両手一杯のカルミアを君に

ピース

 トルヴィオで出会った詐欺師。  彼は珍しい男のエルフであり、特異な能力をもった青年だった。  産まれてくるエルフの凡そ九割は女だと聞く。男が産まれた場合、血を絶やさぬ為に多くの妻を娶るという。規模の小さな森では、より濃い血をと近親相姦も異例では無いらしい。人間と違い、身内同士でも、産まれてくる子に身体的な不利益が発生しない事に由来する。  本来エルフは森に生息する人間に近い種族である。そしてその本質は、『森の守護者』と呼ばれるものだった。何に対する守護者かは明言されていないが、生まれながらにして不思議な力を持った者も居るという。  バテルの嘘を見抜いたり、そして顔や声を変える力。実物を目の当たりにするまでは眉唾だったが、ヴィオは自身が見た現実を踏まえ、彼がミゲルを陥落させる重要なピースであると確信した。 『俺は別に奴隷になったエルフ達の為に協力するんじゃない。俺には俺で、アンタに協力する理由が他にある』  別れ際にそう言ったバテルだが、その本意は語らなかった。 (目的は不明瞭だが、彼の手を借りられるのは大きい)  バテルと別れたヴィオは屋敷に戻り、これからの策を練っていた。  家族が寝静まってからと思っていたが、今夜は控えようと、ベッドで寝息を立てるカルミアの頭を撫でる。今日もたくさん遊び、学んだのだろう。血色の良くなった白い肌と、安らかな寝息に目を細めた。  程なくして、ポットとティーカップを持ったユノが部屋に入ってきた。白いネグリジェはカルミアと同じタイプで、清楚なユノにはとても似合っている。  ヴィオは立ち上がると、ユノからそれを受け取り、代わりにブランケットを身体に纏わせた。 「紅茶なら私が用意したのに、君は安静にしていなければ」 「少し心配し過ぎじゃないかしら? もう安定期に入ったし、それに妊娠は病気じゃなのよ?」 「む、それはそうだが……」  男であるヴィオに、その辺の感覚は理解しづらかった。適度な運動は推奨される場合もあるが、身重な妻に対して、どう接するのが正解なのか見えていない。 「ふふ、アナタは真面目だから、きっと気を使いすぎるだろうなって思っていたわ」  そう言いながら、ユノはヴィオが腰掛けるソファーの隣に座る。そして、その肩に頭を乗せた。 「どうしたんだい、何か悩みでも?」  昔からのユノの癖で、悩みがあるとこんな風に寄り添う事がある。夫婦なら何気ないスキンシップだろうが、それとは別に、ヴィオには分かる独特な雰囲気がある。  それを見抜かれ、普段は気丈なユノも、眉の端を下げて笑った。 「ふふ、流石は私の旦那様ね」 「何でも話して欲しい、私も仕事にかまけて話をする時間を持てなかった」  慌ただしい近況に、妻に対する申し訳なさが頭を過った。大義名分を掲げ、暴君を引き下ろす事に躍起になっている。その背後で、家族と過ごす時間が削られているのは間違いない。  今が一番踏ん張らなければいけない時であるが、それでも、家族に注ぐ愛は疎かにしていいものでは無いのだ。  不安になるヴィオの表情を見て、ユノは「悩みって言うか、甘えたいなと思っただけ」と悪戯そうな笑みを見せた。しかし、それは遠回しな痩せ我慢だと、ヴィオは見抜いていた。 「少しお腹、大きくなったね」 「分かる?」 「ああ、君のことならなんでも」 「ふふ、そういう所は昔と同じだね。顔から火が出そうな台詞を臆面もなく言うところ」 「そ、そうかな?」  小説で出てくる男性の台詞だった。意識していた訳では無いが、恋愛経験が乏しいヴィオにとって、その辺りの言葉選びは本からの受け売りが多い。 「本当に、素敵な旦那様」 「……ん」  静かに唇が重なる。そして、ユノはブランケットをソファーに置いた。 「駄目だ、身体に障るんじゃ……」 「その辺りはお医者様に教えてもらったの。無理はしないし、それに、今はアナタに触れていたいから」 「そ、そうなのか?」 「アナタ、私は幸せよ。アルメダやニーナ、それにカルミアに産まれてくるこの子。だけど少し不安なの、こんなにも幸せでいいのかなって」 「…………」  ヴィオにはそれが何を示すのか、瞬時に理解出来た。  この街に蔓延る悪き風習。それを知らないユノでは無い。 「皆んなが笑える様になるって、我がままなのかしら?」 「……そんな事は無いよ。この世界に生きる全ての者に、幸せになる権利があるんだ」  ヴィオは本心からの言葉を妻に向けた。そしてユノも、目の前の愛する男の言葉を飲み込み、再び身体を寄せる。  そしてヴィオは、彼女の唇を受け入れた。

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