両手一杯のカルミアを君に

ハティ・カルネ

「……ニーナの様子はどうだ?」 「身体の傷は問題ないよ」 「そうか……」 「〝それなら良かった〟と言わない辺り、今回はアンタも思う所があったんだろうね」  白衣を纏った二十代前半の女性は、未だベッドで眠りにつくニーナを一瞥するとカルテを机に放り投げた。  ハティ・カルネ。  彼女は数少ないエルフや獣人と言った人外の医療に精通した女医であった。  若くして現在の地位を築きはしたが、人間性の面では少々難があると、自分を含め周りも認識していた。故に他人との関わりを持たず、街の外れでひっそりと医院を切り盛りしていた。  人間の病気や怪我であれば、街の中に大きな病院が存在する。しかし、そこではエルフといった人外は取り合って貰えない。  ヴィオが管轄する領地であっても医者は他の街から派遣される。その医者が診ないと言えばそれ以上の言及は許されない。これは医者が不足している現状において、領主が強く出ることが出来ない要因でもあった。  そんな中、ハティはヴィオに興味を持ち、この街へと渡来してきた。エルフに関する医療知識をどこで身に付けたかは不明であったが、その腕は確かであり、傷付いた奴隷のエルフ達は彼女の手によって治療されていた。  彼女は奴隷制度そのものに口を出さないものの、この街を見て〝胸クソ悪い〟と吐き捨てた。だが、突き放した言い方とは裏腹に、彼女は傷付いたエルフを見捨てる事は決してしなかった。  そんなハティを、ヴィオは心から信頼していた。いつか奴隷制度を撤廃すると言うヴィオに対し、彼女は「御宅はいいから実現してみせてくれ」と言った。期待していない訳では無いが、叶うとも思っていない。  そんな宙に浮いた評価を包み隠さず言葉にする程、ハティは済んだ水の様に透明な人間性をしていた。 「それで、これからどうするの?」  おおよそ歳上、そして領主に対する言葉遣いでは無い質問をハティは投げる。しかし、それに対する答えはヴィオの口からは出てこなかった。  それを見て、ハティはボサボサの長い茶髪を雑に束ねると、皿に乗せただけの生の食パンを齧る。  食に興味が無いと他人に思わせる質素な朝食だが、ハティは文字通り、腹に溜まれば良しの人間だ。口の中がパサパサになろうが、飲み物すら無しで一枚平らげると、重たい動作でニーナの傍に座った。そしてその頬に触れると、眠たそうな目を閉じ、大きく息を吐いた。 「その顔、何考えてるか当ててあげようか?」 「……?」  唐突な言葉に、ヴィオは静かに顔を上げてハティを見据えた。そして、同じく視線を向けた彼女は、眉を顰めて低く呟く。 「あまり図に乗るなよ。アンタ一人で出来る事なんてだかが知れてるんだ。無茶してユノさんを蔑ろにしたら……私はアンタを許さない」 「私の妻は、誰からも愛されているのだな」  ふと溢れた言葉に、ヴィオは自分でもハッとした。 「アンタだってそうだろう。ニーナやアルメダ、そしてあの新入りのガキンチョだってアンタを慕ってる」 「……そうかな」 「少なくとも、今はね」 「…………」  ぴしゃりと言われ、ヴィオは乾いた笑いを見せる。自暴自棄とも取れるが、彼は今、自らの分岐点に立っているのだ。 「それよりあの拉致されていた彼女だけど……」 「……ああ」 「エンプレスエルフ、確かに間違いないね。触れるだけで溶かされるとあっちゃ、あの体質以外に調べる術は無いけれど。いいのかい、好きにさせて」 「勿論だ。彼女を縛る権利なんて、誰にも無いのだから」 「まぁ、私はアンタ達の昔のいざこざは知らないし聞く気も無いけどさ。もう森に帰った頃だろうね」 「すまない、助かる」 「別に、私は彼女に何もしてないよ」  その時、部屋のドアがノックされる。規則正しい三回のノックーーーーアルメダだ。 「おはようございます旦那様、ハティ様」 「アルメダ……もう身体はいいのかい?」 「……はい、私は拐われただけでしたので」  そう言って、ベッドに横たわるニーナを見る。 「心配しないでいいよ。〝出来る限り〟の処置はしたから」 「……はい」  身体と心、その双方に傷を残したニーナに、アルメダは言葉にし難い後ろめたさを感じていた。  見せしめとばかりに彼女を襲った悲劇。その光景の一部を見せられていたアルメダは、ニーナの手を取り、涙を浮かべて謝罪した。 「私は……何も出来なかった。ごめんなさい……ごめんなさい!」 「アルメダ、それは私の責任だ」 「やめなよ、その議論の先には何も無いんだから」 「……本当に、手厳しいな君は」 「考え方の違いだよ。メスを握る時だって迷ってる暇なんて無い。定規で引いたみたいに、まっすぐ横道に逸れない考え方しか出来ないのさ私は。だから結論ありきのつまらない事しか言えない」 「それは凄い事だ。目を逸らしたくなるものを真っ直ぐ見るのは……言葉にする以上に難しい」 「ま、慣れだよ慣れ。それより早く帰ってあげなよ。ユノさん心配するからさ。ニーナはあと二日くらい泊まらせる。私が看病する方が安心だろ?」 「……ああ、頼む」  去り際に、ヴィオはハティに一つだけ問うた。 「なぁ、私は間違っているのだろうか?」  それに対し、ハティは一言だけ「それは誰にも分からないよ」と素っ気なく答えた。  やがてヴィオが去った後、ハティはその残像を見るように扉に視線を結ぶと、誰に言うでも無く小さく呟いた。 「……誰にも分からないし、正解も間違いも無いんだよ。結局、なるようにしかならないのさ」

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