両手一杯のカルミアを君に

残された者

 ガイザックとの話を終えると、外は闇に染まっていた。空き部屋があるので泊まっては? との提案もあったが、早く家族の元に帰りたいと、その申し出を断った。  事務所を出る刹那、ガイザックは最後の煙草に火をつけながら呟く。 「大切な人を失った時、貴方ならどうしますか?」 「…………」 「私には何も残らなかった。いや、残ったのは……全てを奪った相手に対する殺意だけだ。それを成し遂げる為なら、私は悪魔にだって魂を捧げられる」 「……ガイザック殿」 「全てを失うというのはある意味簡単なものです。その瞬間から、自分の()()()を考えなくていいのですからね。残された者の居ない人間の特権だ」  そう言って大きく息を吐くと、何もない壁の一点を見つめ、煙草の灰が落ちるのも気にせず続ける。 「けれど貴方には多くの守るべき者が居ます。だから、その内の誰かが欠けた時に問われるのですヘルメス卿」 「……問われる、とは?」 「剣を持つか、それとも盾を取るのか。一人の人間に出来る事など……たかが知れています。何かを成し遂げる為には、いつでも修羅に落ちる覚悟を持っておくべきだーーーーーーだが、貴方には似合いそうに無い」 「しかし、私達はそうならない為に、こうして尽力しているんだ」 「ええ、でも貴方には……私の様になって欲しくないので、釘を刺しておこうと思いましてね」  真っ白な壁に妻の姿を浮かべ、それが朧に消えると、ガイザックはソファーに背中を預けた。 「心なんてものがあるから、人は時として壊れてしまうものです。いっそ心なんて無ければ、どれだけ楽なのでしょう」  天井を仰いだガイザックに、ヴィオは部屋の外に出ると振り返らずに返事をした。 「だが、心があるから誰かを愛せる。君が妻を愛した様にね」  静かに閉められたドアに向かい、ガイザックは「なら、この世界は残酷だ」と言葉を投げた。  ◆  一泊してから帰る予定だったが、まだ深夜には帰れる時間だと思い馬車を走らせた。  先程のガイザックとの会話の後、何故か早くユノ達の顔が見たくなった。何ら不思議な感覚では無かったが、今この瞬間の胸騒ぎに焚きつけられてしまう。  出迎えてくれる彼女達の笑顔を、早く見たいと。  家に着くと、既に日付が変わっていた。シンとした屋敷の庭を歩き、ドアに手を掛けた時、ヴィオは背筋にゾクリとしたものを感じた。 「……これは」  ヌルリとした感触。そして仄かに鼻先を掠める鉄の匂い。  その視界に、手に付着した血が入るより先に、ヴィオはドアを勢いよく開いていた。  そして、そこに広がる無残な光景と、床に座り込む褐色のエルフに言葉を失った。 『ーーーー修羅に落ちる覚悟を持っておくべきだ』  ガイザックの言葉が頭の中を走り抜け、ヴィオは産まれてから一度も感じた事もない怒りと憎しみに包まれた。

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