両手一杯のカルミアを君に

罪深き者と

 ガイザックと面会し一夜が明けた。  彼はミゲルの下僕では無く、ヴィオと志を同じとする者であり、その根幹には復讐の牙を宿していた。  愛すべき人を奪われた彼と手を組み、全てを蹂躙する暴君に鉄槌を下す。その先駆けとして、ガイザックはヴィオに一人の男を紹介したのだ。 『ヘルメス卿にはまず、会っていただきたい人がいます。少し癖のある男ですが、必ず我々に必要な男です』  キレ者のガイザックにそこまで言わしめる人物。一体、その男の正体は何なのだろうか。  屋敷に戻り、束の間の休息をとっていたヴィオは知らずの内に険しい表情を浮かべていた。 「……だんなさま?」 「ん? ああ……ごめんよカルミア。なんだったかな?」  朝食を終えた後、カルミアからお呼びが掛かった。領主としての仕事は、アルメダの助けもあってひと段落ついていた。その為、小さなレディからのデートのお誘いを受け、彼女達メイドの部屋へとお邪魔していたのだ。 「これ、おぼえたの」 「凄いじゃないか、もう文字を覚えたのかい?」 「……うん、ユノさまから、本をもらったの。色んなお話があって、たのしい」 「……む」 「だんなさま?」  ふと、カルミアの言葉にヴィオは眉を顰めた。 「カルミア、その……なんだ。私の事も、ええと……名前で呼んでくれても、いいのだよ?」 「?」 「いや深い意味はないよ。ただ、ユノを名前で呼ぶのなら、私もそうして欲しいなと……はは」 「ヴィオさま」 「ーーーー⁉︎」 「これで、いい? ヴィオさま」 「う、うむ! よしカルミア、休憩にして甘いものでも食べようじゃないか。おーいアルメダ、パンケーキでも焼いてくれ!」  ◆  夕刻になり、女性達は全員で浴室へと向かった。この時ばかりは寂しいもので、ヴィオは書斎で本を読むのが日課となっていた。 (……そう言えば、あの本もまだ途中だったな)  新たに本を買い、それを読み耽っていたので忘れていたが、以前の読みかけの本が気になった。  もう読まなくても内容は頭に入っている。それでも、その本の文章を目で追うだけで、不思議な感覚になるのだ。これは他の本では感じた事のない感覚だが、それが何に起因するのかは、ヴィオには分からないままだった。  ヴィオは仕事上、小説でも政治や経済に絡んだ作品を好んで読んでいた。そこには現実とは乖離した世界の中で、生々しいリアリティが渦巻いている。空想と現実が入り混じる不思議な世界。そこに浸るだけで、五月雨の様な仕事の疲れを癒してくれた。 「……確か、男が不当な取引きで金を手にした所からだったな」  本を取り替え、本革の詩織が挟まれたページを開いた。そこに綴られた文字を、反芻しながら目で追う。 『空腹を満たす為に、食べきれない量の料理を頼んだ。酒も、女も、考え得る全ての欲を吐き出した』  貧しさから這い出た主人公。手にした大金の初めの使い道は、すぐ手の届く欲求を満たす事だった。  しかし、主人公はこの後に、タチの悪い詐欺師に騙されて全ての金を失う。頂からの転落に絶望する主人公だが、それでも一度経験した甘露な経験は、彼を再び金の亡者へと仕立て上げたのだ。  そこまで読むと、部屋の扉が力強くノックされる。規則性も無く、ドアのやや低い位置から音が響いた。 「どうぞ」 「ヴィオさま、おふろ」 「ああ、よく温まったかい?」 「……うん」  長い髪をタオルで巻いたカルミア。フリルの付いた、淡い緑のネグリジェを身に纏っていた。  ユノの考えで、なるべくカルミアに仕事を与える様にしていた。仕事と言ってもまだ給仕などでは無く、ヴィオを呼んできたりと些細な事に留まっている。  カルミアの見た目は十五歳程度だが、精神年齢は十歳ほどである。小さな事から生活に慣らしていこうという、ユノの考えを尊重した結果だった。 「カルミア、ノックはもう少し優しくよ?」 「そう、なの?」  後から来たユノは、カルミアの頭のタオルを解く。そして膝下まで伸びた長い髪を拭いた。 「これだけ髪が長いと乾かすのも大変だね」 「うん、でもカルミアは髪を切るのが嫌みたいなの」 「そうなのかい?」 「……うん」  少し表情が曇った。明確な理由は分からないが、嫌がるのなら今はそっとしておこう。 「じゃあ、ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうから」 「あ、う……」  頭をわしわしされ、カルミアは小さく唸った。 「アナタもお風呂どうぞ。アルメダ達は夕食の準備をしているから」 「ああ、じゃあ行ってくるよ」  本を棚に戻しつつ、ふと最後に見た文章が頭を横切った。 『空腹を満たす為に、食べきれない量の料理を頼んだ。酒も、女も、考え得る全ての欲を吐き出した』  それはあの暴君と同じだ。  だとすれば、奴の末路も、あの小説と同じく破滅の一途を辿るのだろうか?  いや、それは私達の手に掛かっているのだろう。  ガイザックが紹介したいという男の事を思い浮かべ、ヴィオは自らの使命を改めた。

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