両手一杯のカルミアを君に

絶望の淵より-1

 部屋に来たのは、身なり自体は金持ちのそれだっだが、その中身は欲を煮詰めた様な醜悪極まりない男だった。  その男はボロボロの私を見るや否や、にんまりとした笑みを浮かべてハットを脱いだ。そして杖を床に落とし、こちらを見下ろしている。 「う、うゔッ」 「ほほ、喉を潰されているのか。可哀想に、こっちに来なさい」  むせ返る悪趣味な香水が鼻先をくすぐる。嗅覚もハッキリしない私でも、嫌悪感を感じる程度に匂うほどだった。必死に抵抗するが、私の衰弱し切った細腕では抗う事は出来ない。  気持ち悪い。  気持ち悪い。  こんな悪夢、さっさと終わってくれ。  どれだけの酷い夜を過ごしたか。  死にたくなったか。  いっそ、目が覚めなければいいと願ったか。  けれど、自害すら許されない生活で、私は自らの価値を失い、そして幾多の人間の男に貪られた。  同じ額を積めば綺麗な女を買えただろう。しかし世界は皮肉なもので、こんなボロボロの私を、わざわざ遠征までして買いに来る馬鹿も居るらしい。  この男も例に漏れずその類だ。  こんなに息を荒げている。  醜い、ひどく醜い光景だった。  仰向けになった私はその醜悪な顔を睨みつつ、悪夢が終わるのをひたすらに願った。  ◆ 「…………」  あれから小一時間経っただろうか。すっかり静寂に包まれた部屋で、私はシーツを纏って天井を仰いでいた。  今までになく豪勢な部屋で、こんなシャンデリアなんか初めて目にした気がする。  キラキラと輝く部屋で、どろどろの鉛の様に醜い行為を終えた私は、衰弱し切った肺にたくさん空気を送り込んだ。そして、唸る様に、少しずつそれを吐き出しながらーーーー咽ぶ様に泣いた。 「なんだ、泣くだけの体力はまだ残ってたらしいな」 「⁉︎ ーーーーうゔッ!」 「あの御仁に可愛がられた割に元気そうだな、何よりだよ」 「うう……ゔう⁉︎」  私は驚いた。  私を売り物にしていたこの男ーーーーあの女は『ロッド』と呼んでいたが、肩まで伸びた金髪を雑に流し、彫りの深い色白の肌が特徴的な〝色男〟だった。もっとも、それは客観的に見た場合の感想であるが、私に言わせればこの男もまた、エゴを塗り固めた様な嫌悪の対象でしかなかった。  しかし、煙草を咥えるこの男の衣服には、大量の血が付着していたのだ。  私の表情と視線を察してか、ロッドは自らの服を摘むと乾いた笑いと共に煙を吐き出す。 「そういえば見せた事は無かったな。お前を買った男達の〝末路〟は」 「が……ま、っ……ろ?」  潰された喉で必死に声を紡ぐ。それを滑稽に思えたのか、ロッドは「すまない」と笑った事を謝罪した。そしてベッドの上に、一つのトランクケースを載せる。徐にそれを開くと、目を疑う様な大量の札束が詰められていた。 「あゔ……⁉︎」 「驚く事は無い、これがお前の価値だ」  意味が分からなかったが、ロッドはその内の一束を手に取ると帯を外した。そこから一枚を私の目の前にぶら下げる。 「街で女を買えばだいたいこの程度だ。一晩の欲求を満たす為のな」 「…………」  一束あたりだいたい百枚はあるだろうか。そしてその束がどれだけ詰められているか分からない程、トランクの中は金に溢れていた。 「世の中には、金をいくら手に入れても満たされない狂った連中がいるんだ。そしてその狂った連中は、いつしか己の全てが狂ってきている事を知っている」  札束を眺めてロッドは続ける。 「奴らはもう普通じゃ〝勃たない〟連中なのさ。捻じ曲がった癖を満たすのも一苦労という訳だ。そして、奴らは他にも、何かを求めて俺の元に来るんだ」 「……?」  後から入ってきた女ーーーーナタリアを見つめ、ロッドは煙草を床に落とした。 「あら? いつから床が灰皿になったのかしら」 「俺からすればどこでも灰皿で、掃き溜めみたいなもんさ」 「あっそ、それで挨拶は済んだのかしら?」 「ああ、充分だ」 「ゔぅぁ⁉︎」 「ん? ああ、お前はもう自由だ。その金で好きに生きるといい。お前はそれだけの〝価値〟があったという事だよ」  ロッドは立ち上がると、革靴で煙草を踏み消す。 「この地図にある街に行くといい。お前みたいな奴隷のエルフを専門とする腕のいい医者がいる。それだけ金を積めば、折られた骨や歯、肌の傷も何とかなるだろう。それに喉も治してもらえ。お前の声は美しかった」  それだけ言い終わると、ロッドは新たな煙草に火をつけた。  煙の様に掴み所のないこの男は、私の全てを奪い、そして最後にーーーー別の道を与えて去って行った。

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