみたいに奴隷共で淀んでいて、まるでこの世界の縮図のようさ」 「あの街は、生まれ変わるんだ。私はその為に、あそこに根を張った」 「なら、刈り取られない為の努力をしようぜヴィオ」 「…………ッ」  有無を言わせない、力任せの要求。  それが、私の過去最大の〝汚点〟としてきた、ミゲルという男のやり口だった。  だが、ミゲルは「それなりに報酬もあるんだ」と、私を部屋の奥 (不自然に取り付けられた扉)へと誘う。  怪訝な目を向ける私を気にせず、ミゲルはその扉を開いた。  そして、そこに居たエルフの女性を見て、心臓を潰されそうな感覚に陥る。 「か、彼女はーーーー」 「手に入れるのに苦労したぜ。懐かしいだろ?」  駆け寄ろうとした私の腕を、ミゲルは力強く引き寄せる。そこで扉は閉ざされ、束の間の面会は、強制的に幕引きを余儀なくされた。 「この女を報酬でやるよ、それならお前も断らないだろ?」 「…………分かった、その話、引き受けよう」  拒否権は無い、いや、寧ろ渡りに船だった。  私の全ての罪の原点を、ようやく取り戻すチャンスなのだから。

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