両手一杯のカルミアを君に

傷跡

 ガイザックはサインしたばかりの書類を破り捨てた。そして、それを灰皿に置くと、マッチを擦って火をつける。  チリチリと燃える書類を見据えると、ガイザックはネクタイを緩めつつソファーに座り直した。  その様子をただ、ヴィオは訝しげな目で見る事しか出来ない。  なんだ、この男は一体、何がしたいのだ?  ガイザックはヴィオの視線に気付くと、整髪料で整えていた髪を雑に解し、眼鏡を掛け直して口を開いた。 「申し訳ないヘルメス卿。貴方と私の会話を聞いていた邪魔者が消えるまで、本題を切り出す事が出来なかった」 「……邪魔者?」 「ええ、部屋のすぐ外で、監視役としてミゲルの使いの人間が聞き耳を立てていた。まぁそれは想定内でしたので、取り引きが完了したのを見届けるまで泳がせておきました」 「すまないガイザック殿……話が見えないのだが」 「……ヘルメス卿。単刀直入に言えば、私は貴方の同志です」 「ーーーー⁉︎」  思いがけない言葉に息を飲んだ。そして、驚きを隠せないヴィオに捕捉しようとしたが、小さく息を吐き「申し訳ない、少し一服させてもらえますか?」と懐から煙草を取り出す。  ヴィオが構わないと言うや、ガイザックは煙草に火をつけ、それを旨そうに吸った。 「……すいません、流石の私も今回は肝が冷えました。失敗は即ち、死を意味するのでね」 「君は、ミゲルを裏切るのか?」 「裏切る? ヘルメス卿、それには語弊があります」 「語弊?」  二本目の煙草に火をつけたガイザック。その姿は、初めに見せた知的な印象を崩す、独特の獣臭さが有った。 「はじめに言っておきます。私はミゲルの下についてはいましたが、それは奴の隙を突く為です。あの下衆をこの街から排除する、それが私の目的であり、願いなのです」 「それを……そのまま信用しろと?」 「あの契約書を燃やすだけでは足りませんか? 貴方はとても用心深い人だ……ますます気に入った」  そう言いながら、ガイザックは一枚の写真とーーーー銀の指輪を机に置いた。そこに写されていたのは、笑みを浮かべる女性と、若い男性の姿だった。  ガイザックは煙草を灰皿に押し当て、指輪を目の前にかざす。そして「これは彼女の遺品です」と呟いた。 「遺品、だと?」 「ええ、彼女はーーーー私の妻は、ミゲルの手によって死に追いやられた。もう五年も前の話です」 「妻? ではこの男は?」 「それは私ですよ」  別人じゃないか。ヴィオはそう表情に出すと、ガイザックは頬を摘みながら乾いた笑いをあげる。 「もちろん、奴に近付く為に顔は変えました。その為なら顔にメスを入れる事など痛くもない。ガイザックという名前も、もちろん偽名です」 「そこまでして……」 「そこまで?」  静けさの中に、重みのある声が響く。 「ヘルメス卿。では貴方は、最愛の人を殺され……それまでと同じ様に生きられますか?」  その瞬間、ヴィオは頭を鈍器で打ち付けられた様な衝撃が走った。  言わばガイザックは、この先に有り得るかもしれないヴィオの未来の姿なのだ。家族を狙われ、目を背けたくなる様な未来の姿。  この男の目は、復讐に燃え滾る人間のそれだった。 「ヘルメス卿、私に力を貸して頂けますか?」 「私はーーーー」  家族の身の安全。奴隷制度の撤廃。  その両方を叶える術があるとすれば、目の前の男を信じるしか道はないのだろう。  ヴィオは立ち上がり、手を差し出す。 「もう悲しい思いをする人が居なくなればと、私は心の底からから願っている……共に戦おう!」 「……ええ!」  固く握られた手にヴィオは誓った。命を賭して、暴君を引き摺り下ろすのは〝今〟なのだと。

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