両手一杯のカルミアを君に

シル•レガート

 ◆  零時を迎えると同時に図書館は締め切られた。そして、ヴィオは館内の最奥にあるシルの個室へ通される。  そこは狭く暗い部屋で、本が所狭しと羅列されているのは分かった。しかし、どう考えても本を読むには適さない部屋なのは間違いない。  だがシルの様な男が無意味な部屋を作る筈が無い。それを理解しているが故に、拭きれない違和感に包まれた。 「そこに座っていてくれ」  シルに促され、狭い部屋に置かれた椅子の一つに腰掛ける。テーブルにしても、本を数冊置けば一杯になる程に小さなものだ。その円形の机を前に座り、ヴィオは友の行動を静かに見守った。 「これが……君の知りたい事の全てだ」  彼が迷いなく手に取った本。それはかなり古いもので、しかし既視感のあるデザインをしていた。 (見た事がある筈なのに、何も思い出せない?)  その不思議な感覚に眉を顰めるが、中身を改めれば分かるかも知れないと、ヴィオはそれを手に取りページをめくった。  本自体の劣化が酷く、ページの端々は欠けていたり破れている。文字も掠れている箇所もあるが、断片的な言葉を集めていく内に、そこに何が記されているのか理解する事が出来たのだ。 「……紅き月の光照らす時、高貴なる血を引きし森の使徒を贄とせよ。さすれば永劫の命を得るだろう」  声に出して読み、そしてシルの顔を見上げた。 「森の使徒……エルフを示す言葉さ。そして高貴なる血は、エルフの女王に値する存在」 「つまりこれは、エンプレスエルフを生贄にした儀式の方法か?」 「ああ、更に読み進めればもっと詳細な方法まで記載されているよ」 「……まさかシル、君は」 「すまないヴィオ。僕はミゲルを恐れ、過去にこの方法を教えたんだ。奴が不老不死になったのは、紛れもなく僕の所為なんだよ」 「…………」  突きつけられた事実に、ヴィオは言葉に詰まった。  確かに希少な文献が絡む話なら、古くから縁の有るこの街しか存在しないだろう。ミゲルがそれに目を付けたとするなら、シルを訪ねない訳が無い。 「じゃあ、ミゲルは何処かでエンプレスエルフを手に入れてーーーー」 「ああ、今から十八年前……奴は儀式を行い、不死となった」 「十八年前……?」  ズキリと頭が痛む。 「紅い月が現れるのは百年に一度。そこに巡り合えるのも奇跡的だし、エンプレスエルフだって希少な存在だ。あらゆる奇跡が重なり、ミゲルという世界の癌を生み出した……僕が言えた立場では無いけれどね」  シルは顔を伏せてる。心なしか声が震えているが、彼も後悔の念に埋め尽くされているのだろう。その心中はヴィオには痛い程に理解出来た。  ーーーー十八年前。  ヴィオもまた、シルと同様にミゲルに関わりを持った年だ。二十歳を迎えたヴィオは、一人のエルフを騙しーーーーそしてミゲルに引き渡したのだ。  若かりしヴィオは、金欲しさに軽い気持ちで悪事に手を染めた。その時はことの重大さに気付かないでいたが、後からそのエルフの末路を聞かされ、自らの罪の重さを知る事になる。  当時のミゲルはエルフに対し、非人道的な行為をする事に執心だった。数多くの美しいエルフを集め、己の欲の吐口にしていた。  そして、ミゲルの部屋の奥に監禁されていたエルフ。それは紛れも無く、ヴィオがかつて売り払ったエルフーーーーイアと言う名のエルフであったのだ。  それを思い出し、激しい吐き気が込み上げる。  自らの罪を忘れた事は無い。しかし、幸せな生活の中で、霞んでしまう事は多々有った。  突き詰めればヴィオもミゲルと同じ穴の狢と言える。彼の普段の善行は、その罪に霞を被せる為の行為なのかも知れない。 「ヴィオ……大丈夫かい?」 「あ、ああ……」 「……それで、君は今、何をしようとしているんだ?」 「…………」 「言えないという事は、それが答えなんだね」  全てを悟ったシルは、険しい表情のまま、その本のとあるページを開いた。そこには、エンプレスエルフについての情報が記されていた。 「……⁉︎」 「抗う術があるなら、もうこれしか無い」 「シル……しかし、これは」 「何かを得るには、何かを犠牲にしなければならない。これは世界の理だよ、ヴィオ」 「……ッ」 「これ以上は僕には何も出来ない。僕は愚かで、無力で、卑怯な人間なんだ」  抗うと決めた者、それを諦めた者。  ヴィオはそれ以上、シルを咎める事は出来なかった。

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