両手一杯のカルミアを君に

傷跡の行方

 ーーーーミゲルの崩落を受け、それまで弾圧されていた社会に新たな動きが見えた。  裏の社会で君臨し続けていた暴君の死。  それについてはガイザックの手引きで事故死として処理された。そしてミゲルに関与していた者は次々と粛清の対象となったが、ヴィオ・ヘルメスは、依然として領主としての地位に君臨していた。 『貴方にはまだ、やるべき事がある』  ガイザックの残したその言葉通り、ヴィオはそれに向けた政策を練っていた。無論、自らも裁かれるべき対象であると自負していたが、それは〝全てが終わってから〟受け入れようと考えていた。  大きく息を吐くと、書類を机の脇に追いやる。そして、窓の外に咲くラベンダーを眺めて目を細めた。風に靡く紫の花弁を見つめ、やがて散りゆく定めを待つ花々に、自らを重ねられずにはいられなかった。  しかしギィっと音が鳴り、部屋の扉が開かれた先に目をやる。 「ヴィオ様、アタシに話ってなんですか?」  ノックもせずに入って来たのは、顔に絆創膏を貼ったニーナであった。  彼女はハティの治療を受け、持ち前の回復力も手伝ってか早々に復帰を遂げた。心の傷は癒えていないだろうが、ニーナはそれを感じさせない笑みを浮かべると、爛漫とした態度のまま、ヴィオの前に立つ。 「ああ、とりあえず座ってくれ」  ソファーに促し、ヴィオもテーブル越しに彼女の対面に座った。 「何ですか改まって。この前の事なら、アタシは平気ですからね?」 「……それは」 「何言ってもるんですか。元々は奴隷ですよアタシ? あのくらいの事なら、数え切れないくらい経験してますから」  カラッとした声で応えるが、その一言一言がヴィオの心を抉った。尊厳も、心も踏みにじる行為を幾度と無く経験している。その事がどれ程に酷な事なのか。  気丈さだけで笑みを作っているニーナの心境は計りかけれ無いが、それを黙認出来るほど、ヴィオの心は強くは無いのだ。  そんなヴィオの口から、ニーナに対して一つの提案が溢れた。 「なぁニーナ。この屋敷を出る気はないかい?」 「……え?」  突然の言葉に、彼女の顔から笑みが引いた。 「それって……どういう意味、ですか?」 「君は家族というものを、どう感じる?」 「質問に答えてませんよヴィオ様」 「……そうだね、失礼した」  毅然とした態度のニーナに、ヴィオは今一度ソファーに深く腰掛けた。明るさが取り柄の彼女が今、真剣な眼差しを向けている。  どう切り出すか迷っていたままだったが、ヴィオは単刀直入に伝えるのが道理であると判断した。 「スヴェンと話し合ってね、彼が君を妻に迎えたいと言ってきたんだ」 「……は?」  あまりに予想外の言葉に、ニーナは目を丸くする。そして、困った様な表情で切り返した。 「は、話が見えないですよっ! なんでスヴェンがアタシなんかをーーーー」 「それは、彼に直接聞いてみたらいい。……スヴェン、入ってくれ」 「……はい、ヘルメス卿」  ヴィオが扉の外に声を投げると、そこには紛れもなくスヴェン本人が立っていた。予めヴィオが呼びつけていたのだろう。いや、もしかするとスヴェン本人の意思なのかも知れない。きちんと話をする機会を設けて、自分の意思を伝えたいという時間を。 「私は少し外させて貰うとするよ。話が纏ったらリビングへ来て欲しい」 「分かりました」 「ちょっ、ヴィオ様!」 「ニーナ」 「⁉︎」  落ち着いた口調で、ヴィオはニーナの頭に手を置く。 「幸せになる権利は誰にだってあるんだ。過去に何が有っても、受け入れてくれる人は必ず居る。私が君を迎え入れた様に、彼もまた、君を受け入れようとしている。後は君の気持ちだけだ、分かるね?」 「…………ッ」  それ以上は言葉を紡がず、ヴィオは自室を後にした。  ◆ 「なぁ、ニーナ」 「…………」  ソファーに対面する二人は、どこか重たい空気に包まれていた。ニーナはスヴェンに目を合わせようともせず、その視線はただテーブルの何もない所に結ばれている。  痺れを切らしたスヴェンは、〝らしくない〟彼女に対し、飾らない素直な気持ちをぶつけた。 「ニーナ、俺はお前が好きだ!」 「ッ⁉︎」  はっきりと言葉にされ、顔に血が昇るのを感じた。ダークエルフの浅黒い肌のお陰で赤面こそバレないだろうが、心臓の音は一段と跳ね上がった。スヴェンにも聴こえているんじゃないかと思える程、その心音は大きな音をたてていた。 「なぁ、お前は俺の事、どう思ってるんだ? 屋敷に物を売りに来るだけの、ただの商人なのか?」 「そ、それはーーーー」  慌てて否定しようとするが、こんな場面に直面する事などなかったニーナは戸惑った。真っ向から好意を伝えられるなど、生まれて初めてだ。何て返事をすれば良いのかなど分からない。  これまで、自分を求めて来たのは〝性欲〟に溺れた男ばかりだった。金で買われ、飽きたら売られてを繰り返す日々。  そんな地獄の中で生きてきたニーナは、その絶望に蓋をする事で自分というものを創ってきた。でなければ、とうに精神は壊れていただろう。  陵辱された日々すら飲み込んで、それを忘れて生きよう。  だが、スヴェンの言葉で、こんな汚れた自分が愛されていいのか分からなくなってしまった。 「スヴェン……アタシは」 「……うん」 「アタシは……汚れているんだよ。知ってると思うけど、奴隷で、ダークエルフで……」  同族のエルフにすら嫌悪された血と過去。それは払拭できないものだった。  しかし、スヴェンは立ち上がると、ニーナの横に座り、その肩を抱き寄せた。 「なッ⁉︎ は、離せってーーーー」 「いやだ、絶対に離さない。殴られたって離すもんか」 「ーーーーッ!」  強く、そして優しいスヴェンの抱擁に、ニーナは争う力を緩めていった。そして、今まで溜め込んできた〝何か〟が、堰を切った様に涙として溢れ出した。 「ぅ、あ……うぁぁぁぁあああ! 怖かった、気持ち悪かった、嫌だった……死にたかった!!」 「……ああ」 「何度も死のうと思った! でも、結局怖くて、強がって生きてきた!」 「……ああ」 「けど……死ぬのも怖かった! 生きていても怖くて、死ぬもの怖くて……どうしようも無くて毎日不安だった」 「でも、そこからヘルメス卿が救ってくれた」 「……ひ、ぐ。うん……ヴィオ様が居なければ、とっくにアタシは壊れてた」  涙と鼻水に濡れた顔を、スヴェンは少し手荒くハンカチで拭う。そして砕けた笑顔を見せると、「なら俺達も、あの人に負けない幸せな家族にならないか?」と伝えた。それに対し、ニーナは涙を手で擦って応える。 「……絶対に後悔するよ、アタシなんかじゃあーーーー」 「するかよ馬鹿」 「ーーーーッ!」  反論するのを待たず、スヴェンはニーナの唇を塞いだ。かつてない程の優しい口付けに、ニーナは本当に愛されるという感覚に包まれた。 (ヴィオ様……アタシにも、幸せになる権利が、有るんですよね?)  その想いと共に、ニーナは唇を離すと、パッと咲いた向日葵の様な笑顔をスヴェンに向けた。 「幸せにしなかったら、許さないからね?」 「……上等だよ、任せとけ」  深く残った傷跡は消える事はないだろう。だが、消えないのなら、それを覆うほど幸せになればいい。  ヴィオはそれをニーナに願い、〝終わり〟を迎えるまでの一歩を踏み出した。

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