両手一杯のカルミアを君に

蛇牙

「これはこれはヘルメス卿、わざわざご足労いただいて恐縮です」 「…………いや、気にしないでくれ」  目の前の紳士風の男は、細縁の眼鏡越しに私を見据え、そして頭を下げた。  ガイザック・ビルマ。  彼の第一印象を述べるなら、私が想像していた粗暴の悪い人間とは違う〝知的〟な男だった。年齢は三十代前半だろうか。眼鏡の奥の切れ長の目は、まるで爬虫類の様に鋭い。しかしながら、清潔感がある仕立ての良いスーツに身を包み、仄かに香る香水も上品なものだった。  とてもミゲルと関係のある人種には見えなかったが、外見だけで推し量るのは焦燥だと、私は冷静に彼を観察する事に決めた。 「いやはや、まさかヘルメス卿のご助力がいただけるなど思ってもみませんでした。感謝の言葉もありません」 「それより一つ聞きたいのだが」 「なんでしょう?」 「ミゲル氏は『自分の周りに知的な奴が居ない』と言ったが……」  それを聞いて、ガイザックは手を額に当てて肩を竦めた。 「それは間違いではないでしょう。私程度では、貴方の足元にも及ばないただの小僧です」 「…………」  それぞれの所作に道化を演じている節があるが、やはりこの男は、ただのゴロツキの範疇では収まらない類の人間だろう。つまり、〝尚のことタチが悪い〟という事だ。  出された紅茶を口に含むと、ガイザックは足を組み替えて笑みを浮かべる。 「いかがです? 私はこの渋みのあるオータムナルを好んでいまして、ヘルメス卿のお口に合えば良いのですが……」 「……ああ、素晴らしい味だ」 「それはなによりです」  今の所はボロを出さない。素養もあるらしく、もしかすると、交渉次第では上手く引き込めるのではないのだろうか?  私は一縷の望みを頭の隅に置き、それを気取られない様にカードを切る事にした。 「……ガイザック殿、このモーテルだが、奴隷の女性を集めるらしいじゃないか。一応聞いておくが、商売の内容は何だ?」  その言葉に、ガイザックは細い目を見開いた。 「内容……ですか? そんなもの、あえて説明するのは野暮じゃありませんかね」 (やはり、見立て通りか)  それを踏まえて、私は言葉を続けた。 「私が奴隷制度に対して否定的なのは知っているね? ミゲル氏の頼みとはいえ、そこは念頭に置いてもらいたいのだが……」 「ヘルメス卿」 「ーーーー⁉︎」  空気がヒリつき、ガイザックの目は鋭さを増した。 「随分と生温い事を言いますね。貴方は()()を憂いて越に浸るのがお好きとみえるが、私は違う」  眼鏡を外し、その目は私を捉えて離さなかった。 「私はただ、家畜を家畜らしく使うだけです。そして貴方は、黙って私の望みを叶えればいいのですよ。そこには他の思想も、甘ったるい妄言も、介在する隙間など有りはしない」 「……それが本性という訳か」  蛇の様な男はようやくその本性を露わにした。そして毒牙は、鋭い先端を私に向けている。 「ああそうだ。ミゲル氏から貴方に、ここの経営についても助力いただくように仰せつかっていたが、それも必要ありません。全てこちらで行いますので」 「つまり、金だけ寄越せと?」 「ええ、その通り」 (……最悪の展開という訳か)  奴隷を私利私欲の為に利用する。この腐敗した街は、ここまで腐り切っていたのか。  私はそこまで理解したが、家族の保身が頭にチラつき、首を縦に振るしかなかった。 「交渉成立、ですね。それではサインをーーーー」  書類にサインをしようと、寄越された羽ペンを手に取る。そして、経営資金を提供するという旨を承諾した。 「これでいいか?」 「はい、問題ありません」 「?」  ガイザックは暫しその書面を見つめ、扉の方を伺う素振りを見せる。  すると、それを見計らった様に、一人の男が部屋に入ってきた。 「行ったか?」 「はい、もうモーテル内には居ません」  その会話の意図が理解出来なかった。しかし、困惑する私に対し、ガイザックは立ち上がる。  そして、サインしたばかりの書類を破り捨て、こう言った。 「ーーーーさて、ヘルメス卿。これから〝本題〟についてお話しましょうか」  蛇は目の色を変え、毒牙の矛先を変えた。

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