両手一杯のカルミアを君に

絶望

「ニーナ! しっかりしろ、ニーナ!」  身体は傷に塗れ、所々から血が滲んでいた。  酷く殴られた様な痣も見受けられ、ニーナに降り注いだ暴虐の数々に身体が震えた。 「ヴィ……オ、様?」 「ああ、私はここにいるぞ!」 「ユノ様……とアルメダ、それにカルミア……が、拐われて……」 「! ……皆はどこかに連れて行かれたのか⁉︎」 「手下を引き連れた、男に……無理やり」  そこまで聞いて、すぐに犯人がミゲルだと理解した。 「…………」 「ヴィオ、様?」 「ニーナ、人を呼んでくるからお前は安静にしておくんだ」 「……ヴィオ様は?」 「私は…………」  握った拳から血が滴る。収まる事の無い怒りで狂いそうになりながら、ヴィオはニーナに自らの上着を被せると、横に寝かせて部屋を後にした。  そして自室に戻ると、書斎の引き出しを開けーーーーナイフを取り出す。 (修羅に落ちる……か)  こんなもので抗えないのは理解している。だが、大切なものを踏みにじられたまま、許す事など出来はしなかった。  それを懐にしまい込み、ヴィオが屋敷から出ると、丁度近くを通りかかったスヴェンと出会った。 「どうもヘルメス卿、お出かけですか?」 「スヴェン、頼みがある」 「え……?」 「ニーナが怪我をしている。医者に診せてやってくれないか?」 「⁉︎ ……怪我、どうして」 「訳は後で話す。街外れのハティの病院を訪ねてくれ。あそこはエルフの治療に精通している」 「ちょッ……ヘルメス卿!」 「…………」  スヴェンの言葉にそれ以上は返事を返さず、ヴィオは近くにある馬車を手配し、ミゲルの住むモーテルへと向かった。  ◆ 「そんな気張るなよ。まぁ飲んでくれ、良い酒なんだぜ?」 「いりません、それより解放して下さい」 「おっと、妊婦に酒はダメだったな。おい、誰か紅茶でも淹れて差し上げろ」  ミゲルは三人がけのソファーの中央に座り、ユノの言葉を聞き流しながら酒を飲んでいた。  そこにはアルメダとカルミアの姿は無く、険しい形相でミゲルを睨むユノだけが座っていた。 「あの子達は何処です! それに……ニーナはーーーー」 「ニーナ? ああ、あのダークエルフなら売り物にならないだろうから、手下に好きにしろと言ったぜ?」 「なッ⁉︎」 「良くて瀕死、運が悪けりゃ駄目かもしれないな。おい、お前、あのダークエルフは死んだのか?」  扉の表に見張りにつけていた男に聞くと、「三回目くらいで静かになったので、目覚ましがてらに少し」と拳をチラつかせた。 「なんて事を!!」 「おっと、腹のガキに障るぜ。まぁ座れよヘルメス夫人」 「貴方の……貴方の様な人が居るから! ウチの人は、いつまで経ってもーーーー」  目の前の非人道的な男に対し、ユノは珍しく怒りを露わにした。普段の穏やかな表情は消え失せ、家族の身を脅かす暴君を睨む。 「あん? なんだよ知らないのか」 「⁉︎」 「その大切なご主人様だって俺に協力してくれてたんだぜ?最近始めたモーテルだって、ヴィオが資金を用立ててくれたんだからよ」 「嘘よ! だってあの人は、誰よりも人々の事を大切に想っているの!」  それを聞いてミゲルは不適に笑うと、一枚の紙を机に投げた。  そこには、紛れもなくヴィオの字で、金を受け取ったとの署名がなされている。信じられないという反面、これはミゲルが強要したものなのだと突き返した。  しかし、頑なな態度を見せるユノに、ミゲルは最奥の扉を開くと、そこに繋がれたものを見せつけた。 「ーーーー⁉︎」 「これがその金を生んだエルフだよ。ヴィオの奴はいい目をしている、その手腕には惚れ惚れするぜ」  そう言いつつ、ミゲルはソファーの傍で眠る猫の首根っこを掴んだ。真っ白なシャム猫は、急に起こされ不機嫌な声を上げるが、その刹那、猫はエルフに向けて放り投げられた。  一体何が起こったのか理解出来なかったユノだが、その猫が繋がれたエルフに触れた瞬間、真っ白な毛は腐り落ち、一瞬で肉塊へと変化した。 「……うッ⁉︎」 「すげぇだろ?このエルフは生き物が触れると、たちまち腐らせちまうんだよ。無機物には反応しないがな。まったく、エンプレスエルフなんて箔が付いてる癖に、その本質は悪魔ときたもんだ」  ミゲルは扉を閉めると、外に居た男を呼ぶ。 「おい、残りの奴らはどうなってる? ハーフエルフとエルフの餓鬼だ」 「適当に牢に入れてますけど、まぁ誰かが摘んでるんじゃないですか?」 「はッ、お前ら相変わらず好きだな」  下品な笑いを浮かべ、ミゲルは部屋を後にする。 「じゃあなヘルメス夫人。アンタと、そのガキには役に立ってもらうとするぜ。長い付き合いになる、よろしく頼むとしようじゃねぇか」 「…………」    突如として砕かれた平穏な生活。  ユノは絶望に叩き落とされながらも、お腹を抱えて嗚咽を漏らすことしか叶わなかった。

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