両手一杯のカルミアを君に

あらたな家族

「おはようございます、旦那様」 「ああ、おはよう」  一夜が明け、私達はいつもの様に朝食の席に着いていた。  全員で囲う食卓。しかし、今日はこの場を借りて言わなければいけない事があった。 「皆んな、聞いてほしい」  私の言葉に、全員の視線が集まった。 「聞いているかも知れないが、ユノのお腹には新しい命が宿っている」  アルメダは静かに頷く。ニーナに至っては、それを知っているからこそ、ユノの隣に自らの椅子を陣取っていた。 「これから色々と助けを借りなければならない。私が仕事で不在の間、どうかユノと産まれてくる子の事を頼む」  頭を下げると、ニーナがガタンと音を立てて立ち上がる。そして、大きな目を見開いて叫んだ。 「ちょっとヴィオ様、そんな水臭い事言わないでよ。そんなの当たり前じゃん!!」 「ニーナ……いや、しかし」 「その通りです。家族の為に尽くすのは、当たり前の事です旦那様」 「……アルメダ」 「ふふ、頼もしいわねアナタ」 「あ、ああ。……私はなんて果報者なのだろう」 「はっはー、ヴィオ様は大袈裟だなぁ」  ニーナは私の肩を叩きつつ、ユノのお腹に手を当てた。 「おーい、お姉ちゃんは早く会いたいぞー?」  その様子を、カルミアは不思議そうに眺めていた。そうか、子供が産まれるという事を理解していないのだろう。  私はカルミアの手を取り、ニーナと同じようにユノのお腹に触れさせた。 「いいかいカルミア。ここには、君の弟か妹がいるんだよ。昨日も言ったね、新しい家族が増えると」 「あた、らしい……家族。カルミアの、いもうと?」 「そうだよカルミア。因みに私が長女で、アルメダが次女。カルミアは三女だ」 「ニーナ、その序列は適切ではありません。この家に来たのは私が最初なので、私が長女です」 「なにおぅ! じゃあジャンケンだ」 「受けて立ちます」 「あらあら、朝から賑やかね」 「ああ、そうだな」  こんな他愛もない日常が、これ程までに愛おしいなんて。歳のせいか涙もろくなった自分を笑い、私達は賑やかな朝食を摂った。  ◆ 「旦那様、本日のご予定ですが……」 「ああ、少し変更するよ。今日は執務室では無く家で仕事をしたいのでね」  私は普段、仕事は屋敷の離れにある執務専用の部屋で行なっている。屋敷の中では、仕事とプライベートを切り離しておきたいからだ。だが、ユノの事もあり、離れとはいえ家で居たい気持ちが強かった。 「かしこまりました。では、領土内の報告書はこちらで取り纏めておきますので、後ほど目を通して下さいませ」 「助かるよアルメダ。それで、カルミアの様子はどうだい?」 「奥様とニーナが本を読み聞かせています。言葉はある程度は理解できるようですが、文字はまだ書けないので」 「そうか、気長に頼むよ。私も手が空いたら見に行くとしよう」 「かしこまりました」  頭を下げ、アルメダは部屋を後にする。  一口に貴族の仕事と言っても、その内容は様々だ。  自らの領土内での賃貸、税金、関税といった報告を元に、領民がより良い暮らしが出来るよう働きかける。他にも婚姻や裁判に至る、細やかな決定権も一旦は私の所へ持ち込まれるのだ。  しかし、全ての領主が同じ事をしている訳では無い。  中には住民に重い課税を強いり、至福を肥やす輩も存在する。領民の生活を豊かにする事を度外視した、横暴な政治を行う街も少なくは無いのだ。  そして、私の直面している問題はミゲルの件だけでは無い。私が支配する【スウェイト】の街においても、問題は山積みなのだ。  街の外で蔓延る〝奴隷制度〟。  これの撲滅を掲げ、私はここの領主となった。正確には、ユノの父親の後釜に収まったに過ぎないが、この街が抱えていた闇は想像以上に根深いものだった。  街に来た時は、自然も多く住みやすそうだ位の感想しか無かった。しかし、そのすぐ裏では、当たり前の様に人身売買が行われていた。  その事を義理の父であるユノの父親ーーーーサムス氏に問いただすと、帰ってきたのは「仕方がない」という呆気ない答えだった。  その時の私は政治には疎く、この領土外も含めた問題を知らなかった。それを良しとしていた義理の父に対して抗議した事もあったが、人間ひとりで出来る事には限度があるのだと、まだ若かった私は知る事となる。  各地に散りばめられた膿は、この街を中心として劣悪な世界の基盤を作っていた。それを覆すには、小さな一歩を積み重ねるしか無いのだ。  仕方ないと言っていた義理の父だが、彼の功績は大きなものだったと、彼の死後に知らされた。  奴隷に対する扱いこそ変えられなかったが、奴隷を殺した場合、その者を死罪に処すという法を定めたのだと。これにより、奴隷達の最低限の命の保障は約束されたのだ。  〝見えない部分〟ではその限りでは無いだろうが、それでも法が定まる以前に比べ、奴隷達の扱いは幾分かマシになったと聞く。  故に次のステップとして、私は奴隷制度そのものに一石を投じようと画策していた。  しかし、その矢先に、ミゲルからの仕事が舞い込んだ。奴隷制度を無くすと謳っておきながら、奴隷を扱う者に金を投資する。  この矛盾した状況においても、私が取るべき行動は家族の保身だった。 (上手く立ち回れば、ガイザックとやらの扱う奴隷達の生活も……良くしてやれるかも知れない)  恐らく、非人道的な扱いを受けるだろう彼女らの為に、出来る限りの事をやろうと心に決めた。  それが彼女達の為なのか、自分への罪の意識の軽減なのかは定かでは無い。恐らく、その両方なのだろうと思いつつ、資料に目を通す事にした。  ◆ 「そうそう、上手いじゃんカルミア!」 「……ん」 「元々賢い子なのかしら? 飲み込みは早いと思うわ」 「ユノ様、それは私の教え方が上手いんですよ」 「さて、次はこの文字を書いてみましょうか」 「うわ、スルーですか!」 「あはは、嘘よ嘘。ニーナの教え方も上手だから」 「ふっふーん。そうでしょうそうでしょう!」  ニーナはふんぞり返りつつ、自慢げな表情を浮かべた。ユノも椅子に座ったまま、机の上で必死に文字を書くカルミアを見つめている。 「……ねぇ」 「ん? どうしたの?」 「なんで、ニーナは……おくさまの、こと、ユノさまって、呼ぶの?」 「うーん、何でって言われても、その方が親しみを込めてる感じしない?」 「アルメダは、おくさま、だよ?」 「あの子は堅物ちゃんだからねー。でもまぁ、ユノ様やヴィオ様を想う気持ちは一緒さ」 「じゃあ……カルミアも、ユノさまって呼んでいい?」  その言葉に、ユノは微笑むと「もちろん!」と頷いた。すると、カルミアも笑みを浮かべる。 「わ、カルミアも笑うと可愛いね! いや、元からちんまりしてて可愛いケド!」 「カルミア、べつに小さくない。むね、ニーナといっしょくらい」 「ッ⁉︎」 「ふふ、カルミアは口が達者みたいね」 「ちょっとユノ様、これは叱るべきですよぉ!」 「はいはい、そろそろオヤツにしない? 私、小腹空いちゃった」  お腹を撫でながらユノは時計を見る。確かに十五時を回った所だが、それを見計らった様にカルミアが部屋に入ってきた。 「軽食をお持ちしました」 「ナイスタイミング!」 「ちなみに、ニーナの分はありません」 「そ、そんなッ⁉︎」 「後できちんと庭の草むしりをするのなら、特別に用意しますがーーーー」 「する! もちろんするよ! 庭だけじゃ無く街中の草を刈り取るから!」  アルメダの冗談を、ニーナは本気にしているらしい。普段から見られる光景だが、それを見てカルミアはユノの袖を引っ張る。 「……ねぇ、ユノさま」 「ん? どうしたのカルミア」 「アルメダ、ニーナのあつかい、上手」 「ふふ……そうね。あれで仲良しだから、カルミアもあの二人を見習うといいわ」 「ん、わかった」  こうして、ありきたりな日常を経て、奴隷として生きてきた少女は家族というものを知った。  無垢な少女や家族達は、その裏で領主が苦悩を抱えている事をまだ知る由もなかった。

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  • バビロン(デンドロ)

    あいか

    ♡1,000pt 2020年3月11日 19時31分

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    全俺が泣いた

    あいか

    2020年3月11日 19時31分

    バビロン(デンドロ)
  • 復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

    名無し@無名

    2020年3月11日 19時49分

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    ありがてえありがてえ

    名無し@無名

    2020年3月11日 19時49分

    復讐乙女 ネメシス(デンドロ)
  • ひよこランチャー

    紫雀

    ♡100pt 2020年3月5日 11時28分

    家族が増えるんだ。いいな。 カルミア←ぐぐりました。ツツジ科の花の名前なんだね。 花のように美しくあれとの願いからつけたのかな。 この国の奴隷制度をなくすために立ち上がった旦那様。困難が大きそうだ。

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    紫雀

    2020年3月5日 11時28分

    ひよこランチャー
  • 復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

    名無し@無名

    2020年3月5日 12時06分

    わざわざ調べてもらって恐縮です(о´∀`о) 綺麗なだけでは無い花でして、カルミアの中の一種をテーマに名付けております。物語りの終盤ではその意味が……みたいな感じですり

    ※ 注意!この返信には
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    名無し@無名

    2020年3月5日 12時06分

    復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

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