両手一杯のカルミアを君に

絶望の隙間の光

 ◆ 「…………」  屋敷の自室に戻ると、泥の様な眠気を拭いつつ天井を仰いだ。傍に目をやると、ユノとカルミアは気持ち良さそうに眠っている。私はその寝顔を見て、幾分か胸の奥が空く様な感覚を覚えた。  ミゲルの屋敷から戻ったのは、丁度日付けが変わった頃だろうか。皆を起こさない様にと思ったが、アルメダはまだ起きていたらしく、家に着いた私を手厚く迎えてくてた。  簡単な食事を摂り、すぐにでも眠りたかったが、ミゲルから寄越された資料に目を通しておかなければならない。  書斎まで足を運び、明かりを灯してその紙面に目を通した。 (やはり奴隷を使った客商売……しかも人間の少女じゃないか)  ミゲルが目を掛けていると言った男。その名も確かに書類に記されている。  ガイザック・ビルマ。  その男の名は、どこかで聞いた事がある。もちろん、悪い噂でだ。  ミゲルの住む街は、セイン・ラドル卿が統括していた。聡明な男であるが、自分の不利益に関しては目を逸らす。見えている轍は必ず避けて通る様な、そんな狡猾な一面も持ち合わせていた。  そんなどこまでも人間らしいラドル卿だが、ミゲルの素行にも見て見ぬふりを徹底している。恐らく、互いに干渉しない等の約束を交わしているのだろうと予想した。  もちろん、ミゲルに関しても金が無いわけでは無い。あのモーテルを彷彿とさせる屋敷も、女を売り物にして暴利を貪る、色魔の巣食う魔窟だ。  そこで得た莫大な金も、ミゲルは自分の為だけに使う。目を掛けているといったガイザックでさえ、自分の腹を痛めない為に、わざわざ私に金を出させようとしているのだ。 「……こんなもの、人として間違っている」  そう言いつつ、私は相反してそれに加担しようとしている現実が歯痒かった。  この話を蹴れば、危険はこの街にも及ぶだろう。奴は私の家族を標的にし、その命すら危ぶんで楽しむ屑の様な男だ。  家族を守る為、他の誰かを犠牲にする。  こんな私が、アルメダの言う「誇らしい主人」な訳が無い。家族を裏切り、それをひた隠しにする事が、身を引き裂く痛みとなって胸を締め付けた。 「……だ、な…さま」 「ん?」  顔を上げると、そこには眠気まなこのカルミアが立っていた。熊のぬいぐるみを手に持ち、目は薄く開かれている程度だ。 「どうしたんだいカルミア? 目が覚めたのかな?」 「だんな……さま、泣いて、る?」 「ーーーー⁉︎」 「悲し、そう……とって、も」  涙など流してはいない。だが、カルミアは見抜いていたのだ。私が心の奥で泣いているのだと。 「……大丈夫だよカルミア。私には、大切な家族が居るんだから」 「かぞく?」 「ああ、そうだよ」 「かぞく……家族、増えるって、おくさま? 言ってた」 「……え?」  カルミアの言葉に驚く。しかし、そのすぐ後に、タオルケットを羽織ったユノが現れた。 「起きてたのカルミア。アナタもお疲れ様、お帰りなさい」 「あ、ああ……ただいま。それよりーーーー」 「ん?」 「今、カルミアが……その、家族が増えるって」 「あ、先に言っちゃったんだカルミア。もぅ、私が言おうと思ったのに」  そう言いながら、ユノはカルミアを後ろから抱きしめた。 「ユノ……それってーーーー」 「うん、できたの……私達の赤ちゃん」 「ッッッッ⁉︎」  頭が真っ白になり、全ての事がどうでも良く思えた。私は無意識でユノを抱きしめると、涙を流して、そして感謝した。 「ありがとう……ありがとうユノ!」 「ちょっとアナタ、苦しいって」 「す、すまない! 身体に障ってなければ良いのだが……」 「ふふ、大丈夫よ。もうすぐ安定期らしいんだけど、悪阻も無かったから気付くのが遅れてたみたい。今日、アナタが出てから先生にみてもらったから間違い無いよ」 「そうか……」  喜びと同時に、ユノの病気の事が頭を過ぎった。そしてそれは、ユノも同じだった。 「私ね、この子だけは絶対に産むって決めた。私がいつか死んでも、この子をアナタと生きた証としてーーーー」 「馬鹿な、死ぬなんて言わないでくれ」 「……アナタ」 「確かに君は病に侵されている。それは紛れもない事実だ。だけど、君は死なない、いや……私が死なせるものか」 「アナタ、普段は絶対言わない様な、かなり無茶な事言ってるわよ?」 「無茶でも何でもだ。君も、お腹の子も、カルミアもアルメダもニーナも……皆んなで暮らしていくんだ」 「……ええ、私もそれを願っているわ」  私達は理解が追いついていないカルミアを抱き寄せる。  これは、絶望的な状況で差し込んだ小さな希望だった。私は、闇に手を染めてなお、この希望だけは手放したくないと思ってしまった。  それは卑下したミゲルと同じ、利己的な思考だと思う。けれども、私は、守りたかった。ユノと、産まれてくる子の未来と、奴隷であった彼女らの明るい未来を。  それに加え、囚われた〝彼女〟の幸せまでも願う私は、罪深き人間なのだろうか。 (あの時、君に出会わなければ私はーーーー)    遠い過去に想いを馳せる。しかし、彼女の横顔を無理やりに記憶の片隅に押し込み、今いちばん守るべきものの為に戦おうと決めた。

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  • バビロン(デンドロ)

    あいか

    ♡500pt 2020年3月10日 14時27分

    失礼します。 レビューなど書かせてもらってもいいですか?

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    あいか

    2020年3月10日 14時27分

    バビロン(デンドロ)
  • 復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

    名無し@無名

    2020年3月10日 14時32分

    もちろんOKです! 好きに書いてもらって大丈夫です(о´∀`о)

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    名無し@無名

    2020年3月10日 14時32分

    復讐乙女 ネメシス(デンドロ)
  • ひよこランチャー

    紫雀

    ♡100pt 2020年3月5日 23時27分

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    いいぞ、もっとやれ!

    紫雀

    2020年3月5日 23時27分

    ひよこランチャー
  • 復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

    名無し@無名

    2020年3月6日 0時57分

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    ありがとうございます!

    名無し@無名

    2020年3月6日 0時57分

    復讐乙女 ネメシス(デンドロ)
  • ひよこランチャー

    紫雀

    2020年3月5日 23時26分

    迫力のあるイラストですね、色塗るとより一段といいね。

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    紫雀

    2020年3月5日 23時26分

    ひよこランチャー
  • 復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

    名無し@無名

    2020年3月6日 0時57分

    ありがとうございます! その分、他のエルフの二人がラフ寄りになってしまいましたが。 今までの話の挿絵も手を付けているところです。

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    名無し@無名

    2020年3月6日 0時57分

    復讐乙女 ネメシス(デンドロ)

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